〜熟女の文化祭〜
デパートで手作りの物の展覧会があった。
これまでのわたしは、「へー、すごいね。上手にできてるねー」
と見て回る立場。
ところが今回は、一緒に習い事をしているお友達に誘っていただいて
自分たちの作品を出品することに。
主婦がにわかに販売員となり、自分で作ったものを
説明したりラップしたり、なれない立ち仕事で最終日の
三日目にはすっかり足もむくみ、お仕事のたいへんさを
身にしみて悟ったのでした。
反面、たった三日間でたくさんの収穫もありました。
大きな病気のあと、閉じこもるのをやめて外に出かけることで
いろいろなものにふれることができ、こころにゆとりが
できるようになったという方、ご主人が定年になり
家にいるようになり、身動きがとれなくなってやっと
でてきて気晴らしをしているという方、多くの方に
接することで自分の持っているしあわせの数え方を
教えていただいたような気がしました。
こうして気ままに作品製作する時間があり、
発表する場が出来、「かわいいね、感動しました。」と
言ってくださる方があり、買ってくださる方があり、
最終日には、家族総出で撤収の手伝いをしてもらい。
わたしは、こんなにも恵まれているのだということを
再認識でき、家族にあらためてありがとうの気持ちが
わいてきました。
次回も参加できるように感性を磨き、家族をたいせつに
していきたいと思った熟女の文化祭でした。(10月31日)
〜時の流れ〜
高校の同窓会が出している会報が送られてきました。
いつものように、ちらーっと中身を見て、おしまいっと思ったときに
目に入った写真がどっかでみたような・・・
でもこんなおっちゃん知らんなぁと、記事をようく読んでみると
在学中に新任でやってきた、あのモテモテ青年だったK先生です。
ほぇー、こんなおっちゃんになってしまって・・・
月日のたつのは早いもの、そう言えばわたしだって
かわいいおさげの乙女だったのです。あぁ、時は残酷。
神戸にあるわたしの学校は、中・高と女子校だったのでどんな人でも
新任の男の先生は、しばらくのあいだ(みんなの熱がさめるまで)
人気者になるのです。
なつかしいなー。がくせーいじーだーいー(4月2日)
〜褒めてあげたい〜
総合病院の待合室で順番を待っているときです。
なかなか来ない順番に、おとなの私でさえうんざりしているところを、
おなかの大きいママが本を読んであげたりお話をしたり、辛抱強く
女の子をあやしていました。
ところが、ずっとおとなしくしていた女の子が泣き出してしまったのです。
するとママは「おててを洗いに行きましょうね」と洗面所に連れて行き、
しばらくすると、すっかり泣き止ませて元の席に戻って、またにこにこと
親子で楽しそうに晩御飯は何にしよう?と話しているのです。
私も、昔子育てをしているときに母から「子供が泣き出したら、
すぐその場から別のところに行きなさい。ひっくり返って泣いたりする前に、
泣くことに執着させずに別のことに興味をうつさせなさい」と
アドバイスされたことを思い出しました。
手を上げるのでもなく、泣いている子を上手に泣き止ませる
若いママに感心しました。
最近は何かにつけて、子育て中のママパパたちにまわりの目が
厳しいように思います。
子育てはお仕事と違い、成果を認めてもらうことは少なく、
落ち度を責められることが多いのではないでしょうか?
若い人たちが毎日わからずやのちびちゃんたちと
格闘しているのですから、せめて経験者のわたしたちは優しい気持ちで、
心の中であるいは言葉でねぎらってあげたいものです。
昔の近所のおばちゃんたちのように。(6月11日)
〜鏡のつぶやき〜
8月の終わりに同窓会がある。
神戸の女子校時代のなつかしい友人たちに、何年ぶりかでまた会える。
参加費の大枚8千円はもう郵便局で払った。
朗読ボランティアのほうは、テープ入れの邪魔をするセミの出現で
しばらく夏休み。趣味のドライフラワーアレンジメントも、この暑さで
熱いグルーガンを手にしたくない。
ふとできた時間に、同窓会に着て行く服を物色することにした。
整理がへたなわたしのクローゼットには、けっこうな量の服がある。
あっこんなのがあったか・・・これもいいかも・・・
試着して鏡の前に立つと、いまいちだね!なにそれ!と
鏡のほうが許可してくれない。
よく見るとシミがついていたり、どう考えても昔のサイズで
今は無理なものが数点。
次々着てみるうちに鏡が言いたいのは、「服じゃないよ、
その体型どうにかしてよ!」だと推察。
ダイエットが必要だと痛感した。
処分する服もいくつか見つかり、まずクローゼットの
ダイエットには成功した。クローゼットに見習って本体の
わたしもこれからダイエットをしなくっちゃ。(8月20日)
〜母に似た人〜
久しぶりに亡くなった母によく似た人を見かけて、うれしくなった。
と言っても、姿かたちではない。
それは、津田沼のスーパーのレストランでのこと。
小さな女の子を連れたママとおばあちゃんの三人が席に着いた。
注文してしばらくすると、女の子は飽きてきた様子。
お料理が届くまで、気を紛らわせるようにおばあちゃんは
女の子の相手をしていた。
そして、急いでハンバーグランチを食べてしまって
先に会計を済ませてから、にっこりしてママにこう言った。
「わたしが見てるから、ゆっくり食べていらっしゃい。
おもちゃ売り場にいるから」と。 母もそうだった。
息子が小さかった頃、食事に出掛けると母はあっと言う間に食事を終え、
息子を抱いてレストランの外に出て、相手をして待っていてくれた。
子供をかかえていては、ゆっくり食事もできないだろう、
せめてわたしがいる時はゆっくりしなさいと。
わたしもいつかおばあちゃんになったら、母のようにと思っている。
〜音のスケッチ〜
うっとおしい梅雨空。
時計代わりに朝から晩までつけっぱなしの
テレビのスイッチを切り、コーヒーカップを片手にぼんやりとしてみた。
今日は予定のない一日。
耳に入ってくるのは、雨の中車が水溜りを走り抜ける音。
カラスやネコの鳴き声。ことりのさえずり。
家の中では愛犬の寝息。いや、大いびき。
ボランティアで本を音声テープにするときには、
どの音も困った雑音なのだが、こうして聴くと
なんといとしい音たちであろう。
今日は何をしてもいい、そして何もしなくてもいい一日。
音のスケッチを楽しんでみようかと思う。
〜予防接種の季節だワン〜
わんちゃんの予防接種のシーズンです。
したがって、動物病院は1年でいちばん忙しい頃では
ないかと思います。
お医者さんの評判は、口コミで広がってゆくことが多い
のですが動物のお医者さんは特にそうだと思います。
なにしろ、毎日お散歩で出歩く飼い主同士が「あそこは
こんなにいいよ。」とか、「あそこは、だめだ。このあいだ
だれだれちゃん(犬のなまえ)が、誤診されて死んだ。」
などと情報の交換をするので、あっという間に悪い評判は 広がってゆきます。
我が家の愛犬は、このあたりではナンバーわん!の
おおさき先生(おおさき動物病院)がホームドクターです。
ちなみに、我が家でホームドクターを持っているのは、犬だけです。
インフォームドコンセントも、とても丁寧だし、
なにより動物が好きなのがよく分かり、飼い主は安心なのです。
腕もいいし、悪いウワサは聞いたことがありません。
動物病院の待合室には、子供の病気のときには奥さんに
まかせっきりだったようなおじさんが、心配そうな表情で
犬やねこを抱いていたり、飼い主同士お互いのペットの病状を
話し合ったり不思議なやさしい雰囲気があります。
ねこちゃんの飼い主の方は、捨て猫をひろって飼っている方が
けっこう多くて「この子は死にかけていたんですよ」とか
「生まれたばかりで捨てられたみたいで・・・」といったお話を
よくされます。やさしいなぁと感動することが多く、拾われた
ねこがしあわせをはこんでくれるといいなと思います。
ペットの飼い主はみんな、良いお医者さんはつい教えたくなって
評判のいいところはますます混んでしまうのです。
〜教育現場今昔〜
先日、お寺にお参りする機会があり祈願の内容などを書き込んでいると
小学生がゾロゾロとやってきた。
社会見学かぁ〜と思っていると、正面に並んだ子供を見渡して
引率の先生は「今は宗教上の理由で、わたしは別に
頭を下げたりしたくないと言う人もいるかと思います。
そういう人は無理にする必要はありませんから」
と言うではないか。
ぶったまげた。
私が小学生のときには先生はそんなことは言わなかった。
「しっかりお勉強しますから元気で、みんなと仲良く
できますようにって頭さげなさいね〜」
くらいなことだったように思う。
今や小学生に宗教観が違う人はウンヌンと神社で言うのだ。
たぶん先生のマニュアルにはうるさい保護者への対応のため
このひとことが大切ですなどと書かれているのだろうと想像した。
なんだかなぁ〜
公園や神社で無邪気に遊ぶ子供の姿も
絶え、情緒や目に見えない伝えていく「何か」は
消えていくのだなぁと
しみじみ寂しい気分になった。
なんだかなぁ〜と。。。
〜わ〜たしがば〜ば〜よ〜♪〜
孫が生まれて、おばあちゃんになった。
新生児室が決まった時間だけガラス越しに見える。
ギャラリーが「かわいい!」「かわいい!」と
じじばか、ばばばか、パパばか、ママばか、親戚ばかと
ばかばっかり(笑)
いい風景です。
どの子もお母さんのお腹の中で数ヶ月を過ごし
頑張って共同作業の出産をやりとげてきたのです。
「えらいえらい、ママも赤ちゃんもよく頑張ったねぇ」と
褒めてあげたい。
ちいさな体でこんなに大きな幸せをみんなにくれてると誰かが
言っていました。ほんとうにそのとうりだと思います。
こうして命は伝えられて、歴史が綴られるのですね。
感動です!
〜主人在宅症候群!?〜
一月四日にめでたく11歳になった愛犬のニッキィ。
昨年まではそれほどでもなかったが、
よる年波のせいか、この年末年始はお疲れだったようだ。
夫が定年になって家にいるようになると、
奥さんの中には「亭主在宅症候群」とか言って、
ストレスで病気になる人もいるとか。
ニッキィはまさに「主人在宅症候群」のようで、
仕事始めで夫が出勤したとたん、わたしのベッドで爆睡。
「亭主在宅症候群」になる人は、
まじめで几帳面な性格の人だとか。
なんでも「テキトー」がモットーの私ではなく、
ご主人様ひとすじが信条のニッキィが疲れるのもむべなるかな。
とは言え、そろそろ忠犬も定年にして
のんびりしてもらいたいと苦笑しつつ願っている。
〜キッチンの鏡〜
うちの台所には小さな鏡がある。
ちょうどシンクの前に立つと、カウンターに置いてある鏡に顔が映る。
結婚した時からず〜っと30年間、引っ越しても私のキッチンには
鏡があった。
お化粧が似合わない私は口紅しか持っていない。
そんな私だから(笑)鏡に映すのは美醜ではなくて、気持ち。
それはおばあちゃんから受け継いだ習慣のひとつ。
おばあちゃんは、「優しい気持ちでお台所仕事をしなさい、鏡に映ってる
自分の顔をみてごらん」とよく言っていた。
毎日キッチンに立つと自然に自分の顔を鏡に映して確認している。
今日の私はどうだろう?と。
〜30年前の予言〜
大阪中ノ島のホテルで30年前の11月、私たちは結婚式と披露宴をした。
夜中には嵐のような雨が降ったが、朝にはすっかり上がって
まさに良い日和、めでたくとどこおりなく一日は終わった。
さて30年経って、ふとこんなエピソードを思い出した。
当日、新郎と新婦はそれぞれ別の部屋で晴れの衣装を身に着けた。
というか、着付けてもらった。
ホテルの専属の方が数人がかりで支度を整えてくださるのだが、
新郎のほうの支度を終えて新婦のほうに来られた方が
「今日の新郎さんは私たちに挨拶をされて、
それからの着付けだった。こんなことは初めてです。
良いお婿さんですね」と言ってくださった。
毎日のようにいろいろな人の着付けをしていらっしゃる
係りの方に褒めてもらった花婿。
花婿は真珠婚までの30年の間、わがままな新婦
(いまや立派なば〜さんとなった私)の手を引いて夫婦道を歩いてきた。
私は係りの人の目の確かさを感じる。
私が30年かかってたどり着いた結論を、彼女は予言していた。
〜緑の看板〜
緑が気持よい季節がやってきた。
わたしの住むマンションの緑も手入れが整い元気だ。
数年前マンションの管理組合の役員の時に、
マンション新築時から管理会社に任せていた緑の手入れを、
地元の植木屋さんに移行しようという意見が出た。
ある日の役員会で植木屋さんが顔を出してくれた。
いろいろ意見が出た中、私は「地元の植木屋さんなら通る人が見て、
いい手入れをしていると言ってもらえる仕事をしてくれるでしょう。
ここを植木屋さんの看板と思って仕事をしていただいてはどうでしょうか?」
と賛成の意見を言った。
はたして数年たって、今年もきれいな桜が咲き、緑も元気だ。
順番とはいえ、当番のときの意見が間違っていなかったことにほっとする。
もうすぐ裁判員制度が始まる。いつか大役を
引き受けなくてはならない時が来たら、同じように数年後に
良かったと思える結果が出るように努力しなければと思う。
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