作曲よもやま話 2006.6.1 私が作曲を始めたのは高校2年の時、始めたというよりは、浮かんで来たという表現が正しいかもしれない。プロの作曲家は頼まればいつでも作れるレベルと尊敬する。私にはそれは出来ない。残念ながらメジャーに出せる曲はなく、ごく私的なローカルプライベート曲である。しかしせっかく浮かんで来た曲を眠らせるのももったいなく、このたび作曲・の頒布、CDの製作(2006年中に)頒布に踏みきった次第です。 思い起こせば、過去に3回だけ頼まれて作った曲がありました。 1: かぶと虫 ![]() これは幼稚園理事の尾崎義郎氏(故人:現フレット楽器尾崎社長のご尊父)に、園の愛唱歌の作曲を頼まれて、引き受けたもの。 ♪かぶとむし♪ (絵:早川美樹) かぶと虫さん よく来たね お山に さよなら 今日からは 坊やのおうちで仲間入り おつの高々ご挨拶 やっぱりお前は 人気者・・・ 2: 健ちゃんとムッちゃん ![]() 毎日新聞で同時に紹介された、戦争中に死んだ2人の子供のお話。健ちゃんは空襲警報の中で、防空壕に走らずキュウリ畑に走り、野井戸に落ちて死んだ・・・ムッちゃんは大分に疎開にて結核を患い、防空壕の奥に住まわせられた。少ない食事と水を与えられていたが、終戦とともに忘れられて、防空壕で餓死してしまった哀れな女の子の話。@の尾崎さんが鎮魂の詩を書き、私に作曲を依頼された。記事とともに鎮魂詩を読み、暗い部屋にこもり、止め処も無く涙が流れ、そしてギターを通して、悲しくも美しい曲が浮かんで来た。楽譜を起して尾崎さんに送ると、なんと毎日新聞 に楽譜と共に大きく紹介された。時は流れて20年以上後、私が仕事で大分転勤になった数日後大分合同新聞でムッちゃんの記事を見た。なんとすぐ近くにムッちゃん公園があった。奇遇である。千羽鶴に囲まれたムッちゃんの像に手を合わせ、また涙した。♪健ちゃんとムッちゃん♪ 遠いあの空天の国 お花の咲いてる川のそば ケンちゃん ムッちゃん 手を取って はればれ二人で 歩いてる・・・ あんなに悲しいあの日から 今もしっかり放さない キュウリと竹筒持っている 嬉し涙が光ってる 生まれた所は違うけど 一つに結んだ天の上 出会う岸辺で抱き合って 愛の調べを歌ってる 出会う岸辺で 抱き合って 愛の調べを 歌ってる 3: スターダスト涙 ![]() これも20年程前の話。女子高生が2つの作詞を持って、作曲をお願いしてきた。1つは私の気持ちに合わずお断りしたが、もうひとつは宇宙戦争・宇宙平和を題材にした、スケールの大きな、そして心の細やかな詩で、私の心が動いた。そして爽やかな曲が浮かんで来た。♪スターダスト涙♪(絵:早川美樹) スターダスト 宇宙の涙 もし僕達 二人のために 泣いているのなら もう泣かなくていいんだ 今やっと兄さんといっしょに 暖かなその腕の中で *宇宙よ 泣かないで 戦いはもう終わったんだよ これからは2人静かに 生きてゆくんだ 大切な 兄さんと 一緒に 広い宇宙の腕の中で・・・ スターダスト 平和の涙 もし僕達 二人のために 涙流しているのなら もう僕たちは いいんだ 今からは 宇宙のために 笑顔を見せて 平和よ 泣かないで 安らぎは訪れたんだよ これからは 二人静かに 暮らすんだ 大切な 兄さんと 一緒に 暖かなその腕の中で * 以上3曲のみ、依頼されて作曲したもの。やはり詩に心を強く動かされると、曲が浮かんでくる、これも作曲の条件であろう。 それ以外に、夢の中で曲を聴くことがある。ほとんどが目が覚めると忘れるものであるが、覚えていることもある。「思い出しておくれ」は作詞と作曲が、そのまま記憶に残り、頭の中を駆け巡り、書き下ろしてやっとおさまった・・・というもの。 ![]() 夢の中のステージで、私が弾き語りしていた。白い天使服を着た女性達がバックコーラスし、会場には沢山の聴衆が聴いてくれていて、私は何度も何度も繰り返しこの曲を歌っていた。目が覚めても感動覚めやらず、枕は涙々で濡れていた。♪思い出しておくれ♪(絵:早川美樹) 思い出しておくれ 思い出しておくれ 君がこの世に 生まれる前に 誓ってきたことを 思い出しておくれ 思い出しておくれ 父母に膝まづき、願って生まれたことを この世に生きる目的は 決して金や地位じゃない 一生懸命働いて 君の位置を得ることだ 人の出会いに 愛を尽くし 自他の区別をなくすこと・・・ その他に、若い頃日記代わりに書いた作品が100曲あまり、そして50代になって書いた曲が3曲(大分3部作:@オリオン、A夢遊び、B愛愁)、そんな中から15曲を抜粋し、現在遅々と?自力で(デジタルレコーダーで)、多重録音もしながら、CD録音中です。恥ずかしいレベルですが、実費頒布予定です。 |