ニコライU世

Nicholas U
(1869−1918)

 アレキサンダーV世の長男として生まれ、1894年即位。ロシア帝国への反体制運動に対して常に弾圧策で臨んだ。また官僚の任命に当たっても、有能な人物に反感を覚えるという君主としては好ましくない傾向を有していた。
 第1次大戦が勃発すると長期戦化と相次ぐ敗戦により、国内での反戦運動がたかまった。1917年春、食料暴動から発した、ペテログラードの二月革命により退位。革命後成立した臨時政府によりニコライは捕縛され、ニコライはじめ一家はエカチェリンブルグに送られた。1918年7月、レーニンは一家全員の処刑を指示、実行された。遺体は1992年ソ連の崩壊により初めて確認された。

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