バルセロナ-3 


 

サグラダ・ファミリア大聖堂

 サグラダファミリは、まだ建設途中である。建設し始めてから、もうすでに百年が経っている。しかし、完成するまでには、まだまだ、時間がかかりそうだ。当然、設計者であるアントニオ・ガウディーは、すでに他界している。建設資金は寄付と観光者の入場料だけである。さらに、驚いたことに、建設をしている人達は、ほとんどが、サグラダ・ファミリアに感動した人達が、ボランティアで行なっている。設計も奇抜であるが、建設方法はもっと奇抜であった。
 しかし、残念なことに、ガウディーが生きていた頃に造られた部分と、最近造られた部分とでは、装飾の仕方がかなり異なる。
 実は、僕は大学時代、ガウディーが嫌いであった。サグラダ・ファミリアのように直線の少ない建物は、街中には調和しないと考えていた。自然の多い、郊外の公園のような所に建っているのであれば、周りとも調和して、存在感があるのではないかと、考えていた。特に、バルセロナのように、道路が碁盤の目のようにまっすぐに出来ている街では、あのように、まったく直線のない建物は、違和感を感じるのではないか、と想像していた。が、実際にはまったくの逆であった。サグラダ・ファミリア大聖堂は、バルセロナの街には大変に調和するのであった。いや、「バルセロナであるからこそ、あのような形になったのだ」と、さえ思えた。
 ガウディーが、何故、このような形にしたかには、訳がある。それは、自然の法則に忠実に建設したかったのである。上部にある荷重を下部に綺麗に流す。アーチの考えと同じであるが。彼は独特の実験から、その理論を導いた。紐にいくつもの重りをぶら下げると、紐は放物線状になる。この状態を写真に撮り、上下を逆さまにする。この形態が、最も綺麗に力が流れる形態である。このようにして、求めた曲線をすべての部分に使い、設計したのであった。自然法則から導き出された形態であるから、植物の形態に似ていて、自然な感じがするのであった。
 しかし、この理論は、上下方向の力の流れしか考えていない。日本のように地震の力を考慮する必要性が無いから成り立つのであった。
 建設途中であるが、塔に登ることが出来るので、登ってみた。狭い塔の中にらせん階段がある。巾は40cmくらいしか無い、一人通るのがやっとだ。上部にバルコニーのように、外に出っ張った部分があったので、出てみた。高さはそれ程でもないが。石をモルタルで積み上げただけの構造である。いくら力が綺麗に流れているから大丈夫としても、もし、今、地震が起きたら、きっと、積み木を壊す時のように、崩れ落ちるのであろうと想像したら、怖くなったので、降りることにした。

サグラダ・ファミリア


カサ・ミラ

 うねった外壁が特徴的である、カサ・ミラは集合住宅である。
 欧米には古くから集合住宅が多くある。以前は、欧米は個人主義が発達しているので、集合住宅のような多くの人が共同で暮らすには、問題が多いのではないかと思っていた。しかし、個人を尊重すると言うことは、公と私をちゃんと理解しているから、成り立つことであると知った。日本のように公と私を理解しない人達が、共同で暮らそうとすると、多くの問題が起こるであろう。
 形態的な面を見ると、実に立派な建物が多い。ビルの入り口としての玄関、エレベータや階段や廊下などの共用部分は、スペース的にも、仕上としてもかなり立派である。大きな集合住宅では中庭があり、外の騒音とは無縁の空間があったりする。また、設備面でも、かなり古い建物でもちゃんと給湯や暖房が完備している。
 しかし、日本での集合住宅は、どうであろうか。私用部分での欲望が多いあまり、共用部分は貧弱な集合住宅が多い。特に、公団の集合住宅は、共用部分は全くない、階段だけである。
 そもそも、集合住宅とは多くの人が共同で暮らし、一人一人が少しずつ、お金や面積を出し合うことにより、一人では得られないサービスを得ようとする物である。その基本的な考えを忘れて、ただ数だけ詰めんでしまったのが、日本の集合住宅である。
 カサ・ミラは、欧米の中においても、かなり立派な分類に入るであろう。玄関部分にある門ひとつ見ても、建物すべての重厚さが現れている。そして、このうねる壁面が、実にいい感じを出している。歩道に植えられた街路樹と、うねる壁面にある植物をあしらった手摺が、実に調和している。街並みと調和しつつも、個性を表現している集合住宅。それが、カサ・ミラである。
 1階には幾つかの店がある。そこにある一軒のレストランで昼食をとった。ついつい、気分が欧米人に近くなってしまい、昼からワインを飲んでしまった。

カサ・ミラ


カサ・バトリョー

 カサ・バトリョーは、すべてをガウディーにより設計された建物ではない。ガウディーは、カサ・バトリョーの改装を行なっただけである。たぶん、以前は他の建物と同じ様な装飾の建物であったのであろう。しかし、ガウディーにより外装も内装も全てを替えらてしまったのであろう。
 外装で目を引くのは、骨のイメージである。サメの頭の骨のようなバルコニーの手摺。骨そのものを表した窓飾り。何故、このような装飾を思いつくのであろうか。
 内部の仕上はさらに独特である。つるつるの壁面と天井は、洞窟のようでもあり、動物の体内のようでもある。「つるん」としていて、肌触りがよさそうである。
 エレベーターの扉や階段の手摺の形態。エレベーターと一体化された吹抜部分のタイルのグラデーション。見る物すべて、驚きである。日本では絶対にお目にかかれない建物であった。

カサ・バトリョー

カサ・バトリョー内部


グエル公園

 グエル公園は、ガウディーのパトロンであったグエル氏が、分譲住宅地として計画した場所であった。もちろん、設計はガウディーである。しかし、まったく売れず、後に、市に寄付され、グエル公園となったのである。
 松任谷由実のプロモーションビデオで日本でも知られた場所である。
 ガウディー得意の自然と一体化したデザインは、人間は本来は自然の一部であったことを思い出させてくれる。実に、休まる空間である。
 日本では、公園や造成や擁壁という分野は、土木の仕事であるから、建築家に設計を依頼するようなことは、まず、無い。すると、ここは擁壁、ここは広場、ここはベンチなどと、土木の技術者が単純に造ってしまう。自然と一体化するようなデザインなどと、考える余地すらない。

グエル公園

グエル公園のトカゲ



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