平成19年7月11日に出された東京高等裁判所による控訴審判決の後、平成19年12月18日付の弁護人による上告趣意書、平成20年1月4日付の私による補充書、平成20年2月25日付の弁護人による補充書、さらに、平成20年4月15日付の渥美東洋教授による法律意見書を提出いたしました。本件は、既に控訴審判決後2年近い年月が経過しており、また、起訴後5年という長期にわたり公判での係争が続いていることから、ここで、本件の裁判を通じて私自身が直接最高裁判所に訴えたい所論を申し述べます。
1.一審判決について
粉飾決算の発見防止を使命とする大手監査法人の代表社員である公認会計士が、監査先企業の経営者と結託して粉飾決算をやっていたというのですから、開いた口がふさがらない。そんな驚天動地の疑惑が、ある日突然私の身に降りかかり、平成16年3月9日の朝、私は東京地検特捜部に逮捕されました。
あの日から5年の年月が流れましたが、私の主張は一貫して変わりません。私はキャッツの経営者と粉飾決算を共謀した覚えがなく、何よりもまず、問題とされた決算は適正なもので粉飾自体が存在しないのです。私の一貫した主張は、問題とされた株式会社キャッツの平成14年6月中間期並びに平成14年12月期の財務諸表は適正なもので重大な虚偽記載がなく、そのように適正な財務諸表を背景としているのですから、私がキャッツの経営者と粉飾を共謀するなどということは理論的にもありえず、また、事実としてないということに尽きます。
検察官の主張は、キャッツの代表取締役社長であった大友裕隆と専務取締役であった村上幸栄は、かねてより仕手と結託して自社株の株価操縦を行なっていたところ、その決済資金60億円相当の捻出に困窮し、この60億円をキャッツから出金すると共に、その金をパリバ銀行やリヒテンシュタイン銀行、あるいは香港の匿名組合を使った複雑なスキームにより迂回させて仕手の買い集めたキャッツ株を買い戻し、この事実を平成14年6月中間期の決算上隠蔽するため、本来大友に対する貸付金とすべき60億円を金融コンサルタントの開發徹の経営する投資会社に対する預け金として偽装し、さらに、平成14年12月期の決算においては、同預け金を、多くとも6億5千万円しか価値のないファースト・マイル社に対する出資として偽装し、もって粉飾決算を行ったというものでした。
ここで私に対する嫌疑は、キャッツの会計監査を行なっていた監査法人の代表社員でありキャッツの経営管理等の指導業務を行なっていた私は、遅くとも平成13年夏ころには大友・村上の株価操縦を打ち明けられていたところこれを黙認したため、そこで平成14年1月に、大友らが株価操縦の決済資金60億円をキャッツから流用し、その事実を隠蔽しようとする行為に共謀せざるを得ず、そこで平成14年2月15日に海外スキームを使ったキャッツ株の買戻しについて共謀し、そして平成14年7月18日に中間決算の粉飾を共謀し、さらに平成14年11月7日に年度決算を共謀し、もって中間決算の粉飾共謀の謝礼金として5百万円を、年度決算の粉飾共謀の謝礼金として1千万円を個人的に受領したというものです。
一審においては、検察官主張の共謀の事実関係を中心に反証を行いました。検察官主張の私の共謀は、キャッツの財務担当役員であった西内伸二常務の供述に基づいています。西内常務と同じ内容の供述調書が、一定の時間軸を経て、大友社長により、さらに一定の時間軸の後に村上専務並びに本多清二弁護士により作成され、そして最後は、経営コンサルタントの開発徹がその内容を認めた供述調書に署名して私が立件されています。これらの供述は重要な部分において事実ではないので、私は、弁護人と相談の上、関係者供述の信用性を争うことが有効と判断したのです。一審では、西内常務と大友社長に対する証人尋問に多くの時間が割かれ、開発徹コンサルタントに対する証人尋問も複数回行なわれましたが、三名はいずれも供述調書どおりの証言を行ない、この中で本多清二弁護士はただ一人供述調書が事実ではない旨を証言しました。一審において、検察官は、村上専務に対する証人申請は行いませんでした。
一審判決は当然に無罪と確信していました。なぜなら、検察官が本件の粉飾決算の根拠として甲12号証で証拠提出した会計基準の解釈は、私の被告人尋問において誤りであることが論証され、その主張に対して検察官からは何の反論もなかったからです。私にしてみれば、粉飾の立証が崩れたのですから、共謀など論じるまでもなく無罪に決まっていると思ったのです。また、共謀についても、一審での弁護人の反対尋問により、西内、大友、開発の証言の信用性は相当程度において崩されており、しかも本多弁護士の証言があり、さらに何といっても、平成14年2月15日の海外スキームの共謀の日に、私にはアリバイが出たのです。いくらなんでもこれで有罪ということはないと思っていたところ、それでも私に下された判決は有罪でした。
2.控訴審判決について
そこで、いくら被告人自身が粉飾ではないと論証してみても受け入れられないのであれば、権威ある会計学者の意見書が有効と考え、関西学院大学の会計学者の意見書を控訴審に証拠提出したところ、何と、検察官はこの意見書に同意しました。また一審判決では、平成14年2月15日の私のアリバイについて、「海外株買取スキームについて協議された会合は、2月15日に開催されたのではなかった疑いは否定できないが、2月中旬ころのいずれかの被告人が出席した機会に行われたものと認められ」(一審判決41頁7行目)などと認定するので、該当する2月中旬のすべての会合について、さらに私のアリバイを立証しました。
控訴審では、大友社長3通、村上専務5通、西内常務2通、安田公認会計士2通、露木公認会計士1通、南方公認会計士1通、宮下公認会計士1通の合計15通の宣誓供述書と本多弁護士の非宣誓供述書1通が証拠提出され、検察官はそのすべてを不同意としました。これを受けて大友・村上・西内並びに安田公認会計士の証人尋問が実現し、これらの証人はことごとく私の粉飾決算に対する共謀がないことを証言しました。また、大友・村上・西内の三名は、事実と異なる供述調書に署名したことを認め、とりわけ大友と西内両人の控訴審証言は、一審での彼らの証言が検察官との40回から50回に及ぶ証人テストにおいて検察官作成のストーリーを丸暗記させられたものを証言したという衝撃的なものでした。
この結果、中間決算の粉飾共謀の日とされた平成14年7月18日の会議には、共謀の相手である開発氏は出席していないことが立証され、また、本決算の共謀の日とされた平成14年11月7日には、粉飾の共謀どころか、私が共謀の対象たるファースト・マイルの買収そのものに反対していたことも立証されました。さらに本件粉飾の共謀の報酬とされた1千万円の現金にまかれていた帯封の証拠開示が行われ、この現金の授受の時期が本件決算より1年も前のもので、粉飾とは無関係であることも立証されました。
検察官の有罪立証の事実関係のすべてが崩されたのですから、今度こそは無罪と確信したのですが、それでも控訴審判決は有罪でした。控訴審判決は、特定の共謀の日の事実認定には触れることなく、開発と大友が共謀し、大友と私が共謀すれば、本件粉飾の共謀は可能であるとし、また、本件で使用された大友振り出しの小切手に即時換金性がないことを私が知っていた以上粉飾の認識はあったはずと断定し、そこで証拠としては、弁護人が私の保釈を得るために一部同意をした大友らの供述調書の同意部分が取り上げられました。また、弁護人が多々論じた私の無罪を立証する多くの論点については、「要証事実には距離がある」などとして一蹴されてしまったのです。
もとより検察官の主張によれば、公認会計士である私が粉飾の共謀を行った動機は、遅くとも平成13年夏ころ大友・村上より株価操縦を打ち明けられてそれを黙認したからであり、その粉飾共謀の謝礼として1千万円の現金を受領したというものでした。控訴審の公判の結果、遅くとも平成13年夏ころの株価操縦の告白はその事実が否定され、また、日銀統一番号の照会により現金授受と粉飾決算の因果関係も否定されました。私には自白調書もありません。私には自白もなければ動機もなく、アリバイだけがあるのです。しかも本件はそもそも粉飾ではないとする私の主張に、検察官は反論するどころか同意をし、さらに検察官の有罪立証のストーリーはことごとく崩壊しています。これで刑事訴訟法に定める「合理的な疑いを超える有罪立証」がなされているとは、私には到底信じがたいのです。控訴審までの裁判を経て、私は現行司法に対する言いようの無い絶望を感じました。
3.粉飾決算の前提
控訴審までの公判を振り返ってみると、そこでの弁論のほとんどは、私の共謀の認定に費やされています。検察官は私の粉飾決算に対する共謀を主張し、弁護人は共謀の事実を反証しています。そして、共謀の事実認定に関する両者の議論はことごとく噛み合わず、未消化のまま判決が下されているのです。
例えば、平成14年2月15日の海外スキームの共謀について見てみれば、検察官は平成14年2月15日の会議に私が出席して海外スキームの共謀がなされたと主張したところ、私のアリバイが出て、そこで一審判決は「2月15日に開催されたのではなかった疑いは否定できないが、2月中旬ころのいずれかの被告人が出席した機会」として共謀を認定しました。そこで、控訴審において、2月15日前後の会議のすべてについて私がアリバイを立証すると、控訴審判決は、「いずれの事情も、虚偽記載についての被告人の認識という要証事実とは距離があり」として、やはり共謀を認定するのです。
このような共謀に関する議論のすれ違いは、海外スキームの共謀に限らず、平成14年7月18日の中間決算粉飾の共謀、および、平成14年11月7日の年度決算粉飾の共謀についても同様であり、さらには、遅くとも平成13年夏とされる株価操縦の告白や、金銭授受と粉飾決算の関係も、結局同じことの繰り返しです。これではいくら被告人が証拠をもって共謀の事実を反証しても際限がありません。
私にしてみれば、検察官の主張する共謀の事実のことごとくについて証拠をもって反証したつもりなのですが、それでも一審および原審判決は共謀を認定しています。私には明らかな共謀否定の証拠を見ながら、それでも一審および原審判決が共謀を認定するのは、下級審の本件粉飾決算事件における共謀の前提自体が、私とはまるで違うものであるからに他なりません。すなわち、下級審は、本件粉飾という犯罪事実自体を当然の前提として共謀の認定を行っているところ、私は、株式会社キャッツの平成14年6月中間期並びに平成14年12月期の財務諸表は適正なもので重大な虚偽記載がないと主張しており、その主張は一審並びに控訴審において当然に立証が尽きていることを前提としているのです。共謀の議論が噛み合わない根本的な原因はここにあります。
検察官は、私がキャッツを「我が子のようにかわいい」と言っていたことをもって本件粉飾への共謀の動機としています。私は、キャッツに限らず、すべてのクライアントに深い愛情を注いできました。本件公判を通じて、私のキャッツに対する深い愛情と関与が認定されていますが、キャッツに限らずそれは事実であり、このようなクライアントに対する愛情と関与は、私の職業会計人としての変わることのない一貫した姿勢であり、公認会計士として私の誇りとするところです。
さて、そこでこのような私の深い愛情と関与を、粉飾決算を前提としてみれば、そこでの私の行為のことごとくが粉飾の共謀にみえてしまうではありませんか。一方、適正な決算を前提としてみれば、私の行為のことごとくは適正な決算を指導する優れた公認会計士業務という事になるでしょう。同じものを見ても見る角度によって正反対のものが見えるのです。これこそが本件キャッツの粉飾決算事件の本質に他なりません。
本件下級審は、粉飾決算を当然の前提としているため、平成14年2月15日の海外スキームの共謀の日に私のアリバイがあろうが、平成14年成14年7月18日の中間決算粉飾の共謀の日に共謀の相手とされる開發氏が出席しておらず、平成14年11月7日の年度決算粉飾の共謀において私が共謀の対象たるファースト・マイルの買収に反対していても、さらには、遅くとも平成13年夏の株価操縦の告白など存在せず、また、金銭授受と粉飾決算は無関係であろうと、それでもキャッツに愛情をもって深く関与する私は、どうしても共謀していると見えてしまうのです。
4.粉飾の証拠構造
ところで本件が粉飾であるとされているのは、大友、村上、西内、開發の重要関係人のことごとくが、その供述調書において本件が粉飾であることを認め、また、一審の公判でその旨を証言したからです。粉飾決算を認めることで、大友・村上・開発の三名は執行猶予判決を得、また、西内は起訴猶予となり、彼らの刑はすべて確定しています。重要関係人のことごとくが粉飾決算を認めその刑が確定しているのですから、ここでの粉飾の証拠構造は強いという事になるのでしょう。
しかし、この事は本件が粉飾であるという動かしがたい証拠にはなりません。なぜなら、彼らは本件が粉飾であると言いながらも、それがなぜ粉飾なのかという会計上の根拠を一切示していないからです。彼らは、検察官から本件は粉飾だと言われて抗弁できず、自らが他に抱える株価操縦(大友及び村上の場合)や脱税(開發の場合)の罪状と併せた量刑判断を踏まえて、粉飾決算なら執行猶予は固いとの判断の元に、訳も分からず粉飾とする自白調書に署名し、その後の公判においても供述調書どおりの証言をしたに過ぎません。もとより大友及び村上は会計の基礎知識がなく、問題とされた有価証券報告書自体、本件の事件化による捜査が始まるまでは、まともに見たことさえないのです。見ても両人はその内容を十分に理解する事はできません。また、開發は、会計の専門家ではなく金融コンサルタントなのであり、そのキャッツとの関わりを考えてみれば、その開發が粉飾の共謀をすると考えること自体が荒唐無稽です。
さて、このように考えてみると、本件の関係者の中で唯一会計の基礎知識を有していたと考えられるのは西内だけということが分かります。そして本件粉飾決算事件は、西内の供述が突破口となり、順次、大友・村上・開發が粉飾を認める供述調書に署名していきます。すなわち西内こそ本件粉飾決算事件立件の張本人という事になりますが、その西内は起訴猶予なのです。
西内は、一審の第3回公判において、自らの経理知識について、
「私はキャッツに入社する前に銀行に勤めておりました。その銀行で融資担当業務を担当していたこともありますので、経理上簡単な仕分け(ママ)、そういった事はできたわけですが、かといって、会社で経理業務を本格的にやったということはそれまでありませんでした。ですので、特にキャッツが上場を目指し、あるいは上場したあと、開示することがたくさん出てきまして、有価証券報告書はもちろんですが、そのほかに人事面であるとか、組織面であるとか、そういったことなど、非常に多く分からないことがありまして、特に増資関係のことが出てきますと、そのたびに必ずと言っていいくらいに、商法であるとか、有価証券取引法であるとか、そういった壁にぶつかりまして、本当に困っておりました。」(一審第3回公判2頁17行目以降)
と証言し、自らの経理知識が簡単な仕訳ができる程度で、上場会社の有価証券報告書のレベルには到底達していなかったことを認めています。
十分な会計基礎知識を有しない西内が、本件で検察官が主張するように複雑な会計理論に基づく粉飾など考えたこともなければ、そこで粉飾だと検察官に決め付けられれば、それに抗弁することさえできるはずもありません。西内は、控訴審において、自らが理解もできない粉飾を認めるに到った検察官による取調べの状況を、次のように証言しています。
「例えば、これは粉飾なんだとか、あるいは開發さんとの消費寄託契約は偽装だとか、小切手は最初から決済するつもりなんかなかったんだろう、ファースト・マイルは60億円の価値なんかあるわけないだろうと、そういったことをさんざん言われてました。」(控訴審第5回公判12頁14行目以降)
西内は、検察官に粉飾だと決め付けられ、それに抗弁できず、訳も分からず粉飾を認めたに過ぎないのです。そして西内は、同控訴審の証言の最後に、弁護人に平成14年6月中間期並びに12月期における虚偽記載の認識の有無を聞かれて、
「いいえ、全くありません。」(控訴審第5回公判23頁8行目)
「同様に、全くありません。」(控訴審第5回公判23頁11行目)
と答え、さらに適正な決算に基づき適正な有価証券報告書が作成されているという認識かと聞かれて、
「はい。細野先生にも常に事実をありのままに決算をしなさいと、そういう指導を受けておりましたし、私自身もそのように決算をしておりました。」
と証言しています。
そうすると、事件当時において本件が粉飾だと認識していたものは結局誰もいなかったということになり、だから粉飾を認めた犯罪者が、ことごとくその犯行(なぜ本件が粉飾になるのか)を説明できないという驚くべき現象が起きてしまうのです。すなわち、本件は検察官だけが粉飾だと言い張っていたに過ぎず、その検察官による粉飾の根拠は、一審での被告人尋問で崩壊しています。さらに控訴審では、関西学院大学の会計学者の意見書が出され、その意見書には検察官も同意せざるをえなかったのです。一審並びに控訴審判決は、本件の粉飾を所与として共謀の認定をしていますが、そもそもその前提自体が間違っているのです。
5.公正なる会計慣行
原審判決は本件を粉飾決算としています。有価証券の虚偽記載は、財務諸表の虚偽記載と財務諸表以外の虚偽記載に区分できますが、ここで重大な財務諸表の虚偽記載を粉飾決算というのですから、原審判決が本件を粉飾決算として位置づけているのは当然のことです。さて、旧商法は第32条第2項において、「商業帳簿ノ作成ニ関スル規定ノ解釈ニ付テハ公正ナル会計慣行ヲ斟酌スベシ」として、公正なる会計慣行の斟酌規定を設けています。したがって、本件が粉飾決算に該当するかどうかは、公正なる会計慣行を斟酌して判断されるべきなのであり、ここでキャッツは上場会社なのですから、上場会社の公正なる会計慣行である企業会計原則こそ本件の粉飾判断の基準とならなくてはなりません。
ところが、原審判決及び一審判決は、ともに、企業会計原則のどの規定によって本件が粉飾決算であると言いうるのかという判断根拠を全く示すことなく、ただ単に,大友ら関係者の自供のみをもって粉飾としています。すなわち、本件粉飾は、企業会計原則のどの規定に違反しているのかは分からないが、共犯関係者が検察官面前調書において粉飾を認めているので、(その後控訴審証言において粉飾を否定したけれど、逆転証言は信用できないので)、だから粉飾だと言っているに過ぎないのです。憲法第38条第3項は、自白だけでは有罪とすることができない旨を定めていますが、その精神は、本件のような共謀の前提となる粉飾の認定についても当てはまると考えるべきで、したがって、共犯関係者の自白のみをもって粉飾を認定し、その前提の下で共謀を認定する原審判決は、歴史の批判に耐えることはできません。
企業会計原則はその一般原則の第一において、「企業会計は、企業の財政状態及び経営成績に関して、真実な報告をするものでなくてはならない。」として、企業会計の目的が、財政状態及び経営成績の適正表示にあることを示しています。現在3千頁余にもわたり規定されている諸会計基準は、全てこの「財政状態及び経営成績の適正表示」を達成するための会計上のルールなのであり、したがって、検察官が本件の粉飾を立証するためには、キャッツの平成14年6月中間期と12月期の財務諸表が、どの会計基準のどの規定に違反して、その結果、キャッツの財政状態及び経営成績の適正表示がどのようにゆがめられているかを立証する必要があるのです。検察官の起訴事実のどこにも、企業会計原則への違反と粉飾による財政状態及び経営成績の適正表示違反の事実指摘が行われていないのですから、本件はもともと粉飾決算事件として起訴すること自体に無理があったのです。
会計基準に基づく検察官立証は、公判における甲12号証においてわずかに行われただけですが、その立証も一審での被告人尋問により完膚なきまでに崩壊し、その後検察官からは何らの反論も行われていません。それどころか、控訴審では関西学院大学の会計学者による意見書が提出され、その意見書によれば、キャッツの平成14年6月中間期と12月期の財務諸表が企業会計原則に従った適正なものであることが明らかで、そしてその意見書に検察官は同意せざるを得ませんでした。本件は粉飾決算ではないのです。
キャッツ粉飾決算事件における起訴事実は次の通りとされており、判決は粉飾決算としながらも、そこでは架空利益どころか期間利益に対する影響そのものが一切問題とされていません。
第一の起訴事実(平成14年6月中間決算の粉飾)
キャッツの経営陣は平成13年ころより自社株の株価操縦を行なっており、その株価操縦の後始末として会社から60億円の金を出して自社株を購入し、その事実を隠蔽するために、本来経営者に対する貸付金とすべき60億円を、第三者に対する預け金として平成14年6月中間期の中間貸借対照表に表示した。
第二の起訴事実(平成14年12月決算の粉飾)
また、ここでの預け金をさらに偽装するため、多くとも6億5千万円しか評価できないポイントカード運営会社(ファースト・マイル)を60億円として過大に評価して買収し、平成14年12月期の貸借対照表に子会社株式60億円として計上した。
ここで、経営成績としての期間利益の適正表示について検討すると、第一の起訴事実は、問題とされている60億円を預け金とするか貸付金とするかの貸借対照表内の表示科目の問題であり、仮に起訴事実のとおりであるとしても、期間利益には一切の影響がありません。また、第二の起訴事実は、60億円の債権を対価として購入された子会社株式を個別財務諸表上いくらで表示すべきかという問題であり、仮に起訴事実のとおりであるとしても、差額の53億5千万円を損失と処理すべきとされているわけではないのです。
そこで、期間利益を離れて、財政状態の適正表示としての開示面を問題とするのであれば、有価証券報告書における主たる財務諸表である連結財務諸表では、ポイントカード運営会社の純資産が、検察官主張による多くとも6億5千万円どころか、6千万円しかないという企業実態がありのままに開示されています
もとより私は、キャッツの経営陣から株価操縦をしているなどとは聞いたこともなく、キャッツから出された60億円は自社株となった後、その60億円分の自社株が第三者(開發)のM&Aファンドにそのまま預けられたのですから、それが預け金となるのは企業会計上当たり前で、またその60億円のM&Aファンドでポイントカード運営会社が買収されたのですから、その取得原価が60億円となるのもまた企業会計上当然のことです。さらに中間期における60億円の預け金は、契約実態に即した会計処理をしているだけのことであり、この財務諸表上の表示が、検察官主張による貸付金とするよりも、はるかに平成14年6月中間期末時点のキャッツの財政状態を適切に示しているからに他なりません。また12月期の連結財務諸表では、ポイントカード会社の純資産が、検察官主張による多くとも6億5千万円どころか6千万円しかないという企業実態がありのままに開示されているのです。キャッツの平成14年の財務諸表は、6月中間期および12月期共に、財務諸表の読者の意思決定を誤らせることがない、すなわち適正なものです。
このような主張を逮捕前の任意捜査の段階から現在に至るまで一貫して主張しているのですが、私にとってこれだけ明らかな理屈がどうしても司法には通じません。会計人である私と法律家である司法との間では、会計的な議論が噛み合わないという構造的な問題を置くとしても、私と司法の間の立脚点の根本的な違いはポイントカード会社の取得原価の決め方にあります。検察官は、このポイントカード会社株式の直近の売買事例より計算した時価が「多くとも6億5千万円しか評価できない」として会計処理の虚偽記載を認定しているのですが、私の主張は、企業会計原則に従って子会社株式としてのポイントカード会社は取得原価で評価されるのですから、虚偽記載には当たらないというものです。すなわち、検察官が時価を主張するのに対して私は取得原価を主張しています。
ここで企業会計原則上、子会社株式が取得原価で評価される事は異論がないものの、検察官は、私に対する取調べにおいて、
「でも、やっぱり、こんな時価しか認定できない会社を60億円で計上した以上、それは虚偽記載となる。」
と言い張るのです。
取調べにおいて、私は、会計理論を駆使して検察官の会計的主張を逐一論破していったのですが、結局最後に検察官は、
「これは事実認定の問題であり、会計論は関係ない」
などとして、私の話は一切聞き入れてもらえませんでした。そして私は起訴され、一審、控訴審ともに粉飾決算の共謀による有罪判決となり、現在最高裁に上告中なのです。
ところで、公判でも主張したように、だいたいがここで検察官により主張されている直近の売買事例など、企業会計原則上認められる時価ではありません。直近の売買事例は税法上の時価であり、企業会計原則上は認められない「時価もどき」なのです。本件の直近の売買事例は6億5千万円かもしれませんが、その前には、この会社の再調達原価は60億円をはるかに超えていたのであり、ここで再調達原価は企業会計原則上認められた時価です。一審および控訴審を経て、私は会計人として、制度会計上全く認められない検察官だけが主張する似非時価会計にやられたという思いが強く残りました。
そもそも検察官は平成14年6月中間期において、預け金とするか貸付金かを問題としているのですから、ここでは60億円の取得原価そのものには争いがありません。そしてその60億円の債権をもってファースト・マイルを取得したのですから、この取得原価が60億円になることも異論がありません。そこで検察官の主張は、ファースト・マイルは多くとも6億5千万円の価値しかなかったのだから、それを(連結貸借対照表ではなく)個別貸借対照表に60億円として計上したのが虚偽記載であるという理屈になっています。
この主張を会計理論上噛み砕いて考えて見ると、ファースト・マイルの取得原価が60億円で一旦成立している事は、検察官が関西学院大学の会計学者の意見書に同意していることから争いがありませんので、検察官の主張は、一旦成立した60億円の取得原価が、ファースト・マイルの価値が多くとも6億5千万円しかないという事実を受けて、53億5千万円の評価減の後、6億5千万円として貸借対照表に計上すべきであったということになります。このような取得原価の評価減を、会計上、減損と言います。ところが、現行の減損会計では、そもそも「減損の兆候」がなければ減損は認識されないのです。以下に会計基準に基づく証拠を示します。
「資産又は資産グループに減損が生じている可能性を示す現象(以下「減損の兆候」という。)がある場合には、当該資産又は資産グループについて、減損損失を認識するかどうかの判定を行う。」(添付「固定資産の減損に係る会計基準」二「減損損失の認識と測定」1「減損の兆候」」
ここで、減損の兆候については、
「事業の立ち上げ時など予め合理的な事業計画が策定されており、当該計画にて当初より継続してマイナスとなることが予定されている場合、実際のマイナスの額が当該計画にて予定されていたマイナスの額よりも著しく下方に乖離していないときには、減損の兆候には該当しない。」(添付「固定資産の減損に係る会計基準の適用指針」第12項(4)及び第81項参照)
とされています。
キャッツは、ポイントカード運営会社を買収して、自己の事業との相乗効果による事業計画を立てて60億円の投資資金の回収を図ろうとしていたのですから、キャッツにとって本件買収は、「事業の立ち上げ時など予め合理的な事業計画が策定されて」いたのであり、そこで検察官の主張するように、そのポイントカード買収会社の直近の売買事例より逆算した評価額が仮に多くとも6億5千万円しかなくとも、それは買収における事業計画算定時には判明していたことで織り込み済みなのですから、平成14年12月末の決算時において同様の手法による評価額が6億5千万円からさらに著しく減価しない限り、それは減損の兆候には当たらないのです。減損の兆候がないのですから、減損などできるはずもありません。すなわち、検察官並びに原審判決どおりの会計処理を行なうと、それは減損会計に反した企業会計原則違反となり、それこそ粉飾決算になってしまうのです。
有価証券報告書による現行制度会計の目的は、適正な期間損益の計算と財務内容についての適正開示にあります。適正な期間損益の計算上、ファースト・マイルは60億円の取得原価として会計上計上されなくてはならず、ここでファースト・マイルの純資産6千万円と取得原価の差額59億4千万円は、連結財務諸表において償却計算が行われます。原判決は、「ファースト・マイル株の価額を6億5000万円とするのか60億円とするのかでは、連結調整勘定の額が異なり、収益に影響することは明らかである。」(原判決15ページ19行目以降)と説示していますが、現実には、原判決が想定する以上の連結調整勘定が計上され、収益への影響が担保されているのです。
ここで、財務諸表のもう一方の目的である財務内容についての適正開示については、連結財務諸表において純資産が6千万円しかないことがはっきりと開示されています。この事は、控訴審において再三主張したのですが、原判決では全く無視されています。このどこが粉飾決算なのか、私には全く理解できません。
6.重要性の判断基準
1996年に経営破綻した山一證券では、約2600億円に上る巨額の簿外債務が隠蔽されており、この結果、山一證券の債務超過額は1600億円となりました。すなわち、山一證券の粉飾は、利益に対する影響額で2600億円、純資産に対する影響額で2600億円という事になります。
カネボウの粉飾決算は、売上高の水増し、関連会社の連結対象外し、在庫の損失未処理などの手法を合わせ、連結利益に対する影響額は2000億円に上ったとされています。したがって、純資産に対する影響額もまた2000億円となります。
近時の粉飾決算事例を見てみると、IHIの粉飾決算では、利益に対する影響額が204億円で、純資産に対する影響額は118億円であり、フタバ産業の粉飾決算では、利益に対する影響額が1148億円で、純資産に対する影響額は1038億円です。
このように、日本の有史上の粉飾決算が、唯一つの例外もなくすべて、利益と純資産に対する重大な虚偽記載をもって粉飾とされている中で、本件キャッツの粉飾決算は利益に対する影響額がゼロで、純資産に対する影響もありません。
上場会社の粉飾決算は有価証券報告書の虚偽記載なのですから、粉飾決算が判明すると、有価証券報告書の訂正報告書を提出して、粉飾決算を訂正する必要があります。近時の上場会社粉飾決算では、したがって、訂正報告書の提出をもって粉飾額の確定としていますが、キャッツの粉飾決算事件では、結局最後まで訂正報告書は提出されませんでした。なぜなら、起訴事実によれば、利益に対する影響額がゼロで、純資産に対する影響もゼロなのですから、これを会計上訂正する方法がないのです。原判決自身が認めるように、起訴事実からは「取得価額を観念する事は困難」(原判決13頁18行目)であり、多くとも6億5千万円などという計数化不能の起訴事実では、複式簿記による修正仕訳さえ起こせません。こんな粉飾決算はありません。
ここで粉飾決算を会計監査の立場から検討するために、会計上の虚偽記載の重要性を考えることが有効です。会計上の重要性の判断基準に関しては、添付の日本公認会計士協会の監査基準委員会報告第17号「重要性の判断基準について」(昭和49年10月23日)が、わが国で唯一公開された会計監査上の重要性の判断基準です。この重要性の判断基準では、重要性の判断基準には資産総額、純資産、純利益等に対する影響額としての量的重要性と、除外事項自体の性格に基づく質的重要性が総合的に判断されるべきものであることが記載されています。また、質的重要性に関する留意事項については、架空資産や簿外債務等の未実現架空利益は質的重要性が高い旨の記載はあるものの、本件のような貸借対照表内の同一区分内における預け金と貸付金の違いとか、あるいは、子会社株式の取得原価の表示方法の違いに関する質的重要性の判断基準など、どこにも示されていません。
すなわち、本件のような、利益に対する影響額がゼロで、純資産に対する影響もゼロという虚偽記載は、たとえそれが検察官主張のとおり虚偽記載であるとしても、会計監査上は量的にも質的にも重要性がなく、したがって監査意見の適正性には影響しないと判断されるのです。会計監査上量的にも質的にも重要性がないと判断される虚偽記載は、たとえその虚偽記載が事実であったとしても、単に修正すれば事足りる間違いに過ぎず、それが刑事訴追の対象となる重大な虚偽記載に該当するはずがありません。
キャッツ粉飾決算事件のように利益に対する影響額がゼロで、純資産に対する影響もゼロという粉飾決算事件は、もちろん日本の歴史上存在しませんが、米国には一例だけあります。1996年10月に発覚したコンチネンタル・ヴェンディング事件がそれです。
問題とされたのは、コンチネンタル・ヴェンディング社の1962年の財務諸表で、この会社の前社長に対する債権350万ドルの担保に関する財務諸表の注記について粉飾決算が認定されました。コンチネンタル・ヴェンディング社の1962年の財務諸表が企業会計原則に準拠した適正なものである事は明らかであり、ここでは貸借対照表及び損益計算書という主たる財務諸表ではなく、利益には影響のない注記について粉飾が認定されたのです。この事件は、財務諸表の適正性について全米の会計・監査業界を大混乱に陥らせ、その後の歴史において、財務諸表の注記による開示は格段に進歩するところとなりました。
それでもコンチネンタル・ヴェンディング事件においては、財務諸表の重要な注記において虚偽記載があったのでしょうが、キャッツ事件の場合は、注記も検察官の主張以上に優れているのです。
検察官は、まさに水中に月影を掬するが如く、粉飾決算という虚構の中に共謀の月影を掬しているのです。だからこそ、検察官は、虚構の中の共謀を立証するために、40回から50回という常軌を逸した証人テストによって、虚構の公判維持に努めざるを得なかったのであり、そしてそれでも虚構の検察官のストーリーは、ことごとく被告人提出の証拠によって突き崩されてしまうのです。本件下級審は検察官の虚構の発見に失敗しています。原審判決は、企業会計原則に従った適正な財務諸表に対して粉飾決算を認定しているのであり、これを国家と民族の判例としてはなりません。
本件キャッツ粉飾決算事件に関しては、私を除くすべての共犯者の刑が確定していますが、私の上告審の判決が確定しない限り、関係者にとってこの事件は終わりません。私の無罪を信じて共にこの事件を闘ってきた家内は、控訴審判決後、倒れるようにして白血病で死にました。共犯者とされる村上幸栄の弟は、村上の逮捕後自殺をし、父は、村上の本件控訴審における証言の翌日に病死しました。既に事件関係者の3名が死にました。可及的すみやかな最高裁の判断を切にお願いいたします。