平成22年5月31日付で最高裁の上告棄却決定が出され、平成16年3月9日の逮捕以来6年2ヶ月の長い法廷闘争が終わりました。今回の最高裁決定に対する所感を申し上げ、私の事件に対する総括としたいと思います。
今回の最高裁の決定は、私の上告が刑事訴訟法に定める上告理由に当たらないというもので、いわゆる門前払いの上告棄却となっています。決定本文は次の通りとなっています。
“弁護人中村勉の上告趣意のうち、憲法違反をいう点は、原判決が所論指摘の証人の第1審後半における供述を有罪認定の証拠に供していないことはその判文上明らかであるから前提を欠くか、実質において単なる法令違反の主張であり、その余は、単なる法令違反、事実誤認の主張であり、被告人本人の上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。”
刑事訴訟法は、最高裁への上告を、憲法違反あるいは判例違反に限定しており、事実誤認の主張は、それを放置することが著しく社会正義に反するものだけが対象とされています。最高裁が、一審、控訴審で行われた事実認定を著しく社会正義に反するものと認める事はまずあり得ませんので、最高裁への上告の扉は、実質的に憲法違反と判例違反しかあり得ないのです。このような理屈は百も承知でしたので、私は、原判決の憲法違反を前面に打ち出して最高裁への上告を行いました。私の主張する憲法違反は、本件一審において執拗なまでに行われた証人テストです。
一審で検察官によるストーリーを証言したのは西内常務であり、その補強証言を行なったのは大友社長でした。ところが両人は控訴審において、これらの証言が事実とは異なるものであること、そして、一審証言は検察官との間で40回から50回ものリハーサル(証人テスト)を行い、そのリハーサル通りに供述したものであると逆転証言しました。この証人テストは、検察官尋問に対する証言内容を丸暗記するだけではなく、弁護人の反対尋問に対しても完璧な想定問答集が作成され、その模範解答も丸暗記するという徹底したものとのことでした。40回の証人テストを立証する大友社長の手帳は控訴審において証拠提出されています。
およそ公開の裁判においてこのようなことが許されるのであれば、法廷における証言は、証人ではなく検察官が証言しているのと同じことであり、これが被告人の無制限の反対尋問権を保証した憲法に違反する事は明らかです。また、ここで弁護人の反対尋問に答えているのも、証人ではなく検察官なのですから、憲法が保障する被告人の裁判を受ける権利は全く無視されています。したがって、このような裁判による原判決は、憲法違反で破棄されなくてはならないというのが私の主張でした。
ところが最高裁は、原判決(控訴審判決)は、一審での西内証言や大友証言など有罪の証拠にしていないのだから、証拠ではないものに対する憲法違反の主張は上告理由に当らないというのです。そうすると一体何が有罪の証拠になっているかというと、それは保釈段階で弁護人が行った西内並びに大友の供述調書の一部同意調書だけなのです。
本件では私の自白調書はありません。一審では、1千万円の現金が本件に対する私の動機とされましたが、控訴審で日銀券の統一番号が証拠提出されたため、現金と事件の関連は否定されました。検察官が主張する粉飾の共謀については、共謀の日に私のアリバイが立証されたり、共謀の相手のアリバイが立証され、また、共謀の事実そのものに反する書証が証拠提出されました。粉飾という犯罪事実そのものについても関西学院大学の鑑定意見書が提出され、粉飾とは言えないことが立証されています。結局、控訴審では、一審で認定された検察官ストーリーによる上記証拠の全てを排除し、西内並びに大友の供述調書の一部同意調書だけを証拠として私の有罪認定を行なったのです。
そこで「西内並びに大友の供述調書の一部同意調書」の内容が問題となるのですが、実は私は、控訴審判決を読むまで、一体弁護人が、西内並びに大友の供述調書のどの部分を一部同意してくれたのか、知りませんでした。
私は平成16年3月9日に逮捕されて以来、190日間を東京拘置所において勾留され、同年9月14日に保釈されました。その保釈直前の東京拘置所における接見において、弁護士が、
「裁判所が保釈を認めそうだが、その際、少しでもいいので関係者の供述調書の中で同意できる部分を同意してくれないかと言っている。」
と言うのです。私は、
「有罪認定に関係のない事実関係で、争いのない部分を同意するのはかまわない」
と答えたところ、
「それは当然のことで、どの部分を同意するかは弁護士に任せてくれるか。」
と言うので、
「もちろん全て先生にお任せします。」
と答えました。だから私はどの部分が同意されたのか、知らなかったのです。こんなものがその後問題になるとは、当時の私には想像さえできませんでした。
控訴審での判決文を読んで、私は自分の弁護人が一部同意した関係者供述調書の内容を知りました。私の弁護士による一部同意は次の通りです。
(1)3頁6行目
「同社を我が子のようにかわいいとまで表現していた。」
(2)3頁14行目
「顧問会にその方針が諮られたうえで、事実上決定されていた。」
(3)5頁17行目
「キャッツが60億円の価値のある物件を取得して、実際には本件200万株で支払を行なうが、経理処理は本件60億円を使って支払った形をとって処理しようとし」
(4)5頁20行目
「買収案件でこの形をとることができないかサンレックス側と折衝していた。」
(5)6頁1行目
「この日に西内が作成したメモ」
(6)6頁12行目
「本件60億円はキャッツが匿名組合に出資し、匿名組合が本件60億円を運用して本件200万株を購入したことにし、キャッツは中間貸借対照表に60億円の投資勘定を立てるという方法もあるという話題が出された。」
(7)7頁7行目
「本件60億円はキャッツが開發の匿名組合に出資し、匿名組合が本件60億円を運用して本件200万株を購入したことにしてほしいと依頼」
(8)8頁13行
「キャッツが本件パーソナルチェックを預けて、あたかもキャッツがGEIに60億円を預けてその運用を任せる形を仮装することが合意された。」
(9)10頁14行目
「大友は、ファーストマイルがまだ黒字経営にもなっておらず、たいした価値はないと思っており、大友自身が金を出して開發に安く売ってもらい、キャッツが60億円で買い取り、その代金を本件パーソナルチェックで支払ったことにすれば、本件預け金を処理できると考え、9月末か10月頃、開發にその話を持ちかけた。」
(10)11頁11行目
「大友は60億円で評価して欲しいという意向を持っていると伝えた上で、ファーストマイルの株価算定を依頼した。」
(11)11頁17行目
「しかし、宮下は、大友の意向を酌んで、ファーストマイルの時価総額を約60億4300万円と評価した算定書を作成した。」
(12)12頁9行目
「キャッツのファーストハウスに対する対価の支払は、本件預け金が充てられた形とされた。」
もちろん私の弁護人は有罪認定に関係のない事実関係だけを一部同意したつもりなのでしょうが、問題は上記一部同意調書中に含まれる、「とまで」「形をとって」、「この形をとる」、「したことにし」、「したことにしてほしい」、「形を仮装すること」、「支払ったことにすれば」などという表現にあります。もとより同意とはそれを事実認定の証拠とすることについて異議を申し立てないということなので、このような表現に同意するということは、本件虚偽記載そのものを私が認めたのと同じことになってしまうではありませんか。
本件における私の一貫した主張は、本件が粉飾決算ではないこと、だから共謀もありえないというものです。粉飾がないからこそ私はここまで激しく争ったのであり、本件が粉飾であれば、仮に共謀などしていなくても私はとっくに罪を認めていました。粉飾決算である以上、それに対して適正意見を出している公認会計士は責任を取るべきだと思うからです。その私が、粉飾を認めるかのごときこれら表現に同意することなどあり得ません。しかし、現在の裁判実務上、被告人が同意していない弁護人による同意は、被告人による同意とみなされるとのことです。
最高裁決定を受け私の有罪判決は確定しました。そしてその証拠は私の弁護人が行なった一部同意調書だけで、その一部同意調書に私は同意していません。結局私の有罪はあの保釈段階の弁護人一部同意によって確定していたことになります。ならば2年間に及んだ一審の大半、1年間の控訴審、3年間の上告審の全ては何ら意味のない儀式に過ぎなかったことになります。その意味のない6年間の裁判に私は全てを賭け、そしてその張本人たる弁護士に、私は5千万円もの弁護士報酬を払い続けてきたのです。最高裁判決を受け私には激しい脱力感だけが残されました。
今回の最高裁決定を受けて、私は、この裁判において長く蟠っていたいくつかの疑問が氷解しました。私は、本件は粉飾決算ではないのですからそのことをこそ法廷で最も強く主張したかったのですが、私の弁護人は常に、「会計論は関係ない。」として、共謀を中心とした弁論に終始しました。弁護士がそういうのですから、もちろん私は共謀のないことを主張していくのですが、私の最大の強みは会計にこそあるのですから、なぜ弁護士が会計論を前面に取り上げてくれないのか、私は常に不満がありました。今、その理由がわかりました。弁護人は私の意に反して虚偽記載を一部同意しているので、会計論など取り上げることができず、そしてそのことを私に告白することができなかったのでしょう。
控訴審では検察官立証のストーリーに基づく証拠のほぼ全てをつぶすことが出来ましたので、私は当然に逆転無罪を確信していました。この思いは弁護士にも共有されていると思ったのですが、ところが判決前に私の弁護人が言うには、
「判決がどうなるかは分からない。無罪判決が出るかどうかは、後は、裁判長のパーソナリティの問題だ。」
と言うのです。私にしてみれば、
「有罪証拠を全て反証できたのだから、有罪判決の書きようがないではないか。」
ということなのですが、あの時、実は私の知らない有罪証拠があったのです。私の同意していない弁護人による一部同意調書です。そしてそのことを私は知らず、弁護士だけは知っていたのです。控訴審の公判を終えて、弁護士は私が無実だとは確信したでしょうが、それと同時に、でも有罪判決が出るだろうと思っていたのでしょう。
控訴審は逆転証言の連続で、法廷は涙と驚愕の異様な雰囲気に包まれていました。傍聴に来ていたマスコミ各社も逆転無罪を予想したことと思います。それにもかかわらず検察官は全く動じるそぶりもなく、いつも平然としており、そのことも、当時の私には不思議なことでした。今、分かりました。弁護人の一部同意調書があるので、最後はそれだけで有罪にできることを検察官は知っていたのです。
通常日本の刑事裁判では、判決時に裁判長が何らかのコメントを行うのが慣習となっています。
「今回はあなたの主張を取り上げる事はできなかったが…」
などとねぎらいの言葉を被告人にかけたりするのですが、私の全ての裁判において、一切のコメントは行なわれませんでした。それどころか、高裁判決では、判決言い渡しの後、裁判官全員が走って法廷から逃げていったのです。びっくりしましたが、今その理由がわかりました。彼らは、
・私を有罪にする証拠が何もないこと、
・しかし、弁護人による一部同意調書を証拠とすれば、現行司法実務上、私を有罪にすることができること、
・こんなことをすれば、裁判所と検察官の秩序は維持できるものの、それは人として恥ずべきことであること
が分かっていたのでしょう。
日本国憲法の規定により自白だけでは有罪とする事はできません。ところが現行司法実務上、関係者が行った自白だけで有罪とする事は出来るのです。そうすると、本人は自白していなくとも、関係者が「あの人がやった。」と自白すれば、本人は自白していなくとも有罪になってしまいます。この事は関係者の自白調書として司法界でも長く問題とされており、関係者の自白調書だけでは有罪とすべきではないとする有力な反対説が存在します。ところが私の判決は、関係者の自白調書どころか、弁護人による関係者の自白調書への一部同意なのです。
被告人本人の自白調書や関係者の自白調書であれば、その任意性を法廷で争うこともできますが、弁護人による一部同意調書では被告人は争いようがありません。しかも弁護人による一部同意は法廷外で行われるのであり、それは公開の裁判では表に出てこないのです。私の場合は特にひどくて、法廷に非公開どころか私自身さえ同意内容を知りませんでした。私は日本国憲法に保証された公開の裁判を受ける権利を否定され、弁護人一部同意という秘密の欠席裁判で有罪判決を受けたことになります。これは日本の司法界だけに通用する奇術であり、私には制度的詐欺としか思えません。
最高裁の決定を何度も読み返しましたが、私にはこれが有罪判決とはどうしても読めませんでした。私を有罪とする証拠が一切認定されていないからです。弁護人の一部同意が唯一の有罪証拠とされていますが、それを同意したのは弁護士であって、私ではありません。最高裁判決は私を有罪とすべき証拠が一切存在しないことを認め、しかし、諸般の事情により最高裁逆転無罪などできるはずもないので、3年かけて何とか理屈合わせによる上告棄却決定を書いた。今回の最高裁決定は、私にはそのように読めました。
それではこの歴史に恥ずべき最高裁決定と、確定した原審判決文(控訴審判決)をお読みください。