大阪外国語大学(平成9年度)卒業論文

 

「中国帰国生徒の現状と日本語教育」

 

国際文化学科 日本語専攻4年 劉穎

 

目次:

・卒論要旨

・本文

 序文

 第1章 帰国・入学までの経緯と問題点

  第1節 帰国生徒の帰国の動機について

  第2節 センターの経験の有無による適応度の差

  第3節 公立学校への編入と受験の問題

 第2章 学校教育の実態とあり方について

  第1節 帰国生徒のための適応教育

  第2節 教師の問題と対応の仕方

  第3節 国際理解教育の重要性

 第3章 中国帰国生徒のための日本語教育

  第1節 児童の言語習得について

  第2節 帰国生徒のニーズに応じた日本語教育

  第3節 帰国生徒の日本語能力と勉学上の問題

  第4節 帰国生徒のための教授法と教材

 第4章 帰国生徒のアイデンティティ(帰属意識)

・結論

 

・参考文献

・実際調査と参考資料

T:「中国帰国生徒に対する意識調査」

U:国際理解のHR学習会(プリント及び生徒の感想)

U:帰国生徒の日本語能力と勉学上の問題に関する調査

W:帰国生徒のコミュニケーション行動能力に関する調査

X:高校の日本語教育に関する調査

Y:帰国生徒のための教材一覧表

 

卒論要旨:

現在日本の学校で海外帰国生徒が多く在籍する中で、本稿では中国帰国生徒の教育問題に注目し、彼らが学校でどういうふうに日本語を学んでいるか、またどういう状況に置かれているかについて、以下の4章で論じている。

 

1章は、帰国・入学までの経緯と問題点に関して述べたものである。政府として帰国後のサポートはもちろんのこと、帰国前の情報提供も必要で、待遇上も国費・私費帰国によって不公平が生じ、中には日本語教育を受けられない人もいるので、行政の対応の仕方には問題がある。そして、学校への編入問題についても、もっと柔軟な受入れ体制が必要である。

 

2章は、学校教育の実態とあり方に対して述べたものである。ここでは、まず意識調査の結果に基づいて、帰国生徒が学校生活でどういう悩みを持っているか、適切な対応を受けているかどうかなど、日本の学校教育の問題を考えながら、教師自身の問題や対応の仕方について論じている。そして、学校は彼らをどう受入れ、日本人生徒にも異文化をどう触れさせ、共存・共生を図っていくかについて、学校での実例を取り上げ、国際理解教育の重要性を強調した。

 

3章は、帰国生徒のための日本語教育に関して述べたものである。この章で、まず先行研究を見ながら児童の言語習得の特徴と注意すべき点を考え、帰国生徒にとって「第2言語教育」である日本語教育のあり方について論じた。帰国生徒の日本語教育と勉学上の問題を見ながら、日・中言語の対照研究の遅れを認識すること、コミュニケーション行動学習の大切さと媒介語の使用の必要性を提唱した。そして教授法と教材開発に関して、学校での例を参考にし、問題点などについて考えた。

 

4章は、帰国生徒のアイデンティティに対して述べたものである。ここでは、まず帰属意識と母語との関連性を考え、アイデンティティを保つためには母語保持教育の重要性 を強調した。また二つの学校の母語教育を参考にしながら、その特色と問題点について考えた。そしてアンケートによる帰国生徒の帰属意識を紹介し、その背景にどういう社会問題が存在するかについて論じた。

 

以上で述べてきたことの改善策と課題について、まず帰国生徒教育に「問題意識」を

持つことや、早急に専門的な日本語教師を現場に派遣すること、母語保持のために中国人講師を受け入れること、そしてネットワークを強めていくこと、学校教育の見直しなどを取り上げ、結論としてまとめ、国際社会の実現に向けての展望へと結び付けている。

 

「中国帰国生徒の現状と日本語教育」

序文:

 

厚生省の統計調査によると、1972年の日中国交正常化から現在まで、日本に帰国した中国帰国者は約5千世帯、その後の彼らの呼び寄せ家族(二・三世)を含めて、6万人と推測される。また文部省の調査では、現在日本の公立学校で日本語教育を必要とする海外帰国生徒は1万1500人以上在籍しており、うち中国帰国生徒は三割強を占めている。本稿では帰国生徒に対して行った意識調査の結果や教育現場の先生方、日本人生徒などの声に基づいて、いろいろな先行研究と照らし合わせながら、現在日本の学校で学んでいる中国帰国生徒(以下帰国生徒と呼ぶ)がどんな日本語教育を必要としているか、彼らの置かれている現状と問題について論じたい。

 

1章 帰国・入学までの経緯と問題点

 

1節 帰国生徒の帰国の動機について

 

今回のアンケート調査で(資料T参照)帰国生徒に「日本に来る前はどんな期待や不安がありましたか」と聞いたところ、期待する事は「自分の世界が広がる。いろいろな勉強ができる」と答えた人もいれば、「日本の漫画が好きだったから。とにかく楽しみだったと言った漠然とした答えもあり、他に「親と来ただけで、本当は来ても来なくてもよかった」という消極的なものもあった。また、不安について一番多かったのは「日本語ができないから生活に慣れるかどうか/日本はどういう国なのか」である。その他「日本は地震が多いから怖い」といった自然災害に対するものだった。

 帰国生徒の一人Sさんにインタビューする事ができ、彼女はこのように言っている。

「日本に来たのは全く両親の意志で、本当は自分は来たくなかった。その時念願の重点中学に入れたばかりで、親友たちと別れることも辛かった。何よりもどうして日本に行くのか、それまで家族で話し合ったこともなかったし、理解できなかった。日本という国に対して良い印象を持っていなかったのに、たまたま親が戦争孤児で、自分は日本人の血が流れているという意職は全くなかった。両親に日本へ行きたくないと訴えたが、家族一緒に行くのだから一人残ってどうするの!といった答えしか返って来ない。仕方なく一家と帰国したが、気持ちはずっと沈んでいた」。

 以上からわかることは、帰国生徒は留学生や就労者と違って、はっきりした目的と意志を持って日本に来たのではなく、多くの場合は両親が判断した帰国に従う形で来たに過ぎない。彼らにとって帰国は友人や先生、親戚との悲しい別れであり、慣れ親しんだ故郷を離れ、それまでの生活で築いたものを全て捨てなければならない。江畑敬介(1987)は「かれらを帰国者とはいっても、精神医学的には、異種文化圏への移住者、すなわち移民の一亜型と考えてもよいであろう」と言っている。それだけに帰国生徒の異文化、異言語の新しい環境に対する不安や反発は大人よりも大きい。例え見知らぬ国への憧れや期待があっても、来日して直面する現実を精神的に受容できるまでの時間が長く、カルチャーショックに耐えるための能力が必要であり、心身の発達時期において、これは負担が大きいと言えるでしょう。

 これから行政は帰国者の受入れに協力するだけではなく、帰国後のサポートも大切だが、帰国する前に彼らにもっと日本の社会・学校・就職・生活などについての情報を提供すべきだと思う。そうすれば例え自分の意志で帰国していなくても、一応の心の準備と覚悟ができるだろう。カルチャーショックを少しでも和らげるのではないかと思う。

 

2節 センターの経験の有無による適応度の差

 

日本全国の主な都市で15カ所の「中国帰国者定着促進センター」がある。帰国生徒は家族と共に帰国してからセンターで4カ月に渡って指導が受けられる。しかし私費で帰国した場合はセンターのような教育機関に入ることが出来ないので、町の日本語学校に入り、何カ月か勉強するが、帰国期間によって適応教育を全然受けられずに直接公立学校に編入させられる場合も少なくない。アンケート調査で34人のうち3割がセンター経験者で、日本語学校に通った人は7人、その他(半分以上)が公立学校に入る前に何の適応教育も受けられなかった人たちである。

 池上摩希子(1995)は「センターでの四ケ月間を模擬の学校生活とみなし、様々な学級活動や学校行事のシミュレーションを行うことで、日本の学校文化への心構えを作ることはできる」と述べている。そこは帰国者のための活動とプログラムが実に豊富多彩であり、彼らはさまざまな年中行事を体験し、日本の風俗習慣について理解を深めることができる。帰国生徒にセンターの思い出を聞いたところ、ほとんどの人が「いろいろな行事に参加して楽しかった/先生方は熱心でやさしい/たくさん友達できた」など、プラスの答えが返って来た。また同じ質問を日本語学校に通った人に聞いてみたら「教室の中は大人ばかり、先生の話が難しい/教科書の中国語訳は繁体字なので読みづらい/三.四時間もかけて教室に通うのが大変だった」と言う。

 いくつかの事例から見て、センター経験者は他の人に比べて適応教育を多く受けているし、日本語学校に比べても学びやすい環境に恵まれていて、プログラムも充実し、教材と教授法もかれらのニーズに適していると考えられる。現在帰国生徒の適応教育の必要性が見直されているが、子どもは言葉をすぐに覚えられるという考えから、帰国して公立学校に即編入させられるケースも少なくない。また私費・国費帰国の違いによって、センターに入れなかったり、酷い場合は何の教育も受けられず社会や学校に放り込まれることもあるので、その後の不適応兆候に直接つながる恐れが出てしまう。もっと帰国者の意思と希望を尊重し、かれらに最も良いアドバイスをしたり、制度を改善して学ぶ機会と環境を提供するのが行政の責務である。

 

3節 公立学佼への編入と受験の問題

 

帰国生徒が日本の小・中学校へ編入する際に生じる問題は、日本人生徒より学齢が超過の傾向があり、その年齢差は1.4から3.3才だと言われている。その原因として隅井由佳(1993)は「第一、日中の学校システムの違いに起因しているもの。中国では実際上、小学校入学年齢が日本のように同一にはなっていない。成績優秀者には飛び級制度、反対に落第制度があること。第二は来日準備のため学校を退学したことに起因するもの」と説明している。

中国の義務教育制度はまだ整っていないため、地方によって学校に行けない子どもと

重点校(進学コース)を目指す子どもとの学力の差と年齢差が甚だ大きいので、こういう現象に受入れ側は対応に戸惑っている場合が多い。また、以上の問題を抱えている帰国生徒が編入学する時に不可とされるケースがある。年齢差が6学年を超えた者、或いは中国で既に卒業している者などである。日本の学校側に拒否された彼らには定時制高校か専門学校、就職の道しか残されていないので、日本でもっと高い教育を受けたいという思いをあきらめなければならない。学歴社会である日本で生きていくには彼らにとって実に不利な現状である。行政はより柔軟な姿勢をもって、これらの問題に対処し、帰国生徒が義務教育を受ける権利を保障すべきである。

帰国生徒が高等学校・大学を受験する場合、現在特別入試・特別枠が設けられている。

高校入試は中日・日中辞書の持ち込みや時間の延長、別室受験、漢字に振り仮名表記が認められ、国公立大学では1988年度から「中国引揚者等子女」のための特別選抜入試が実施され、現在20以上の大学( 約40学部)がこの制度を取り入れている。応募資格は次の通りである。「日本国籍を有する者及び日本の永住許可を得ている者、その他、保護者が引揚者であり、終戦前から引き続き外国に居住していた者、終戦後はじめて永住の目的をもって帰国し、日本国へ引揚げ後、原則として9年以下である者」。選抜方法として、小論文、基礎学力テストおよび面接が行われるところが多い。

アンケート調査で進路に対する質問に「進学したい」と答えた人は3割強で、ほとんどの帰国生徒が夢を持ち、どういう学校で勉強し、将来はどういう仕事をしたいかについても目標をしっかりと持っている人が多いことが伺える。これからの教育機関は学習意欲の高い彼らにもっと道を広げてほしい。「特別枠」とは決して「特別扱い」ではない。今まで違う文化と教育を経験してきた彼らにとって当然必要なものであり、実施されるまでの長い過程で多くの団体や先生方の熱心な呼びかけと戦いによって獲得されたものであることも忘れてはならない。

 

2章 学校教育の実態とあり方について

 

1節 帰国生徒のための適応教育

 

帰国生徒は日本の学校に入ってすぐ「学校という社会」に直面しなければならない。毎日の大部分を学校で過ごすが、彼らにとって学校自体が初めて軽験する異文化であり、戸惑いや誤解、トラブルが生じやすく、常にギャップを感じている。

アンケート調査で「中国と日本の学校の違いはどこですか?」と聞いたところ、日本の校に対する見方として「宿題が少ない/先生は厳しくない/一日の授業時間が少ない/答案用紙の返し方は個人のプライバシーを守るからいい/校則が厳しくて自由がない/皆一色化されているので抑えられる感じがする/授 業中うるさい過ぎる/昼食は皆学校で食べなければならない/靴の履き替えが面倒/いじめ/大学生がバイトばかりしている」など賛否が分かれているが、全体から見て両国の学校文化の違いが目立ち、教育制度から生活習慣まで幅が広い。

 さらにインタビューをしてみるとその実態が浮かび上がった。「日本食にまだ慣れてないのに給食を短時間で最後まで食べなくてはならない/寒冬でもコートやマフラーの使用が認められず、スカートの丈や靴下の色まで決められている/クラスの一人が忘れ物するとみんな正座させられて、持ち物が調べられたり、体罰や連帯責任を科せられた/水泳などの厳しい指導にいつも緊張しながら耐えている」。

 また日本社会の「縦社会」による人間関係がそのまま学校社会に反映され、生徒同志の先輩後輩関係に従わなければ、いじめられたり仲間外れにされたりして、いろいろな面で心を痛めている。帰国生徒を救う立場である先生方が気付かない内に彼らの人権を無視して、その脆弱性を更に壊していくようなことが実際教育現場で行われているとすれば、それは非常に問題であり、帰国生徒にとってはショックが大きい。時間がたつに連れて、これらの事を仕方なく受け入れてはいるが気持ちの上で反発している人がたくさんいる。例えそれが問題として表に現れなかったとしても、「問題がない」とは別なのである。

 また帰国生徒は新しい環境への適応のために父母から得られる援助も限りがある。父母も日本という社会をまだ理解していない場合が多く、つい「帰ってきて良かった。早く日本の学校に慣れなさい、優秀な成績で卒業しなくては」などのことを言ってしまう。結局先生からも親からも理解されず、一人孤独に大きなギャップと圧力を感じながら毎日学校で過ごさなければならない。彼らに強いられた犠牲とストレスは大人たちの想像以上のものであるに違いない。

 東海学芸大学論集(1990)「帰国子女の抱えるさまざまな問題は、実は現代の日本の教育そのものが持っている本質的な問題を反映しているということをわれわれは明確に認識すべきであろう。彼らが現在直面している不適応問題は、日本の児童生徒を取り巻いている教育それ自体の問題として把握すべきであり、換言すれば教師や親たちが何をもって不適応としているかが改めて厳しく問い直されなければならないといえよう。さらに教育臨床的アプローチの視点から見て、帰国子女の示す不安定な兆候は自然な行動形態であって、時間の経過とともに白然に消滅していくものである。このような一時的な不安定経験はより逞しく生き抜いていく上で極めて重要であるが、時間が経過しても消滅せず次第に強まっていく、児童生徒の成長発達を歪めたり阻害したり、潜在化していたさまざまな弱点や欠陥が顕在化し、ひどく苦しむようになってしまう危険がある」。

これらのことを防ぐために早期発見が重要である。不適応が外面的な問題を通して判断されがちなため、彼らの心の世界に起こっている問題に気がつかず、事態が探刻化して初めて目を向けざるを得ないという後追いの指導に陥ってしまいやすい。手遅れのないように普段から子どものあらゆる言動をよく観察し、彼らが何に悩み、どんなことで苦しんでいるかを断えず思いやるように心がけること、また彼らの立場に立って物事を考えること、一人一人の尊厳性を大切にしながら一刻も早く彼らが抱えている問題が解決されるように最も適切な働きかけの方法を見出そうとする姿勢と努力が大切である。帰国生徒の不適応を発見し診断するためには、彼らと心の通じ合える人間関係を先ず作り上げ、安心して自由に自分たちのことを話せるように仕向けていくことも重要である。

適応指導の過程で児童国生徒の親や家族の協力は絶対必要である。教師の指導が親と緊密に連携を保ち、情報交換やコミュニケーションをスムーズにしていくために、中国語のできる通訳も不可欠である。家族の現状を先ず把握し、共に問題解決を進めていくように働きかけること、家族が教師に従って不適応を直すのではなく、両者共に不適応について考え、彼らが自分でその解決を計っていくように仕向けていく、どう手助けをしたらよいかを一緒に工夫していくことが大切である。

 

2節 教師の問題と対応の仕方

 

現在帰国生徒の在籍状況を見てみると、「帰国子女受入校」だけではなく、居住地域の一般校に編入学している場合がむしろ多い。そこで受入れ体制が学校全体として組織的に機能するまでには至らず、対応は学級担任へ任せられ、試行錯誤にあるところが多い。帰国生徒数育のための研修はもちろん必要であり、その前に教師自身の問題にも注目した。帰国生徒のインタビューでこのような事例が挙げられた。

 Sさん:中学校の時、ある社会科兼日本語指導の先生に「台湾と中国は違う国だ」と

言われ、大変ショックだった。この先生は中国のこと全然分かっていないという印象が残っていて、授業を受けることがとても苦痛であった。

 Lさん:私は特別入試で大阪のある大学のC語科に入学したが、ある先生がクラス皆の前で「帰国子女の中で髪の毛を染めたり、勉強をしていない人もいるので特別枠という形で戦争責任を取ることに反対だ」と発言した。その先生の言葉はLさんだけではなく、多くの帰国生徒の心を傷つけた。自分は将来の夢を持ち、大学で高い知識を学びたいと講義が難しくてもー生懸命勉強しているのに、このようなことを言われ大変悲しくて、抗議したくても自己弁護に聞こえたら嫌なのでくやしかった。(実際この大学のC語科は特別入試が設けられた翌年の面接試験でまた帰国生徒に対してさまざまな彼らの自尊心を傷つけるような問題質問を行い、一人も受け入れなかった。この事に対して高校の先生方や帰国生徒が同大学に抗議文を提出し、その後の働きかけと努力によって再び帰国生徒を受け入れ始めたが、定員がずっと少なくなり、枠も厳しくなっているのも事実である)。

筆者は調査の中でこのような事例にも出会っている。ある学習会で、ある先生が一人の帰国生徒を連れて初めて参加した。その生徒は帰国してまだ三カ月で日本語はほとんど分からない様子だった。中国語で話してみると、彼は今まで中国の農村で生活しており、学校で勉強する機会があまりなかったと言う。彼を連れてきた先生はその生徒の前で他の先生とこのような会話をしている。「指導してすぐ伸びる子がいいわね!彼のような学習の基礎も出来ていない生徒に教えるのは本当に疲れる」。このような内容の話がその生徒が言葉的には分からないという前提で行われていると先生方は思っているだろうが、そばにいる彼の目は限りなく悲しく見えた。

 以上は本当に一部の例でしかないが、分かることは帰国生徒の指導に熱心な先生方もたくさんおられるが、中には不勉強で無神軽で彼らを厄介者としてしか扱っていない教師もおられることも事実である。帰国生徒を指導していくためには、彼らの考え方をよく理解し、中国の歴史・文化・政治についての最低限の知識を持つべきで、まして彼らにとって最も敏感な部分(領土問題や戦争責任、外国人差別、民族意識など)を否定したり、刺激するようなことを言動にすべきではない。また帰国生徒は言葉が不十分であるが、周りの人間の言動を非常に気にするので、日本人のちょっとした発言が彼らの繊細な心を痛めたり、誤解を与えたりすることがよくある。これが教師であるとショックがもっと大きく、先生に対する信頼を失うだけではなく、その後の指導が難行するのは言うまでもない。

 帰国生徒は来日して、日本語能力の不足や教材内容の難しさ、学校生活の不慣れを感じているまま時を過ごしている人が多い。時間の経過によって適応していける者もいれば、帰国後の適応に苦慮し、その後の成長過程において、性格や人生までも歪められたケースも(非行・家庭内暴力・薬物使用・自殺・精神病など)少なくない。これらの事を如何に防げるか、彼らをどう守っていけるか、家庭に期待する以外、教師の役割が大きいと思う。彼らへの関わり方、接し方、指導上の気配り、配慮の仕方によって不適応が一日も早く解消できるではないだろうか。

 帰国生徒の適応問題に教師はどう関わっていいか、その対応の仕方と配慮すべき点について東海学芸大学の論集(1990)は「受入れ学校はもとより担任の先生は帰国生徒をはじめ、その保護者の心配事や海外での学校生活・家庭環境・生活状態などの様子を詳しく聞き取ることが必要である。また、担任教師として、これらのことを含め、帰国生徒と一般児童生徒の行動に関しては、結果的に同じである場合でも画一的解釈をせず、特に帰国生徒の行動の原因を探る必要がある。こうした観点から、担任教師が配慮すべき、帰国生徒の行動に関する留意点、不適応サインは以下の通りである」と指摘している。

 「身体面」:保健室の利用、体育の見学、けが、顔色、あくび、給食、朝起きられない、原因なしの睡眠不足,疲労感、食欲がない、風邪をひきやすい、発熱しやすい、身体の不調(腹痛、頭痛、目まい、吐き気、下痢など)神経性習癖(爪かみ、指しゃぶり、チック、身体ゆすり、咳ばらいなど)神経性の下痢や便秘、アトピー皮膚炎、喘息、肥満、極端な痩せ、身体硬直など。

 「行動面」:欠席、遅刻、早退、授業の欠課、課外活動への参加、学校/学級の行事への参加、学校へ来たがらない、来ようと思うが来られない、学習意欲(競争意識の無さ、全般的な学業不振、特定の科目の不振、成績の低下、学業成績が能力に比べて低い、宿題の提出状況など)学校生活(消極的、ほとんど手を挙げない、グループ作業ができない、注意散漫、忘れ物、服装、いろいろな場面での戸惑いの多さ、責任感のない行動、落ち着きの無さなど)

「対人関係」:孤立、孤独感、友達ができない、クラスの子に働きかけられても応じない、学級に溶け込めない、休み時間や放課後に級友と遊ばない、級友に対して攻撃的な態度をとる、対立/けんかすることが多い、口答え、他の生徒の注目を集めようとする言動、共通の話題の無さ、友達の気持ちをうまく汲み取ることができない、友人への依存、いじめの対象、仲間はずれになりやすい、仲間からのからかい/嫌味/悪口/特別扱い、協調性に欠けるなど。

「対教師」:指示を無視、警戒的な態度、目立たないように行動する、教師を避ける、弁解が多い、批判的な発言、先生との接触/対応がぎこちない(緊張、不信、恐れ、戸惑いを持っているなど)教師に対する訴えが多い、十分な日本語力があるのに先生への話し方が友人と区別ができない、教師になれなれしいなど。

「一般」:自分の言いたいことを伝えられない、引っ込み思案、他人のことを気にし過ぎる、自分の殻に閉じこもりがち、あまり話したがらない、わがまますぎるなど。

これらの不適応サインは、教師が対応するに当たって、案外目につかない要因もあり、

断えず細かい配慮をしていく必要があり、どんな些細なことでも見逃がさず、気になるようなことがあれば、常に保護者と情報交換をして、協力しあって指導をしていくべきである。また帰国生徒が生活している学級を単なる個人の集合体として捉えるのではなく、一つの大きいなシステムとして考える必要がある。個人を直接取り巻く環境としての学級がその成員間にさまざまな働き合いを持つシステムであり、不適応を示す人がいる場合はそのシステム内の相応作用が不適切であるから、本人だけにいろいろ働きかけて変えようとするのではなく、学級(学校)全体のシステムを改革していくことに目を向けなければならない。

 

3節 国際理解教育の重要性

 

これまで帰国生徒の現状を見てきたが、学校のすべきことはまず受入れ体制を整えることである。また彼らを受け入れることによって、一般児童・生徒に異文化を触れさせ、自分たちが何をすべきか、何が出来るかを自覚させる素晴らしい機会を作ることが可能である。彼らは日本の学校でハンディキャップを持った存在として捕らえるのではなく、日本人生徒にない特質を持った貴重な存在として認識する必要がある。学校にも父母にも学習進度を最優先し、それを妨害する要因はいかなるものも排除しようという意識が働きがちであるが、このような彼らを厄介者とする気持ちが少しでもあれば、受け入れ体制を作っていくことは難しいだろう。指導に当たって、帰国生徒に学ばせるという姿勢だけではなく、教師も一般生徒も彼らから学ぶという姿勢が必要で、相互に相手の文化を知る努力が必要である。

堺市立晴美台中学校の「紀要研究」(1995)は「帰国生徒が円滑な学校生活を送るには周りの生徒の違いを認める意識を高めることが重要である。それは、帰国生徒を含むすべの生徒が異文化を理解することから始まる。そして、異文化理解を通して自国の文化も再認識し、相互の共通点や相違点の中から、人間としての共通性や多様性に気づき、違いを認め合うことが共存・共生していくことにつながる。本校では帰国生徒を受け入れることで、異文化に触れる直接体験の機会に恵まれた。この機会を活用して、できる限り多くの場で受け入れた帰国生徒を生かした取り組みを行い、異文化の理解を深め、人権意識を高め、互いに学び合えるような学校環境作りを行う事が大切である」と述べている。

 国際理解教育の必要性が注目されるようになった今、実際教育現場でこの分野をどのように取り組んでいるかを具体的な例を上げながら見ていきたいと思う。

1996年度、大阪府立上神谷高校で「中国帰国生徒とともに」というテーマで国際理解のHR学習会が実施された(資料U参照)。事前準備として、山崎豊子の「大地の子」(NHKTVドラマ第1回)のビデオテープを編集、帰国生徒の意見と要望を取り入れる、学習会用プリントの作成、教師のための研修などが行われた。HRの当日は、まず学年生徒全員にビデオ上映をして戦争に関する歴史の知識を持ってもらい、学習会の目的を説明する。それから各クラスに戻り、担任の先生がもう一度プリントを使いながら「中国帰国生徒は何故中国で生まれ、日本に帰ってきたか」など歴史について重点をおさえ、国際理解へと導入する。また帰国生徒の作文を紹介し、彼らの気持ちをわからせる。日本人生徒に「言葉のわからない国に行った時、そこでどんな気持ちになるのか/中国で日本人と呼ばれ、日本で中国人と呼ばれることの孤独はどんなものであるか/あなたなら彼らにどう声をかけるか」などの質問をぶつけ、同じ立場に立って物事を考えさせる。その気持ちを感想文にして提出し、教師はそれを学習会の反省や今後の参考にする。

 この国際理解の学習会を通して日本人生徒がどういう事を学び、また帰国生徒に対する見方がどう変わっているかについて彼らは感想文の中でこのように語っている(同原文)「僕は差別が大キライだ。中国人だろうと日本人だろうと別に問題はないと思う。この世の中の人はみんな兄弟だ。言葉でははっきりいえないけど、胸にじん−ときた一時間だった/ビデオM君の作文.T先生の話を聞いたり、思い出したら涙が出るくらい気持ちが伝わってきました/私は戦争というものが全然わからないけど、今日ビデオ.先生の話を聞いて戦争のことや帰国生徒のことが少しわかったきがする/もっと帰国生と話したり、遊んだりする時間を作ったらもっと彼らは学校にもなじめると思うし、そうじゃないと3年間彼らと話ができない人も出てくると思う/戦争で辛い目にあっていない私たち也これ以上彼らに嫌な思いをさせてはいけない/私も最初自分と話し方が違う人を見た時びっくりしました。同じ人間だから仲良くできると思う。一生厳命自分も中に入ろうとしたら絶対大丈夫だ!」。

 またこの学習会に参加した帰国生徒は「T先生の話を聞いて感動して、日本でも分かってくれる人がいると思って嬉しかった。私は日本人にはものすごく仲良くして欲しいと思わない。ただ普通に接してくれたら何よりも嬉しくて感謝します/この九年間いろんな苦い思いをした自分を思い出してよく頑張ったと思うと、もう殻の中に取り残されないように頑張ろうと思った」と感想を述べている。

 筆者も実際この国際理解の学習会に参加している。全体を通して感じたことは、先生方の綿密な準備と熱意によって生徒たちは普段の授業ではなかなか学べない知識(歴史の真実)を知ることができ、自分たちと違う国に生まれた人の立場に立って物事を考える貴重な体験ができたことに意味と成果があったと思う。今後もさらにこの学習を継続していき、日本人生徒と帰国生徒が交流できる場を作り、いろいろな活動を通して相互理解を深めていく必要があり、一学年だけではなく学校全体が取り込んでいけば、もっと効果が期待できると思う。

 堺市立晴美台中学校は国際理解教育を展開するため、次のような活動を行っている。

 中国帰国者問題としては平成6年度に満蒙開拓青少年義勇軍を描いた「蒼い記憶」の映画鑑賞を行い、平和についての考えを深めた。7年度体育大会のマスゲームとしての太極拳から人種学習。日本語学級でのジャスミン茶の試飲会。文化祭での日本語学級の発表。(中国の絵本・日本語学級の活動紹介のスライド上映、写真展示、中国大連・東北地方・四川省チベットのビデオ上映、帰国生徒のスピーチなど)帰国生徒の保護者を講師とした餃子作りの調理実習へと発展させた。他にも歴史理解・文化理解・日本語学級の紹介の3つの内容を盛り込んだ「にこちゃん通信」を発行。演劇部は「まぼろしの楽土」(満州侵略と中国残留者を描いたもの)を創作・熱演し、見る者に深い感動を与えた。(当学校紀要より)。

 

3章 中国帰国生徒のための日本語教育

 

1節 児童の言語習得について

 

言語の成長と精神の成長は関係がある。思春期前期から言語環境が変わるのは思考に用いる言語の成立という点から見れば最も危険である。心身共に成長する時期にあたり、語彙も驚くほど増えるときである。この時期に母語の環境から切り離されると母語は子供の状態から進歩せず、新しい言語の習得は追いつかない状況に置かれ、結果として言葉が不十分になるばかりではなく、理解力や思考力が遅れてしまう危険性がある。

 先行研究によると、子供は2歳から12歳くらいまで脳が言語習得に対して敏感で、自然習得が可能である。レネバーグは、この時期を言語習得の「臨界期」という。文法力を含む言語力の基礎がほぼ完成し、抽象概念の理解や理論的思考ができるようになるには、普通12歳くらいで、その年齢までに習得された言語は第一言語(母語)となる。この年齢までに少なくとも一つの言語が母語として習得されないと、以後に完全な言語力を身につけることが不可能である。臨界期の早い時期に言語環境が変化した児童の母語は、その社会で生活して自然に変化してしまうこともあるが、この時期までに知的発達の基礎となる母語の体系化が形成しなければ、どの言語も抽象的思考や複雑な表現ができないことがあり、知的活動に悪影響を及ぼす可能性がある。

 また、アンダーソンは言語習得の方法を「条件的習得」(ある一定の条件に置かれたら否応なしに言語を身につけること)と「概念的習得」(言語を概念的にとらえ理屈で習得しようとすること)に分け、習得方法と年齢との関係について「条件的習得」の能力は年齢を重ねるにつれて次第に下がるが「概念的習得」の能力は年齢と共に上昇する。そして10歳前後は2つの能力が入れ替わっていく時期であるとした。これらのことから、母語が確立する12歳くらい前に言語環境が変わった場合、母語としての言語指導が必要であり、9歳から後は言語を概念的にとらえるような指導をしていく必要がある。

 帰国生徒が少しずつ日本社会に慣れ、周りに人々とある程度コミュニケーションが取れるようになると、日本語もどんどん進歩していく。それを見て大人たちは「やっぱり子供は覚えるのが早い、こんな流暢に喋れるならもう問題ないでしょう」と安心する。しかし日常会話に困らなくても、学習面で伸び悩んでいる生徒が多く、簡単な文章でも読み書きが出来なかったり、抽象的な話になると理解が不完全になったり、授業についていけず、                                                                                        著しく成績不振といった現象が表れてくる。

 先行研究力ミンズはこれをBICA(基本的対人伝達能力)とCALP(認知・学習言語能力)の問題だといっている。日常会話などの具体的な言語活動において不可欠な言語能力BICAを、授業などで展開される抽象的な思考活動において不可欠な言語能力CALPと区別して考える必要があり、BICAはかなり速く発達し、1年から1年半で習得できるのに対してCALPはより緩やかで、授業に困らないようになるには2、3年以上かかると指摘している。教授者は表面的なものに惑わされると学習に必要な言語能力が不足した学習者を生み出してしまうので、この2つの能力が互いに補い合える関係を作っていけるように指導をしていく必要がある。

 

2節 帰国生徒のニーズに応じた日本語教育

 

帰国生徒の問題を考える時、どうしても避けては通れないのはやはり日本語の問題であろう。しかし「日本語の能力に関する問題を考えるときは、彼らのどういった状態をもって日本語ができないとするのかが重要である。このとき、コミュニケーションの道具としての日本語力の不足は最も基本的な問題であるが、これが問題のすべてではなく、問題の出発点である」と池上摩希子(1990)は指摘している。

 また山田泉(1991)も「帰国者に対する日本語教育は日本社会適応教育の一つとして位置づけるべきである。実際の生活にすぐに役に立つコミュニケーション行動について、文化の相違に配慮をしながら日本語の言語構造だけではなく、言語運用能力、非言語コミュニケーション能力、背景情報知識なども学習項目として、学習者が楽しく学べ、学習効果が確認できる方法で指導する必要があり、これらのことを勘案したコースの設計運営が求められている」と強調している。このように、帰国生徒の日本語教育と言っても、その分野は         実に広い。

 晴美台中学校紀要(1995)によると、帰国生徒が言語を習得したり、異文化に遵応していく過程は以下の四つの段階に分けられるという。

@旅行者期(異文化のすべてが珍しく感じ受け入れる時期)

A拒絶期(異文化から阻害されているように感じ自らも拒絶する時期)

B混沌期(拒絶状態から脱出するが異文化との間で自分の位置づけができない時期)

C安定期(自分の文化からも異文化からも等距離に自分を位置づけ精神的安定する時期)

 帰国当初、彼らは日本語習得に対して非常に意欲的で、見るもの聞くもの全てに興味を持ち、友達が欲しい、授業に参加したいという思いが強く、日本語ができればできるほど自分の世界が広がる喜びを実感している。しかし旅行期の適応期間が短く終わってしまい、この時期の対応が遅れると、次の拒絶期から脱出することはなかなか難しく、日本語学習が嫌になる傾向が出てきたり、不適応兆候が表れたり、消極的になることがよくある。また彼らは日本語をコミュニケーションの道具としか考えていないので、単語を並べた不完全な文でも会話さえ成立すれば、生活が困らない範囲になると急に学習意欲が低下してしまい、再び学習の動機づけを高めていくことが難しい。結局生きていける程度の生活やと複雑に関わらないような生き方を選んでしまうこともありえる。

 しかしアンケート調査からも分かるように、帰国生徒は日本で永住・帰化という形で生活しているのがほとんどで、いずれ日本の高校・大学などに進学し、就職、家庭を持つことになることが予測できる。彼らにとって、日本語は「第2の母語」なので、帰国直後から日本の学校でいきていくためのサバイバル・レベルの日本語から始まるが、母語話者レベルの日本語を目指すため、生涯学習の特徴をもっている。このことから、帰国生徒を受け入れる時から安定期に至るまで彼らのニーズに合った適切な日本語指導を行うことが極めて大切で、それもできるだけ短期間で日本語の基礎になる文法体系を把握させていかなければならない。

 日本語を母語としない帰国生徒にとって、日本語教育は国語教育でもなければ外国語教育でもない。永住を前提とした彼らは「第2言語教育」としての日本語教育が必要とされる。それは移民に対する教育であり、第2の母語を習得するためのものでなければならない。今まで帰国生徒を受け入れた学校は、日本語教育を適応教育の一部分として扱い、生活に必要な言葉を中心に指導してきたが、第2言語教育は単なる言葉の指導ではない。何故なら学校教育期間で日本人の成人語彙といわれる5・6万語を全部指導するのは不可能であるし、学習者が言葉のコンプレックスによって社会参加できないという逆効果を生み出してはいけないからである。

 第2言語教育は帰国生徒に辞書の引き方だけではなく、彼らが独学では習得しにくい、母語と全然違ったこと、例えば「やりもらい形/敬語/使役/受け身/コ・ソ・アの使い方など」や教室外ではなかなか訂正されないようなルールを教えるべきである。また異文化の中でコミュニケーションを成立させる意欲と態度を養い、そのための言語や情報活用能力を拡大していく必要がある。人の話を聞いたり、推測したり、実際に使って確かめたりするなど、自分の学習方法や到達目標を意識させて、生徒が教育機関を離れでも自分で学習を計画し、周りの人や環境を活用して生涯学習として日本語を習得していけるように自己教育力を育成していかなければならない。従来の適応の中の日本語指導ではなく、自己実現のための適応教育を含めた第2言語教育としての日本語教育を目指すべきである。

 

3節 帰国生徒の日本語能力と勉学上の問題

 

J・Vネウストプニ−(1980)は「外国人と日本人がコミュニケーションをするときによく起こる問題として二種類ある。一つはメッセージの不成立、もう一つは態度や意図などの伝達である」と言っている。例えば話し相手に子供っぽく思われたり、乱暴に聞こえたり、相手を軽く見すぎるように受け取られたり、どんな時に何をどう話したら良いか、または黙っているのが良いか、その時どんな表情や身振りをするのが普通なのか等々、これらのことはメッセージの伝達事項とは別なのである。そこには何かルールが存在するはずである。その言語社会で言語行動や非言語行動のルールを知らないと相手が理解できなかったり、自分が誤解されたりする。こういった摩擦やトラブルは外国人を受け入れにくくする要因である。

帰国生徒にとっても敬語の使い方や断り方、謝り方、賛成・反対の仕方、お礼の言い方、依頼・要求の仕方などが難しく、トラブルを起こしそうな所が多い。また逆に彼らの立場から見れば「日本人ははっきり言わない、曖昧で分かりにくい」という見方が多く、日本語の特有な言語表現に悩まされて、周りの日本人とうまくコミュニケーションが取れないことも少なくない。日本語教育はこういった事に対応し、コミュニケーション行動のルールについてもっと教える必要がある。その前に教授者はまず中国語と日本語の特徴を明らかにし、対照研究を開発していかなければならない。これは帰国生徒の言葉による摩擦、

(陥りがちな偏見、誤った思い込みなど)を最低限に減らすのに不可欠なことである。ここで彭飛の論文(1989)を参考にしながら、両国の言語表現の違いを考えてみたい(資料W)。

この対照研究から分かるように、言語表現に於いてあらゆる所から日中の言語習慣の違いが見られ、帰国生徒もこういったことに悩まされて、彼らのコミュニケーション行動の障害となっている。彭飛(1989)は日本語教育の弱点についてこのように述べている。「日本における日本語教育は媒介語の使用を禁止している学校も少なくないが、果してそれが一番よい方法なのかどうか。両国の言葉の相違点をつかまなければ、結局日本語の特徴はどこにあるのか、どんな点が自分たちに理解できていないのかなど分かるはずがない。実際調査で日中の中国人日本語学習者を比べてみると言語の比較能力の点では差が大きく開いている。これは教室での通訳・翻訳の訓練不足や対照研究の遅れによるものではないかと強く感じる」。

また御園生保子(1995)は「コミュニケーションをめぐるトラブルの問題は外国人ばかりではなく、受入れ側である我々の問題でもある。自分達の習偉から外れたコミュニケーション行動に触れたとき一瞬むっとするのは自然な反応だが、そこで余裕をもって自分たちのルールの存在に気づき、相手のルールを認識することが大切である」と言っている。

帰国生徒にとって日本語は第2言語であるが、日本社会の生活者であることから必要性が高く、学習する動機も強いので、日本である程度長く暮らしていれば自然に勘能になると思われたり、期待されたりする。しかし実際はどうだろうか。ここで晴美台中学校紀要(1995)と東京農工大学の紀要(1995)を参考にしながら、彼らの日本語能力と勉学上の問題について考えていきたい。(資料V参照)。

 この項目で帰国生徒の言語習得上の問題や勉学上、学校生活の問題などを見てきたが、彼らにとって日本語の必要性は高いだけに「バイリンガル」とはまだまだ遠い状況にあることが分かる。中には滞在期間が長いわりに日本語力が不足な人もいる。そのような帰国生徒は日本の中学校・高校で基礎を体系的に学習する機会に恵まれず適切な指導を受けられなかった人がほとんどである。また大学に入学してから言語が急に進歩するものではなく、自助努力だけでは正確な理解が得られにくいので、彼らに適した教授法と教材の開発普及が早急になされることと教師による専門的な指導が必要である。また帰国生徒にとって日本語は生涯学習であること、第2言語としての学習の難しさを周囲に理解と配慮をしてもらいたい。そして彼らが安心して学べる、生活していける環境を作っていくことが大切である。

 

4節 帰国生徒のための教授法と教材

 

ここで大阪府下の帰国生徒教育推進校の日本語指導を参考にしながら教授法などの問題について考えてみたい。

T.中学校の場合

・指導内容(この学校では、初級指導として日本語検定3扱程度の日本語力を目標に、日常生活に役立つ会話ができ、簡単な文章が読み書きできる能力、つまりアクセント、拍音韻の正しい発音、語彙1500、漢字300、助詞の機能、活用、受け身、使役、敬語など基本的な文法と文型の応用的表現能力を基準としている。さらに教科学習ができるよう他の教材との連携を取りながら行っている)。

・指導法(直接指導法、週12時間)

@母語の使用禁止(生徒が授業に集中でき、推測力が高められるよう教師も学習者も母語を使わないことを原則としている。テキストも訳さない)

A教師の言葉の制限(教師は自分の言葉をコントロールし、新しい語彙などは生徒が既に習った語彙及び文型を駆使して違う言い回しで導入し、訳さずに教えている)

B帰納法による指導(文型や文法事項などは母語なしで教師の発話などから帰納的に考え導き出せるような導入を心掛けている)

C文法積み上げ式(易しく具体的なものから難しく抽象的なものへと配列され、段階的に積み上げたテキストを使用)

D口頭練習で模倣・定着(教師の発話は控え、AL法のドリルを使って、できるだけ多くの量を生徒に発話させ定着をはかる)

Eサバイバル日本語(生活の中で必要な言葉などは、挨拶や決まり文句と同じようにして適宜指導を行う)

F自分の生活を語らせる日本語(クラスや学年、家庭と連携を取り合い、その生徒が今何を一番話したいかをよく把握して、日本語で語れるように指導を心掛ける)

・使用教材(「日本語初歩」など、市販の留学生を対象とした代表的な初級教科書。例文や語彙など子供の実態にそぐわない所を工夫してから使うようにしている。他に漫画やアニメ、NHK子供ニュースを使った聞き取り教材も使用している)

 U.高校の場合(資料Wを参照)

・特徴:この学校の日本語教育は、帰国生徒のそれぞれのニーズに応じたプログラムを用意している。抽出授業や補充授業の中で帰国して間もない生徒に初級の指導、進学する生徒に小論文の指導、母語を忘れかけている生徒に中国語初級の指導を行い、媒介語の使用を認め、母語維持教育にも積極的に取り込んでいる。

・教材:日本語の授業は代表的な日本語初・中級教科書、中国語または母語維持の授業は初級中国語、『民主中国』(在日中国人留学生編集雑誌)を主に使用している。

 以上、二つの学校の日本語教育を見てきたが、問題点として専門の日本語教師がいないため、教員自身が教授法を研究し、開発していかなければならない。また現在において、帰国生徒向けの既成教材はまだまだ足りない。その他、直接教技法は本当に生徒に適切かどうかも疑問が残る。媒介語なしの授業は確かに多くの文型や会話鰊習ができるかもしれないが、帰国生徒にとって日本語教室はただ日本語を習得する場所ではないはずで、いろいろな問題を発見し解決していく重要な役割を持っている。彼らの悩みを聞いてあげたり、母語と対照しながらコミュニケーション行動のルールを教えていくには媒介語の使用は必

要である。

 西原鈴子(1995)は帰国生徒のための日本語教授法について、このように提案している。「初級指導開始時には子供の不安や緊張を和らげるのに母語の使用が有効である。指導は大きく3段階に分けることができる。第一段階は母語を主体に、日本語を使う部分はかなり少ない。だんだん日本語を使う機会を多くして、第二段階では日本語だけの直接法。ある程度の文型がマスターできた第三段階では、教科の中の語彙などの細かい点は母語で説明する。必要に応じて、指導終盤ではネイティブ指導者による母語での教科指導も行うといい」。

 帰国生徒のための日本語教材開発について、池上摩希子(1994)は次のように言っている。「初期には日本語や日本人との接触を恐れないことと学んでいく姿勢を作ることが大切で、教材を作成・選択する際に次のことを注意しなければならない。まず学習者の知的発達段階に応じた内容のもの。(日本語が不完全だからという理由で実年齢より低い学年向きの内容の教材を選ぶのは好ましくない)また作り事ではないリアルで自然な材料と状況を準備し活用したもの。そして意味のある学習活動を楽しく興味を引けるものとして学習者に提示してやれるものが望ましい。サバイバルの初期を過ぎた段階では、CALPを意識した教材が必要となる。日常のコミュニケーションのためにはBICSが確立していればよいが、言語の構造も理解していないとCALPが疎かになり、日常生活ができるのに教科についていけないといった問題が起きてくる。帰国生徒が学習に 適応するために要求される読解力が前述の二言語の相互依存関係と深く関わっているのを考えれば、読解に先立つ先行情報の利用の仕方、予測や推測を伴う読み方など読解ストラテジーを十分考慮した指導法と教材が必要である」。

 帰国生徒のための日本語教材はまだまだ不足している。特に各学年、各教科に合った物や読み物の副教材の開発が至急望まれる。また日本語教材に関する情報は十分に学校現場に行き渡っていないのが現状である。(資料X参照)今後、日本語教育専門機関は教授法・教材を含めたさまざまな情報を学校に提供していく必要がある。

 

4章 帰国生徒のアイデンティティ(帰属意識)

 

帰国生徒は親世代よりもはるかに早く日本語を覚えるが、逆に驚く速さで中国語を忘れていく。学校では中国語のできる教師がほとんどおらず、彼らも適応が進むとともに中国語に対して価値を感じなくなり、母語の維持はますます難しくなる。こういったことから親の下手な日本語を恥ずかしく感じて両親への敬意が薄れたりする。また親が中国語で叱っても日本語で反論したりするし、年齢によっては親と交流を取るための手段である母語が不十分になってしまう。彼たちが中国語を話せなくなると世代間のコミュニケーションの断絶が起こるだけではなく、考え方・感じ方・行動の仕方などの文化の伝達も途絶え、後に生き方などの問題も生じてくる。つまりアイデンティティの確立は言語保持と直接関係するのである。

 池上摩希子(1990)は帰国生徒の母語保持問題に対してこのように言っている「子供の2つの言語能力(BICA&CALP)を高度に伸ばせるかどうかは母語がどのくらい発達するかによっていて、もし思考力が母語で十分育っていれば、第二言語での思考力を育てる基礎を欠くことになるので、何らかの方法で第一言語の力を強める努力をすることが肝要である。母語をうまく保持発達させ、バイリンガルを促進するためには、教授者の資質や指導法などの要因以外にも次のような要因が重要となる。まず、第一言語が家庭や地域社会でも使用されていること。そして親がバイリンガル教育に対して積極的で動機付けも高いこと。また少数言語・文化に対して一般社会のイメージが積極的であること。現在帰国生徒の母語・母文化保持の必要性を親も教師も認識しているが、中国語を学ぼうとした場合、ボランティアや少数の受入れ校の努力に頼っているのが現状である」。

 ここで大阪府下の二つの中学校・高校の帰国生徒の母語保持教育を招介し、今後の課題と改善策について考えてみたい。

T.中学校の場合(日本語学級に中国語の図書や中国映画のビデオを揃え環境整備に努めている。帰国生徒に本を家庭に持ち帰り、音読するのを家族に聞いてもらうという宿題を出したり、漢詩や諺の意味を家族に質問し、ノートに書いて学校で発表させる。また衛星放送の中国語ニュースや中国の映画を見たり、中国の絵本を訳したり、中国の歴史を調べたりすることによって、連帯感を強め、自分たちの生まれた国のことや自分の生い立ちについて深く考える時間を取っている)。

U.高校の場合(毎週母語を忘れかけている生徒対象に中国語初級の読み書きについて指導を行っている。また帰国生徒全員を対象に一カ月2回ほど中国人専任講師を招き、中国語講座を開き、政治・民族性・風俗習慣など多方面から中国の現状を深く、鋭く見つめるための講義を行っている。題材は『民主中国』という雑誌からのものが多い。この学習会に他の中学校・高校の帰国生徒や先生方も多数参加し、ここで母語を継続して学習するだけではなく、中国人講師は帰国生徒の良き相談相手・助言者でもあり、皆で互いに励まし、情報交換をする場所にもなっている)。

 ここで二つの学校の母語保持教育を見てきたが、両方とも特色をもっているし、それぞれ成果を上げている。学校外でも帰国生徒は交流会に参加し、皆でスポーツをしたり、いろいろな所へ見学に行ったり、水泳講習会やお弁当作りなどの活動を通して理解と交流を深めている。(注:堺市中国帰国者交流会・ふれあいの会」は平成4年に発足した)。

 しかし問題なのは、現在中国人講師が全く足りないのが現状である。教育現場で帰国生徒の問題に関わっている加藤智久先生は(1994)「われわれは、教育委員会に中国人教員の採用を強く迫っているが、彼らは文部省の立場にたって民族教育を否定し、頑として認めようとはしない。しかし現実に帰国生徒の置かれている深刻な状況は変わらないため、日本の教育への適応を促進するためと称して、わずか三人の中国人非常勤講師でも認めざるをえない。とはいえ、わずかの中国人講師であっても導入させた意義は大きい」と述べている。

 今回のアンケート調査で帰国生徒のアイデンティティについて調べた。その結果大きく三つのタイプに分かれ、中国人タイプは「日本政府の帰国者受入れ制度をチャンスとして違う視点で中国を見ることができ、いろんなことを経験して人生が豊かになった」と答え、日本人タイプは「国籍が日本なので、これからもこの国で生活していくつもりだから、できるだけ日本人と近い行動を取ろうと思っている」と答えている。そして国際人タイプは「中国と日本の文化を比較し、素晴らしい部分だけを取り入れたい。国籍に束縛されない自分なりのポリシーをベースに独自の思考方式や価値観、行動様式を作っていきたい。自分たちはハーフではなく、ダブルなのだ」と主張している。

 しかし、ここで注意しなければならないのは日本人側も国際人側もあくまでも努力目標であり、現実はまだ距離がある。例えば日本籍と答えた13人の中で自分は日本人と認識しているのはわずか5人で、「中国籍から日本籍になるのは抵抗があった。帰化しても中国人であることは変わりない」と思っている人が多いようだ。他に5人の無回答者の考えも気になる存在である。何故彼たちは自分の意志に関係なく日本籍あるいは日本名にならざるを得ないか。それは日本アジア諸国の在日外国人や移民に対して差別意識が根深いからである。例えば就職時差別を受けたり、中国での資格(教職・医師・看護婦など)が認められなかったり、日本籍ではないため国家公務員の試験を受けることさえ許されなかったりする。こういったことから、日本での永住希望者は生活のためやむを得ず自分の国籍を変える場合がある。また日本人として生きたいと努力をしても、相変わらず外国人扱いをされたりする。自分は一体何人なんだろう、これからどう生きていけばいいのだろうと両者の間で揺れ動き、アイデンティティがなかなか成立できない。

池上摩希子(1994)は「帰属意識の問題は個人的な問題であると同時に社会的な問題でもある。日本社会が帰国生徒の存在や彼らの母文化をどのように認識しているかが彼らのアイデンティティ形成に大きく影響する。即ち、受入れ社会で少数派言語・文化がどういった価値観をもって迎えられるのかと関係がある。帰国生徒の年齢と言語環境によっては日本語が母語に取って変わり、中国語が第二言語になることも考えられる。しかしそれもまた新しい存在としてあってよいではないだろうか。二言語間・二文化間のどの位置にあれば双方を完全に保有することになるのかを思案するよりも、幅がある中で二言語・二文化

保有のポジティプな面を探っていく必要がある」と言っている。

 「将来自分の子供にどういう生き方をしてもらいたいですか」という質問に帰国生徒からこのような答えが帰ってきた。「子供は日本で教育を受けさせたくない、子供の生き方は子供自身で決めてほしい/一人になっても強く生きてほしい/運命に左右されない生き方をしてほしい、自分以上に幸せな生き方/自由で個性のある生き方など」これは彼らが将来自分の子供に託す期待であると当時に、自分の生き方に対して満足しているか、またこれからどういう生き方をしていきたいのかということも伺えるではないだろうか。

 

結論:

 

以上この論文で帰国生徒教育の様々な問題について見てきたが、多くの先生方や団体関係者の熱心な呼びかけと努力によって確かに十年前より状況は随分改善されてきた。問題なのは学校によって帰国生徒教育に積極的に取り組んでいない所はまだまだ多く、「私のところは学校生活にもなじみ、何の問題もない」と考えている先生方も少なくない。しかし、各学校の中にバラバラに在籍している多くの帰国生徒が何の措置も受けられず、ただ毎日疎外感や不安と孤独を感じながら学校生活を送っていることも事実である。

 そして日本語教育に関しても、全く現場の先生方のボランティア精神に頼っている場合が多く、学級運営やクラブ指導の仕事以外に帰国生徒のために教授法を開発し、教材を作っていくのは時間やエネルギーが大変要ることである。その限界を感じ、試行錯誤の中にいるのが今の状況である。こういった問題が山積みである中で、早急に専門的な日本語教師を現場に派遣すること、母語保持のための中国人講師を多く受け入れることがまず必要である。これからは学校と家庭、日本語教育機関、地域社会が一丸となって帰国生徒問題に取り組んでいかなければ問題解決に至るのが難しく、もっとネットワークを強めて情報交換をしていくべきである。

 そして最も大切なのは、教育現場で「人権」を尊重する教育を行うと当時に子供たちに「歴史の真実」を伝えていくことである。長い間、日本は現代史教育がきちんと行われていないため、多くの日本人は何も知らない、知ろうとしない。しかし悲惨な歴史を生み出し、帰国者を含めた多くの人々に過酷な人生を背負わせた日本政府がこれを顧みることなく、打ち捨ててきた。その結果、現在たくさんの在日外国人が本来なら遭遇しなくてもいい困難にぶつかりながら生活しなければならない。このように無知からくる差別や偏見が多く存在しているのは非常に残念で、危険なことである。それを教育し、取り除いていかなければならない。つまり日本人たちが帰国生徒や在日外国人に対する見方を変えることが必要である。「残留孤児の子女だから憐れだ。我々に戦争責任があるので色々してあげるのは仕方のない事だ」と消極的に考えるのではなく、過去の歴史を反省し、日本が今後どうすれば外国とうまく付き合って共生・共存を実現していけるか、外国の文化や考えを理解し、複数の文化視点で物事を考えられるような国際人、国際社会を作っていくのが大きな課題ではないだろうか!

最後に、本論文を中国帰国生徒や在日外国人への最大のエールとして捧げ、調査などに協力してくださった皆さんと先生方に心よりお礼を申し上げます。

 

 

劉穎(リュウエイ)翻訳者/中国語講師
論文に関するご意見、ご感想などはこちらまで: http://www.kjps.net/user/liuying/

 

 

参考文献:

 

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                           中国帰国孤児定着促進センター 紀要3号

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山田泉(1991)「中国からの帰国・移住者のためのプログラム」講座日本語と日本語教育16巻明治書院

1991)「中国からの帰国者とその子女のための日本語教育」講座日本語と日本語教育16巻明治書院