栗東高校の講演原稿(2003618日)

 

題目:「在日外国人の人権」

 

 

 

 

目次:

一.在日外国人の現状

1.労働面の差別

2.国籍の差別

3.在日外国人の子供達の人権

 

二.国際社会を目指すためには

1.戦争の傷跡、心の壁を無くす

2.在日外国人の存在価値

 

三.私の夢、日本人から学んだもの

 

四.まとめ(皆さんに望むこと)

 

 

 

講演者:劉穎

                              


一.在日外国人の現状

 

現在日本で短期滞在、あるいは長期居住する外国人が年々増えており、来日した目的もその経由も多様性を持っています。観光旅行に来た人や会議などに出席するための人もいれば、語学や技術を習得するために来た人、難民として祖国から逃れてきた人、それから7割を占めているのが定住・永住者、つまり日本のかつての植民地の出身者やその子孫で、「在日韓国・朝鮮人・台湾の人々・中国残留孤児」と呼ばれる人たちです。

 

日本は経済大国で、それに憧れて来た外国人もたくさんいますが、残念ながら彼らが日本社会で受ける扱いは、とても先進国にふさわしくない、著しく人権を侵害したものもあります。具体的に以下のことが挙げられます。

 

1.労働面の差別(賃金・解雇・労災)

今外国人労働者の数は60万人以上、日本の労働人口のほぼ1%を占めるほどになっており、「不法就労・オーバーステイ」の未統計労働者の数を加算するともっと多いと予想できます。彼らの多くは「3K労働」(危険・きつい・汚い)といわれる単純労働につき、日本産業の基盤を支えてきた存在であり、日本企業に都合よく働かされた人たちでもあるのです。

 

「労働法」の中で、「使用者は、労働者の国籍・信条または社会的身分を理由として、賃金・労働時間、その他の労働条件について差別的取扱をしてはならない」と明記しているにもかかわらず、実際の統計では毎年、賃金の差別・不払いや不正解雇などの労働問題に関する相談件数は何千件に達し、もちろんこれは氷山の一角に過ぎない。人件費を抑えるため外国人労働者に企業が本来負担すべき社会保険料が負担されていないケースも多い。異国で言葉でさえ自由に使えない彼らは自分の権利を主張することも、不正と戦うことは非常に難しく、常に不安定な雇用環境に置かれているのが現実です。

 

2.国籍の差別(帰化・指紋押捺)

日本は、平和憲法をはじめ、世界に誇れる法律を持っています。憲法14条の中で「すべての国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」と述べています。ここで考えて頂きたいのは、このような素晴らしい条文に書かれている「国民」や「人種」は、単に日本人を対象とするものでしょうか?国籍に関係なく、「全ての人々」と解釈すべきではないかと思います。

実際、在日外国人は、普段の生活で様々な差別と精神的苦痛を味わっています。来日してまずしなければならないのが外国人登録で、更新するたび指紋押捺が強要されます。どこに行っても登録証を持っていなければ、罰せられます。まるで犯罪者のように見なされたこの屈辱感を多くの外国人が体験し、今この指紋押捺制度は外国人たちの強い反発と要請によって免除されたけど、実質上で外国人の個人情報は少しも守られていません。

 

国籍が違うだけで、就職時に不利であったり、外国で修得した学歴や免許・資格が認められなかったり、日本で長期滞在し、税金も納めているにもかかわらず、選挙権が与えられていなかったり、日本の学校や公務員の試験資格を持たなかったり、入居する際に日本人と違った対応と制限を受けたり、刑事事件や裁判で法廷通訳制度を満足に利用できず、言いたいことも言えず、冤罪になったり、日常的に理不尽な扱いを受けてきました。

 

では、「日本国籍になれば良いじゃないか」という疑問の声が聞こえてきそうですが、例えば、アメリカの「市民権の取得」は、一定条件を備えた人の権利と考えられていて、その人の民族性は保護されています。しかし、日本の国籍獲得(帰化)は、個人の尊厳を無視した日本名の強要と家族ぐるみの帰化が押し付けられて、国籍を与えると同時に日本人として戸籍に登録し、日本民族の一員となる事を強要します。帰化以前の民族性の主張を許されず、日本人に同化することを求めます。しかし、外国人が希望しているのは、この国で平等に暮らす権利です。

 

人生は積み重ねていく、プラスにしていくものだから、大切なもの、大切にしてきたものを無理に切り捨てなればならない状況は本当に悲しいと思います。今後、日本が「国際化」を進めていくためにも、お互いの文化の違いを認め、それぞれの人格を尊重し、外国人を対等な社会の一員であるのを承認すべきです。

 

3.在日外国人の子供達の人権

まず、日本で生まれ育った、あるいは長期滞在している外国人の子供の中で、無国籍・二重国籍の状態に置かれている子供達がたくさんいて、彼らが日々強制退去の恐怖に怯えながら暮らしているのを知って頂きたい。親が不法滞在者でも、子供には罪ないですから、教育を受ける権利やきちんと医療制度を受けられる権利、生きていく上で最低限の保障と人道的な対応を日本政府にしてほしいです。

一方、在留資格を有する外国人の子供達も多くの問題に直面しています。一定以上の年齢で来日した子供達にとって、障害となるのは言葉の壁ですが、いきなり全く異なる環境に放り込まれるケースが多く、学校での「日本語教室」の設置とその教育内容は完備していません。また、幼児頃や日本で生まれ育った外国人の子供たちは、母語を身に付けることに相当困難を伴い、次第に母語を忘れていきます。母語を失うことは、自分の民族の文化の継承・享受から排除されていることにつながるし、日本語を話せない親とのコミュニケーションに支障が生じて、帰国後の就学にも影響する恐れが出てきます。

 

中国語を忘れないため、私自身も難しさを感じながら、努力を重ねてきましたが、私の二人の子供は日本で生まれ育っているので、私と会話をする時、中国語を理解していても、答えは日本語になったりします。これから彼らに中国語の読み書きを教え、文化の素晴らしさを伝えていくのが私の一つの課題でもあるし、楽しみでもあります。

 

「異質・個性」を受け入れ難い日本の社会と学校で、文化も習慣も異なる外国人の子供たちは、いじめと差別の対象になりやすい。トラブルが生じた際、よく「自分の国に帰れ」と言われますが、祖国を離れる時は退学・退職して、在住・永住目的で日本に来た彼らは「戻る場所」がないのを日本の皆さんご存知なのでしょうか?思春期という敏感な年頃で、彼らの豊かな感性を伸ばすことができず、必要以上の挫折感や疎外感を味わい、中には非行や犯罪へ走ってしまう子供もいます。外国人の子供の人権を守るには「日本語教育・母語教育・国際理解」の三つの方面からのサポートが必要で、これらの問題を早急に解決してもらいたい。

 

二.国際社会を目指すためには

 

1.戦争の傷跡、心の壁を無くす

戦後の日本は、国際貢献に対して、物質的・技術的な提供を行ってきたけれど、評価は決して良いとは言えず、歴代総理の靖国神社の参拝、歴史教科書の問題などは絶えず論議され、日本の対応がアジア諸国の反感を買っています。それは、今まで過去の歴史の伝え方について、日本と他国の格差があまりにも大きいからだと思います。

 

中国を例にしますと、子供たちは学校で戦争について詳しく学びます。教科書だけではなく、定期的に反戦映画を見たり、戦争で亡くなった英雄たちのお墓参りをしたり、歴史博物館や遺跡へ実際に訪れて、戦争被害者の話を伺います。日本の学校の教科書で扱う分量と比較すると、多分「一冊と一頁」の差があるでしょう。そこで、日本が戦争責任を曖昧にしたり、問題発言があったりすると、外国人は敏感に反応して抗議するし、特に在日外国人にとって気持ちが傷つけられる思いをします。日本に望むことは、補償でもなければ謝罪でもない、ただ「歴史の事実を正しく伝え、繰り返さないこと」です。

 

悲しい過去によりできてしまった心の壁は確かに存在し、政府の姿勢が変わらない限り今後も同じ状態が続くでしょう。しかし、今日まで日中両国で、様々な感動的な物語が生まれ、民間の友好交流が盛んに行われてきました。作家魯迅と藤野先生の深い友情、田中角栄元総理と周恩来総理が交わした固い握手などの有名な話もあれば、例えば私の中国の友人は以前反日感情を持っていたのですが、彼女は大学で外国人に中国語を教えるようになり、日本人留学生と出会うことによって、その考え方が大きく変わったと言います。日本人の謙虚さと勤勉さを始めて知った彼女は今までの自分の偏見をとても恥っていました。

 

今中国で作家渡辺淳一・吉本ばなな・村上春樹・松本清張さんなどの小説が翻訳されていて、文学好きな彼女は私に「ノルウェーの森」はどんな小説なの?と聞き、日本についてもっと知りたい、勉強したいと言っていました。もちろん、私からこれは村上春樹さんの作品で、読んで切なくなるかもしれませんが、大変ピュアな小説なのよと薦めました。

 

歴史の部分は大事だけれど、人間の心と心の触れ合いは、国家の政治的意図や利益などに左右されず、人種・国籍・宗教に関係なく純粋に成立できるものではないかと私は感じています。お互いの歴史と文化をもっと理解する努力を重ね、実生活の中の交流を通じて、必ず相手の良さが分かるはずです。

 

2.在日外国人の存在価値

人権問題は外国人差別に限らず、部落差別・女性差別・障害者差別・同性愛者差別なども含みますが、差別の対象はいずれ少数派、つまり社会的立場の弱い者に向けられたものです。では、少数派の人々はマイナス的な存在なのでしょうか?むしろその反対で、大変貴重な人達です。

 

乙武洋匡さんが書いた「五体不満足」という小説を読んで、勇気と感動を頂いた方はたくさんいると思いますが、その中で「障害者にもできる、障害者にしかできないこともある。バリアフリー:目に見える障害と目に見えない障害<心の隔たり>を無くすことで、障害者だけではなく、皆にとって暮らしやすい・優しい社会になる」という考え方は、外国人の人権問題を取り込む時も同じことが言えると思います。国際社会を実現する第一歩として、まず外国人への差別を無くし、平等に暮らせる・付き合える環境を作り、彼らから異文化を理解・体験することができます。日本に何か足りないかを知ることができ、理想的な社会へ近づけるきっかけになります。

 

そして、異文化が存在することによって、皆さんは日本の良さを再認識することができます。外国人たちは来日して、必死に日本語を覚え、できるだけ日本文化に触れようとします。私もその一人で、日本に関する本を読み、茶道・華道・伝統芸術にも興味を持ち、お花は師範免許を持つようになったけれど、ある時自分の知っている日本は知識でしかなく、身に付けられるものではないということに気付きました。でも、皆さんは違います。日本に生まれ、幼い時から日本の童謡やわらべ歌、昔話を聞いて育ち、春なら咲き誇る桜・夏なら祭り/花火/和太鼓・秋なら燃えるような紅葉・冬なら大晦日に聞く除夜の鐘・・・

 

日本の美しい四季、日本にしかない色彩や音、その美意識が皆さんの心の中に生きています。普段気づかないこと、当たり前だと思っていたことが、外国人(異文化)の存在によって浮き彫りになって、もっと大切にしようと思う、誇りを持って外国にアピールしたいと思うようになると思います。皆さんは日本文化の伝承者ですから、今後外国人に接する機会があれば是非美しい日本語や日本の「和の心」わび、さび、みやびを教えられるようになってください。

 

私自身も、日本に来てから始めて祖国中国の伝統文化、例えば京劇・気功・太極拳・漢方薬から東洋医学まで、色々なことに興味を持つようになり、近年中国で「天安門事件」という悲しい出来事もあったし、経済の目覚しい発展、今度のSARSもそうですが、いくつもの変動と試練があったけれど、自分の中の「中国人として誇りと愛国心」が強くなりました。

 

三.私の夢、日本人から学んだもの

 

私の祖母は日本人で、第二次世界大戦敗戦時、中国の旧満州(今のハルピン)に一人取り残された中国残留孤児です。家族で日本に帰国したのは17年前、私がまだ中学生の時でした。言葉の壁と慣れない環境の中で、先程「在日外国人の現状」で述べたことのほとんどを経験しました。

 

中国で技術者だった両親は、日本でその資格が認められず、結局定年まで本職を生かせる仕事に着くことありませんでした。私たちの家族は崩壊しかけた時もあったし、私自身挫折感を味わい、精神的ストレスが喘息・アトピー・拒食症として体に現れ、心身を蝕み、不登校になったり、自分のアイデンティティーを強く意識したり、日本と中国の狭間で悩み苦しんだ時期もありましたが、今日に至って、自分を支えてきたのは「夢」です。

 

最初知識でしかなかったのですが、私は日本語の美しさ、日本文化の素晴らしさに惹かれ、将来翻訳家になりたいと決意をします。でも、そのうち翻訳は単なる二ヶ国語を置き換えていく作業ではなく、伝える・表現するためにあると気付き、知識からコミュニケーションへと目を向けるようになり、少しずつ自分を変え、日本社会に溶け込む努力をしました。

 

そして、大学卒業を機に、私は当初日本の学校でいじめられないようにという目的で付けられた日本名を本名の「劉穎」に戻しました。これは、色々な差別に負けないという意味も込めていますが、人は生まれながらの名前を使うのが一番自然で、今後は、もっと柔軟な姿勢で、自分にとって大切なものを守り、足りない部分を補っていくシンプルな生き方も良いのではないかと考えました。

 

今は翻訳の仕事をしながら、自宅で中国語も教えていますが、人間一人では成長できないこと、言語を通じて理解し合える、助け合えること、心を開くことで得られる信頼と喜びを最近やっと分かったような気がします。歴史によって、私たちの運命は大きく変わりましたが、日本での経験は、自分の人生を豊かにしてくれたと信じています。今後の私の夢は翻訳と言語を生かし、在日外国人や言葉でお困りの方のお役に立てるよう、日中友好と文化交流の架け橋になることです。

 

今年の春、日本人の友達と一緒に花見をしていた時のことです。「桜はとても綺麗だけれど、散っていく姿は寂しくて、切ないですね」という私の言葉に対して、その方は「桜は散ることを知りながら咲くことを恐れていないだと思いますよ」と言いました。これは「拝啓サクラさく」という絵本の中の一つの言葉だそうですが、しなやかで、したたか、繊細で、芯の強い日本人から私は今までたくさんの大切なことを教えて頂きました。たくさんの良い影響を受けてきました。祖国中国と同じくらい、日本という国が大好きだと今は心からそう言えます。

 

四.まとめ(皆さんに望むこと)

 

ここで、皆さんにいくつかお願いすることがあります。今まで在日外国人は自分たちの権利を主張し、不正や差別と戦ってきましたが、外国人だけでは現状を変えることがとても難しいです。何年後の皆さんは有権者になります。どうぞ今の純粋な心と目の輝きを失わないよう、日本社会をより美しく、差別のない真の国際社会にしてください。弱い立場の人々の力になってあげてください。そして、外国人と上手に付き合うには決して難しい、特別なことではなく、ただ「相手の立場になって物事を考えられる、人の痛みが分かる人間」になって頂きたいですね。

 

最後に、講演の貴重な機会を与えてくださった栗東高校の先生方や静聴してくださった皆さんに心からお礼を申し上げます。分かりにくい日本語で聞きづらかったと思いますが、少しでも、一つでも皆さんの心に何か残れば、人権問題などについて考えるきっかけとなればと願っています。どうも有り難うございました。謝々!再見!

 

<終>

 

 

 

参考文献:

 

「在日外国人読本」(緑風出版)

「国際社会と在日外国人の人権」(京都国産交流センター)

「人権のオモテとウラ」(明石書店)

「来日外国人人権白書」(明石書店)

「日本で暮らす外国人の子供達」(明石書店)

 

 

         
劉穎(リュウエイ)翻訳者/中国語講師
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