暮らしと住まい

●暮らしの見えない家づくり

家を建てようと思う動機は、今の家が古びてきたから、家族が増えて手狭になってきたから、子ども部屋が必要になってきたから、キッチンやお風呂が痛んできたからなどさまざまです。さらには、今の住まいの不都合に感じている部分を、ああも変えたいこうも変えたいと、思いはどんどん膨らんでいくものです。
 具体的な計画の段階になると、まず土地があって、家族構成がこれこれで、広さはこれくらい、というようなところから設計は始まり、他にも構造のこと、設備のこと、材料のこと、外構のこと等考えなければならないことは山ほど出てきます。
 家づくりが具体的になるにつれ、陥りがちになるのは、ハードの面ばかりを重視して、そこでどんな暮しがしたいのか、ということに考えが及ばなくなることです。初めに描いた漠然とした暮らし方の理想は、夢の段階でストップしてしまったままのようです。
 自分達がどういう暮らし方をしたいかを思い描くことなく、家族構成や広さだけを指標に、プラン集の中から間取りを選ぶのは、片手落ちというものです。家族構成が同じだからといって、同じような住まい方がされるわけではないからです。
 誰にでも万遍なく程々に向くように考えられた建売住宅が、結局のところ誰にもぴたりと来ないものになってしまうのと同じです。
 何も、家族ごとに特殊な間取りを作るということでなく、型にはめる前に、家族の暮し方を考えることを第一歩にしたいと思うのです。

●どこの家にもある、ささやかな我が家流

まずは、自分の暮しを振り返り、また共に暮らす家族の暮らし方をおさらいするところから始めましょう。といっても、「私は、ウチはフツーです。」と言う人がいるかもしれません。けれど、この普通というのが何とも頼りなく、実態がないのです。
 家族構成の似た友人の家族を思い浮かべて、自分の家族と見比べてみてください。例えば、夫の帰宅時間が全く違うとか、洗濯物の乾かし方が天日干派か乾燥機派か、寝室は布団派かベッド派かなど、違う点がかなりあるはずです。
 我が家の暮しがどのように行われているかを整理して考えてます。すると、役割分担の具合や家族それぞれのクセや生活パターンがクリアに見えてきます。我ながらこれはいい具合にいっているなと思える部分もあるでしょうし、反対に改善する必要を感じる部分も出てくると思います。この、ささやかな我が家流の暮らし方を認識することが、自ずと家づくりの道標になってくるはずです。

●居心地のよさを求めて

 あなたが理想とする住まいを思い浮かべてみてください。どういう場面が浮かびますか。どんなシーンが浮かんだにしろ、そこにはあなたや家族が笑ったり、くつろいだりする姿が見えるはずです。
家づくりに託す思いはいろいろでしょう。しかし、親子が自然にふれあえる家にしたいと思うことも、お年寄りが、体が不自由でも自立した生活を送りたいと思うことも、それもこれも、突き詰めていけば、居心地のよさを求めてのことに他ならないと、言えるのではないでしょうか。
 暮しの中のどういう場所で、又は場面で、心地よいと感じるかを、家族で話し合ってみてください。家族といえども、居心地のよさの定義は皆違うでしょうから、面白いはずです。連続して営まれている生活をなぞってみると、意識していなかった「快適」や「不具合」が発見でき、これが居心地のよさ・悪さの認識につながることもあります。
 それは単に雰囲気がいいとか、座り心地のよいソファがある、といった表面的なことにとどまりません。ここに立つと、よい景色が見える場所があるとか、降る雪を窓の外に眺めながら、火燵にあたるとか、春先に陽光を浴びながら、昼寝のできる縁側があるとか、屋根裏部屋に寝転んだら、星の見える天窓があるとか、家族が揃って食卓を囲む時が一番ほっとするとか、家に一人ぼっちだと、逆に居心地が悪く感じるとか、夜遅く帰ってきた時の玄関の明かりが嬉しいとか、きりがないほどあがるかもしれません。
 人によってもさまざま、その時々の気分にもよるし、また成長し齢を重ねても感じ方は変わってくるでしょう。季節によっても違うと思います。
 この心地よさについて話し合ったことを、家づくりに生かすことができれば、すばらしいと思います。
 家づくりは、単にハードの問題として捉えるのではなく、そこで繰り広げられる暮しに焦点を当てることが大切です。居心地のよい暮らしが、ひいては家族が健康に仲良く安心して暮らせることを意味します。家は心地よさを収める器でなくてはならないのです。