..... macrobiotic? >えっ、それって病気なの?



○ 病気の7段階


マクロビオティックを始めて、最初の頃に知ったのが「病気の7段階」のお話。
これを最初に見たときは、正直「はぁー??」と思いました。
「それ、病気?」と。
例えば、「頑固・不満足・征服欲・劣等感・優越感」…。
「それって、単に性格が悪いのでは…」と思いました。でも、マクロビオティックでは
「こころとからだはつながっている」。
「肉体の不健康は精神の不調を促し、精神の不調は直接肉体の状態に影響する」。
心と身体の問題は、同じところに根ざしている。
それは、東洋医学の考えそのものです。

それに、
もしこれが生まれつきの性格じゃなくて病気だとしたら、
 健康になれば治るんだよね…?
」。
当たり前だけど、治らないよりは治る方がいい。遥かにいい。とも思いました。
だってそこに書かれていたのは、当時の自分の嫌いなところばっかりだったのです。

では実際に、7段階をご覧に入れましょう。
いっぱい文字があって面倒くさそうなので(笑)さらっと雰囲気だけでもつかんでいただけると良いかと思います。


(KUSHI INSTITUTE INTERNATIONAL EXTENSION Macrobiotic Studies&Cooking Classes PRIMARY COURSE PART2のテキストより抜粋)←長いなぁ…


ざざっと見て、なんとなく雰囲気を感じましたでしょうか?
陰性の病気と陽性の病気、それぞれの違いとか…
「ああ、こういう人いるよね〜」って思われました?
「こんなの病気って言ってたらキリがないわよ」と思われたかもしれませんし…
それとも、「わたしって陰性の病気かも?」「陽性かも?」と感じられた方も居るかもしれませんし、
「どっちも当てはまる!一体どっちなの?」と思われた方、それは間違いではありません。自然界の中でも「陰性か陽性かどちらか一方」であるものは存在せず、かならずどちらもあわせ持っていると言われています。それは人間も同じ。
特に現代人は、極陰のもの(砂糖やアルコール、精製されたもの)と極陽のもの(肉や魚、卵や味付けの濃いもの)のどちらも過剰気味なので、どちらの傾向も結構複雑に入り乱れていることが普通のようです。

因みにわたしが始めてこれを見たときには、
どうしよう、わたしもう7段階まで来てるよ…
と思いました……。
当てはまると思ったのは、陰性症状の第7段階、「環境適応への完全な無能力」。
わたしが一番ひどかった頃は、いつも「今、何を言えばいいんだろう?」「何をすればいいんだろう?」「どう振舞えば怒られないんだろう、見下されないんだろう?」とばかり考えて、結局何も出来ずにじーっと黙っていました。そうしているうちに、感情の波が消えてしまい、悲しいことも嬉しいこともなくなって、残ったのはただひたすら「自己否定感」と「無力感」……
はっ、ダークですね(汗)。
でも、そんな感じの自分をはっきり覚えている頃にこの表を見て、
「じゃあもしかして、1段階ずつでも治していける?」と思ったわたし、妙にポジティブ。

今は陰陽どちらも、第3〜4段階をうろうろしているような気がします。
だといいなぁ…。
ちなみに、これはたとえ第1段階でも「病気」ですからね。
「精神的に疲れたなぁ」と思ったり、不平を抱いたり、明瞭な思考が出来なかったり、気持ちがころころ変わったりするのも既に「病気」の一歩目ってことなのです。
…厳しすぎる。
じゃあ、病気じゃない人なんているの??って言いたくなりますよね。

でも、マクロビオティックの目指す「健康」が、それだけ「クリア」なもの、ということだと思います。
逆に言えば、誰でもその「健康」を手に入れられるということ。
もしわたしでもそうなれるのなら、その状態をちょっとでいいから感じてみたいな。
もし食事がその支えになるのなら、ちょっと変えてみてもいいかな…
と、かつてのわたしは思ったのでした。


○ 陰陽のモノサシ


面白いなぁと思うのは、どちらの7段階も「傲慢」であることですよね。
傲慢って、わたしのイメージでは「すっごく否定的」な感じ…。
表面的には礼儀正しくても、内面では相手を見積もって見下していたり、否定していたりすれば、それは「傲慢」なのだろうなぁと思います。
わたし自身もそういう傾向が強かったので思うのですが。

第5段階も面白いです。
どちらにも「差別と偏見」が入っているけれど、
陰性の場合は劣等感から
陽性の場合は優越感から
…と、なっています。

陰性のエネルギーは拡散・分解するもの。(広がっていく力)
陽性のエネルギーは集中・凝縮するもの。(集まってくる力)

劣等感や優越感から差別と偏見がうまれる…というのも面白いけれど、
劣等感はどうして陰性なのだろう?
優越感はどうして陽性なのだろう?
そんな風に考えてみるとなかなか面白いですよね。
人それぞれの感じ方があっていいと思うのですが。

ちなみにわたしは、陰性が強すぎると自分が拡散しすぎてなくなってしまって、他ばかりが目立ってしまうのかな(=劣等感に繋がる?)、逆に陽性過ぎると自分ばかりがクローズアップされて他が見えなくなってしまうのかな(=優越感?)…となんとなく雰囲気で考えているのですが。
この辺の思考の遊戯にはまりすぎると止め処ないのですが、時々ふと立ち止まって「陰陽」のモノサシを使ってみると、意外な発見があったりして面白い…かも。