私の馬は夜疾駆る
寺川俊司のWeekly競馬Essay
バックナンバー (bT3〜bU8)
| bU8 | 2001.12.23 | 有馬記念(中山) マンハッタンカフェ ⇒ アメリカンボス |
| bU7 | 2001.12.16 | 阪神牝馬S(阪神) エアトゥーレ ⇒ ムーンライトタンゴ |
| bU6 | 2001.12. 9 | 朝日杯フューチュリティS(中山) アドマイヤドン ⇒ ヤマノブリザード |
| bU5 | 2001.12. 2 | 阪神ジュベナイルフィリーズ(阪神) タムロチェリー ⇒ アローキャリー |
| bU4 | 2001.11.25 | ジャパンカップ(東京) ジャングルポケット ⇒ テイエムオペラオー |
| bU3 | 2001.11.18 | マイルチャンピオンシップ(京都) ゼンノエルシド ⇒ エイシンプレストン |
| bU2 | 2001.11.11 | エリザベス女王杯(京都) トゥザヴィクトリー ⇒ ローズバド |
| bU1 | 2001.11. 4 | アルゼンチン共和国杯(東京) トウカイオーザ ⇒ ハッピールック |
| bU0 | 2001.10.28 | 天皇賞(東京) アグネスデジタル ⇒ テイエムオペラオー |
| bT9 | 2001.10.21 | 菊花賞(京都)マンハッタンカフェ ⇒ マイネルデスポット |
| bT8 | 2001.10.14 | 秋華賞(京都) テイエムオーシャン ⇒ ローズバド |
| bT7 | 2001.10.7 | 毎日王冠(東京) エイシンプレストン ⇒ ロサード |
| bT6 | 2001.9.30 | スプリンターズS(中山) トロットスター ⇒ メジロダーリング |
| bT5 | 2001.9.23 | 神戸新聞杯(阪神) エアエミネム ⇒ サンライズペガサス |
| bT4 | 2001.9.16 | セントライト記念(中山) シンコウカリド ⇒ トレジャー |
| bT3 | 2001.9. 9 | 京成杯オータムH(中山) ゼンノエルシド ⇒ クリスザブレイヴ |
bU8 有馬記念 (2001.12.23) マンハッタンカフェはここでも強い・・・
有馬記念はグランプリ。ドリームレースだという。今年は新宮様の誕生記念レースでもあるらしい。
夢ということであれば、私の場合テイエムオペラオーでいい。オペラオーはそれこそラストラン。この秋、後塵を拝してしまったステイゴールド(繰り上げ1着にはなったが)、アグネスデジタルが先週の香港G1を相次いで勝ち、ジャングルポケットも回避するからには、ここは負けられない。
だが、競馬には欲も絡む。夢だけであれば、馬券を買わずにオペラオーを応援していればすむのだが・・・
早めに仕事を切り上げて、新宿・中井の「又八郎」で東スポ見ながらぼんやり考えていると、お馴染みのメンメンがぼつぼつ顔を揃え出した。
中山の餅つき競馬も有馬でお終い。いつもにも増して、あれこれとうるさいったりゃありゃしない。
「月曜のJARの有馬フェスティバルでユタカが泣きいれてたっけ。ま、実際トゥザヴィクトリーはちょいとムリっぽいが、あいつの三味線はホントわかんねえからなぁ」
「前々行くのドレですかね?ハナ切るのはホットシークレットとして、鳴尾記念に続いてメイショウオオドウ行きますか? それともテイエムオーシャンがとばしますかね? 2頭出しのトコの思惑が知りたい・・・が、なんだかんだ考えても、底力を考えればすんなり去年と同じ決着ですかね」
「今年の菊花賞をどう見ますか? 今年の3歳強いってしってるでしょ、みなさん。ボクはジャンポケ負かしたマンハッタンカフェはここでも強いと思うけどなぁ」
「最近の流れは騎手にあり。ペリエがいないここは、デムーロ。トウカイオーザは勢いで来るかもしれないよ」
「どの新聞見てもオペラオーはグリグリの串ダンゴ。単勝はついて1.5倍かな。2倍はいかないっしょ。負けグセついた馬ですよ。それでも買うっていうんなら、ムリして止めやしませんけどぉ・・・ぼかぁ最強3歳の秘密兵器シンコウカリド総流し」
それぞれ誰が言ったのか想像はつくと思う。シンコウカリドはむろん甘木君だ。最後の最後まで私にタテをつく。
私は皆さん方の盛り上がり具合を見て、こんな趣旨のことを言った。
「なんだよ有馬記念。なんてことはない。年が明ければ、すぐに金杯だ。今年の面子をみればとくにそうじゃないか」。
すると、駒木さん、「うん、その通り。でも年が明ける前に阪神最終レース。私にとっての夢は今年のJRA最終レース、阪神のファイナルSのコンタクトなんで。ここを勝って京都金杯もブッコ抜くんですから」
あの冷静な駒木さんが、いやに入れ込んでいる。すると蕎麦屋の久がぼそり。
「またまたぁ、いちばん入れ込んでるのはテラさんでしょう。どっちにしても 日曜は感涙にむせぶんでしょうねぇ」
それを聞くなり、皆がいっせいに手を叩いて喜んだ。私もつられて吹き出しちゃった。
そうなんだ。夢だろうが、欲だろうが、競馬をやれることが人生の楽しみではないか。楽しみながら悩んで買い目を決めることにする。たぶん、私はオペラオーとマンハッタンカフェの“馬単”1点を握って見ることになるだろう。来年も私の馬は夜疾駆るのだから、3歳の代表にきっちりと引導を渡して欲しい。
単勝? 知ってのとおり、秋の天皇賞からこっち転がってないよ。
bU7 阪神牝馬S (2001.12.16) 今回はそろそろ走り頃のムーンライトタンゴ・・・
酒呑みだから、冬が好きだ。
木枯らしに追い立てられるようにコートの襟を立てて、酒場通りへの筋を曲がると立ち並ぶ店の看板や灯が実に懐かしく暖かく見える。その一軒に入るとオレンジ色の光と湯気の中に馴染みの顔が浮かぶ。汗を拭き拭き、クーラーの効いた店の中に飛び込んで生ビールを一気に煽るのも悪くはない。だが、私は冬の酒場のインティメートな雰囲気の方がいい。早くにお袋を亡くしたためか、それとも帰る家庭が無いせいか。
それに、冬はなにより夜空がいいのだ。二軒目を出て、ふぅと白い息を吐いてから見上げると、透明感のある藍黒い空に、白みが強くて輪郭のはっきりとした寒月がかかっていることがある。月が見えずとも星が冴え冴えと瞬いている様子は、都会では冬にしか見ることができない。こんな空の夜更けは決まって風が吹いているから、冷たさで体中の細胞がぎゅっと締まって、酔いの回った頭の中がキーンと凍え、覚醒(さえ)渡っていく。
丁度、昨日がそんな夜だった。
「行ったことあるのよ。だけど、ちっとも面白くなかったわ。一生懸命見たのよ。だけど、ぜーんぜんっ」
新橋の「紫晃」で鮨を摘んで呑み始めてから三軒目。四谷・荒木町のバー「J」で祐子ちゃんが言った。
「それに、競馬場って人格が豹変するのね。普段、穏やかでおっとりした人なんだけど、しゃきしゃき歩きまわってるかと思えば、こんどはレースが始まったとたんじーっと黙り込んで、突然大声で叫ぶんだもの」
この秋、競馬好きの同僚に誘われて中山に初めて行ったらしい。「ガラス張りだったわ」というからロイヤルボックスかなにかの指定席だろう。その話をしてくれたのだが、ま、よくある種類の初体験の感想である。
祐子ちゃんは、仕事で付き合いのある某出版社のいわゆるキャリアウーマン。見目かたちは・・・そう、下駄を履かせた例えを出せば、10ン年後の渡辺満里奈といったところか。それにしても、おかしい。それこそ10ン年前から知っているが、これまで競馬の話など一度もしたこともなかったのだけれど。「ちーっとも面白くなかった」ってわりには、やけにご機嫌よく喋っている。
ふむ。考えてもみなかったが、祐子ちゃんはれっきとした独身女性だからなぁ。
「いい人なの?」。それとなく訊ねる。
が、祐子ちゃんはオレンジブロッサムを一口啜ってから、「誰が」とトボけてみせる。
「照れる歳でもないだろ。だから、そのおっとりした穏やかな二重人格がさ」
「あぁ、アレ? 悪いひとじゃないけど、気遣いが過ぎるっていうか、きっとアタマがいいのね。わたしの先廻りしちゃうのよ。んー、でも、やっぱりよくわかんない。いろんな男性見てきたけど、男のひとって、やっぱりわかんない。それに最近のテレビドラマじゃないけど、恋を何年も休んでるとねぇ、カンも鈍ってんのかな」
「ふーん、そんなもんですかね」
私が酔い覚ましに呑んでたキリンの小ビンの残りをグラスに注ごうとしたら、祐子ちゃんが私の手から取り上げてウインクした。
「わからないのは、お馬さんも一緒でしょ?」
私は、深く頷いて、祐子ちゃんが注いでくれたグラスを干し、返事をした。
「だけど・・・面白いよ」
さて、阪神牝馬ステークスはどうしようか。格から言えば、スティンガーだろうが、札幌記念惨敗の後の休み明け。まだ太め残りらしいし、前走は明後日の方を向いて走ってたくらい口向きが悪いから阪神では不安だ。そうかと言って、スティンガー同様に牡馬に混じって第一線で頑張ってきた歴戦の牝馬ビハインドザマスクも取りこぼしが心配。そこで、今回はそろそろ走り頃のムーンライトタンゴ。相手は逃げのヤマカツスズランとエイシンルーデンス。取り損ねると悔しいからスティンガーまで応援したい。
「J」を出て、祐子ちゃんは「バイバイ」と手をふってタクシーで帰った。はたしてこれから、競馬と男のどっちに「面白さ」を感じるのか。今度会う時、競馬ファンになっているとしたなら、両方ってことか。
私は、四谷三丁目まで歩いた。荒木町の細い路地から見上げる狭い空にも、冬の星が瞬いている。やはり、夜は冬がいい。
bU6 朝日杯フューチュリティS (2001.12.9) ベガっ仔のアドマイヤドンから・・・
「『栴檀は二葉より芳し』なんていうが、『大器晩成』ともよく言うじゃないか」
私はアキちゃんにこう言った。
そして、「登竜門を昇り切れば鯉も龍となるというけれど、竜頭蛇尾に終わることもある。そうそう、エリートが挫折の末の凶行なんてのがワイドショーに出たりするだろ。試験の結果が人生の全てを左右するわけじゃない・・・『寧ろ鶏頭となるも牛後となる莫れ』というよ。身の丈にあった場で実力を発揮できることもあるからね。無理させないで、入れるトコロでいいじゃないか」と慰めてみた。
蕎麦屋の久によると、アキちゃんはお昼に上の娘の高校受験で3者面談がに行き、帰ってきてからずっと元気がないのだという。そうか、あの子が受験ねぇ。早いもんだ。ついこの間まで、帰りを待ちきれないのか、妹とふたりで背伸びして引き戸の硝子越しに又八郎の店内を覗いてアキちゃんの姿を捜してたり、前の路地でちょろちょろ遊んでいた気がするが、もうそんな歳になったかとしみじみしてしまう。
アキちゃんが何時もの調子じゃないんで、入らぬお節介だけれど、つまらないことを意見しちゃったというわけだ。
すると、アキちゃん。「そうじゃないのよ。本人が実力より上の学校を受けたいっていうのよ。先生の話じゃ5分5分だってところ。私は落ちたら可哀想だから、確実な学校を単願で受けさせたいんだけどさ」
そういえば、「私に似て出来がいいのよ」なんて言ってたけど、あながち冗談でもなかったらしい。私なんぞにも会えばしっかり挨拶するような、おりこうさんの出来た子だ。
だが、この先、どんなふうに育っていくかなんて私に判る筈もない。入った学校で多少は違うだろうが、しっかりした子だから何者かにはなるとは思うけれど…
「挑戦してダメなのと、避けて通るのじゃ、結果がどうだろうが、後々どうかね。それに受かるかもしれないじゃないか。本人が一番よく考えてるんだろうから、好きなところを受けさせてあげればどうだい」
私は、さっきとは正反対のこと言った。この辺りが実に無責任だと思う。が、私の言いたいのは、「本人の意志を尊重する」というところにある。
そう、馬券も同じ(?)。朝日杯フューチュリティステークスはクラシックの登竜門でメンバーも現状では揃った感があるが、サラブレッド人生の全てがここで決まるわけではない。みんな全力を尽くして走ってもらいたい。いつかは挫折する日が来るにしても、私は願いを込めて、そのまままっすぐに育ってほしい馬を買うことにしよう。すなわち、ベガっ仔のアドマイヤドンからフサイチコンコルド産駒のバランスオブゲーム、マル外のシベリアンメドウとカフェボストニアン。3頭とも敗けしらず。一丁、縁起を担ごう。
「まだ、試験までは時間があるだろ。有馬までに少し浮いたらだけど、合格祝いは思い切ってはずむよ」。
洗いものをしているアキちゃんに声をかけてから、又八郎を出ると、夜寒に首筋がぞくっとした。マフラーを忘れたことに気づいて、踵を返すと、アキちゃんが追いかけて来て、少しだけニコっとしてから手渡してくれた。
冬はこれからが本番だ。でも、その先には春が待っている。
bU5 阪神ジュベナイルフィリーズ (2001.12.2) 阪神の芝1600bは馬番8番以内の内枠の馬を・・・
お馴染み、手打ち蕎麦「又八郎」の店先に、自転車が置いてあった。店構えに似合わない派手なカラーリングのマウンテンバイクだ。
(若い客でもいるかな)と思って暖簾をくぐったが、店ん中には見慣れた甘木君と音さんの顔しか見えない。
「おやっ、遅いじゃないっすか先輩。オレより先に事務所出たでしょ」
と、なんだかニヤニヤしている。
「あぁ、ちょっと神保町ぶらっとしてたからな…それよりお前早いなぁ。えらくラフな格好じゃないか、一度家に帰ったんか?」と答えてから、気付いた。
「お前のかぁ?」
「あれ、わかっちゃいました。カッコいいでしょう。今、自転車も安いっすね、あれで4万円ちょいです。先週のJC、先輩が『来年だな』って切ったジャンポケとオペラオーの1点に絞ったんですよ。お陰様できっちり取れました。ジャングルポケットって名前にしようかな、あのバイク」
私が新橋の事務所を出たのが6時半、今、8時ちょっと前だから、私より遅かった甘木君が上北沢の家に帰って着替えて出てきたんなら、中井まで30分もかからなかった計算になる。
「しかし、はやいな」
「ま、甲州街道から山手通りへ曲がって、ざっと10キロってトコですかね。ボクのジャンポケには適距離ですよ。京王線、大江戸線まわりよりずっと速い」
しかも甘木君、途中、落合の交差点で壁紙屋の博也君に会って、ひとしきり自慢してから来たという。博也君は、いいな、いいな。ボクもJCとったから『ジャンポケ』買おうかな」なんて言ってたらしい。
蕎麦屋の久までもが「私も買いましょうかね」とニコリ。
なーんだ結局、みんな馬券取ったわけか。そうか、そうかっ。
スネていたら、音さんが言った。
「自転車っていいね。ボクんとこは貧乏だったから、自転車なんて買ってもらえなくてね。もっとも、周りにも自分の自転車持ってる子供なんて、そんなに居やしなかった。でっかい大人用の奴を貸してもらって、足がぺタルに届かないからフレームの間に片足突っ込む『三角乗り』なんてので乗ってさ。コツがいるけど、上手い奴はホントに上手かったね」
三角乗りなら、私にも覚えがある。傾けすぎるとぺタルが地面に当たってスッ転ぶ、ハンドル操作も難しい。つまり、御するのは容易じゃない。私はどこまでも走っていけたけれど…
それから、とんだことも思い出した。府中が今年最後だし、駒木さんに誘われたこともあってジャパンカップは馬場まででいった。昼休み、競馬博物館でも覗こうかってことになったのはイイのだが、つい調子に乗って2階の騎乗シミュレーションのロボット馬に跨っちゃったのだ。先に駒木さんが乗った。スタートを切るなり、鞍から立ち上がっての本格的な騎乗振り。ガイドのお姉ちゃんにも「お上手ですね」なんて言われている。本物にいつも乗ってるんだから、当たり前なんだけどな。
よーし負けてられるか。コースは芝の千六百。オネエチャンが「スローにしますか,ハイスピードにしますか」と訊く。当然、「ハイスピードお願いします」と、答える。鐙に足をかけ、立ち上がった。むろん、両足の親指だけで騎乗する(つもり)。
これが、きついのなんの、内股が痛いのはともかく、尻の筋肉が引きつる。
「さぁ、これから直線です。速くなりますから、気をつけて…」
それに、引きつった笑顔で応えるヒマもなく。
駒木さんが傍らで「そら、手綱はもっと低く。追って!追って!」と、笑う。その後では外国馬の関係者らしい3人連れが、これまたにこやかな笑顔で私の騎乗振りをご見学している。
追うなんて、そんなもん出来やしません。やっとゴールした。
かの如く、乗り物は難しい。三角乗りの天才が泣きを入れる馬は最も難しいといってのではないか。しかも、その場を動かないロボットだぜ。
この話は、又八郎ではしなかったが、これだけは言った。
「なんにしても乗り物は、乗り手次第だね。2歳牝馬なんて大変だろうな。乗り役比べのレースも組まれているけど、ジュベナイル・フィリーズも騎手で買う。けどペリエじゃない。ここは武豊、ツルマルグラマーから。中舘のマイネヴィータ、福永のシェーンクライト、デムーロのヘルスウォールまで。サブちゃんとこのヒボタンねえさんは付いてる男が気に入らない。年増になってから買おう」
因みに駒木さんは、東京2000芝コースや阪神の芝1600bは馬番8番以内の内枠の馬しか買わない筈だ。名手武豊に大外を上手く裁いてもらって、ついでに駒木さんをギャフンと言わせたいものだが・・・・。
約束があったので、JCの勝利で盛り上がっている又八郎を先に出た。すると、私の後ろ姿に甘木君が声を掛ける。
「せんぱーい。足でも痛めたんですか。へっぴり腰ですね」
白状すれば、歩くたびにお尻と内腿の筋肉がまだ悲鳴をあげるのだ。
bU4 ジャパンカップ (2001.11.25) 鞍上ペリエで勢いをつけた3歳のジャングルポケットが面白い・・・
競馬において(むろんレース前の話だけど)「絶対能力」と「相対能力」と、どのような違いがあるか?
答えは明らかである。信じている馬だけが「絶対能力」を問われるのであって、迷った挙句に選んだ馬で問題となるのが「相対」である。だって、絶対の馬は比べるまでもなく買うんだから…
私が、「又八郎」のカウンターで浦霞の熱燗をコップで煽りながらこんなこと言うと、甘木君が「ま〜た、始まった」ってな顔をする。ついに耐え切れず「絞りきれないと、すぐソレなんだから」とあからさまに私の批判を開始する。
だが、私は負けない。「先週のGT、マイルCS。コンタクトから流して外しても、3角から4角にかけてすっごく楽しめたし、勝ち馬から1秒差なら文句はない。ジャパンカップも同じだ。カネ儲けようと思って競馬なんかヤル奴の方が理解できない。無論、儲かるにこしたことはないけれどもサ」
熱燗をグっと呑み干して、さらにこう言ってやる。
「ジャパンカップのようなレースで、情報を集めて比較論を持ち出して、どれが強いと語ることに必然性があるか。あん? ま、そりゃあるかもしれないが、オレはいくら情報を集めても、オペラオーの補強材料にしか使わないね」
そこは甘木君、「強情というか、原理主義者というか。そこまでくれば、負け惜しみも立派ですね。最後まで神国日本の勝利を信じていたブラジル移民の『勝ち組』みたいなもんですよ。そう言えばギャグニーってブラジル産ですってね。買ってみたらどうですか」と憎まれ口を叩く。
そしたら、競馬国粋主義者のリューズバーのマスターが私の応援に回る。
「私もテイエムとメイショウドトウ、ステイゴールドの国内最強古馬の組み合わせでいきますよ」
こんな風に話は落ちていった。そこで思う。勝負事は常に決断を迫られるわけだが、逆に競馬は情報量が多い分だけ、その人の感覚というかカンというか、あるいは感受性というかで大きく結果が左右されるんじゃないか。丁半博打ならば勢いで決められるが、競馬は勢いだけで決めるには予見されるファクターが多すぎるのは事実。でも、多いからこそ迷いが堂々巡りをはじめ、いっそのこと勢いで決めたくもなる。人間性が如実に出る所以だ。
それはそれとして、おそらくテイエムオペラオーは一番人気になるだろう。サッカーのホームとアウェイではないが、地の利は確かにある。去年も勝っているし、距離もぴったりだ。だから、馬券の妙味はない。日本馬を狙うなら、鞍上ペリエで勢いをつけた3歳のジャングルポケットの方が面白いかもしれない。
久振りの燗酒が回ったか、こんなこと思いながら、ボーっとしてジャパンカップの馬柱を見ていたら、蕎麦屋の久が「テラさん。電話っ」と声を掛けて寄越した。受話器をとって見ると、私の迷いを見透かしたように師匠、駒木さんからタイミングよい(悪い?)電話だ。
「テラさん、JCのハズレ予想はなぁに?」ときた。
そこで「師匠。今回はオペラオーからドイツのパオリニを本線にします。血統のことはあまり分かりませんけど、オペラハウスとランドなら、この府中のニイヨンを走ったことくらいは憶えてますから。その子供が直線、併せて追い比べなんて楽しいじゃないですか。あと、大逃げ期待で蛯名が乗るウィズアンティシペイション、ゴーランまで。ジャングルポケットは来年のお楽しみ…。JCダートはクロフネから外国馬へ。アメリカの3頭に流してみます」
私はこんな返事をした。これで外してもいい。
何故って?オペラオーが負けたら人気を落す。それこそ、何度か見たことがあるような引退前の有馬記念の大駆けが楽しみじゃないか。
因みに駒木さんは、20年前第一回のメアジードーツの衝撃以来、ジャパンカップは馬券対象のレースにはしてないらしい。当日は勿論パドックにいるものの、馬券勝負は裏開催の中京と決めている。
bU3 マイルCS (2001.11.18) 軸はエイシンプレストンも、単はペリエ騎乗のゼンノエルシド
「なっ、言った通りだろ?エリザベス女王杯っ。5歳、3歳、4歳でワン・ツー・スリーだ。もうゴール前は血湧き肉躍ったなぁ。馬券が当たろうが、当たるまいがどんなこたぁ、どうでもいいね。いいレースだった、実に良かった…うん」
「いやぁ、テイエムまではもうおんなじだ。屋根の差がでたかな」
私は無理やり声を弾まして、こんなことを言うのだが、新宿・中井の手打ち蕎麦「又八郎」の店ン中はしらーっとしている。
イヤな間があって甘木君がひと言。「そりゃ、その通りですよ。でも、先輩が言うのは負け惜しみってもんですよ」
修さんも「そうだ、そういうのがまさに負け犬の遠吠えってんだぜ。二重マルが連を外しただからな」と、手厳しい。
「その点、駒木さんはホントに『仕事キッチリ』って感じですね。カッコいいです。中穴1点買いだもんね」
甘木君の言葉に音さんがすぐに応える。
「ボクは信じてたよ。乗っかって3千円取らせてもらった。だいいちテラちゃんとは視点が違う。TMだから買うような浮ついた予想はしないからね駒木さんはサ」
うっ、さらに厳しいお言葉に声が詰まる。小さい声で「でも、ワイドなら一点あたってんだけどな。美味しいトコ」ってブツブツ言うと…
甘木君が「あーあ、まったくもって往生際が悪いというか、未練がましいというか、救いようがない」
私は、皆さまのケーベツの視線に耐えかねて早々に「又八郎」を引き上げたのであった。これが月曜日。
さて、火曜日の夜、渋谷のスナック「優駿」。ちょっとした仕事絡みのことで師匠駒木さんと飲んだ。駒木さんは、今や各地にチェーンでも展開している芝の老舗の洋食屋「東洋軒」を経営している他に、さる非営利団体の仕事もしている。
無論、仕事の件はソコソコに自然に話しは競馬の方に流れていく。私は昨夜のことを思い出して頭を掻いた。
「参りました。1点予想はともかく、私はトゥザヴィクトリーから流すべきでした」
私は先週、駒木さんの予想を訊いて、トゥザヴィクトリーで見解が一致したから、大胆にも「相手はテイエムオーシャンかローズバドかで勝負しましょう」と、持ちかけたのである。
すると、駒木さんは笑いながら「トゥザヴィクトリー ⇒ ローズバドの確率は今回に限りかなり高いと思いますが、もしローズバドに運が向けばローズバド ⇒ トゥザヴィクトリーじゃないでしょうか?どちらにしても、ハナ、アタマの差でしょうけれど・・・・」
今思い出しても身震いする予想だった。そして今夜も駒木さんに訊いて見る。
「マイルチャンプはどうでしょうか?マイルといえば、いちばん層が厚いとこですもんね。皆狙ってくるから、なんか渋い馬が出揃っちゃって…スプリンターでも嵌れば来ちゃうし、展開ひとつ。でもダンツフレームはさすがに買い難い。私は今回はキレ脚信じて天皇賞の無念を晴らすエイシンプレストン。相手も末脚決まればのメイショウオオドウ。今回はどれが来ても変じゃない。やっぱり好きな馬からでしょう。」
駒木さんは「やっぱり、そこに行き着きますか。エイシンプレストンの軸はいいと思いますが、無理して1点にしなくても…」。さっきに増して呵々と大笑い。私の競馬スタイルが可笑しくてしかたがないらしい。だけど、決してバカにしているワケじゃないから、私もつられてつい笑ってしまう。
照れることなく、「それで?」ともう一度、駒木さんの見解を促した。
すると、駒木さん。「今回は馬券は度外視して、私も好きな馬、そして運がある馬から遊ぼうと思っているんです。18番目で出走できることになったコンタクト。以前騎乗した豊騎手やペリエ騎手のコメントからも馬鹿にできないんじゃないかと。今回もペリエ騎手に乗ってもらえれば面白かったんですが、連闘というのにちょっとばかり胸騒ぎがして・・・・。」
そうだ、コンタクトは連闘で3戦3勝、うん。甘木君たちには内緒にしておこう。今回こそ1点買いでいこうと思っていたが、ちょっとばかり私も遊んでみたくなった。コンタクトに加え、単まであるかもしれないペリエ騎乗のゼンノエルシド。大師匠の前では恥も外聞もあったもんじゃないのだ。
bU2 エリザベス女王杯 (2001.11.11) 「今年は『トゥザヴィクトリー ⇔ ローズバド』の1点で・・・」
「こう見えても俺ァ、『オヤジの皮を被った狼』なんだ」
そう言って、修さんがアキちゃんを襲うマネをする。アキちゃんも付き合いがいいから、「キャー」なんて逃げるフリをして見せる。
それを見て甘木君が「あーあ、そんなことやってるようじゃあ、修さんは『オヤジの皮を被ったオヤジ』そのものですよ」とバカにした顔をした。
「何ぃ、おまえなんか、『余分な皮を被ったシメジ』のクセして」
「なに言うんですか。ボクぁ、マツタケですよ。松茸っ」
この二人の漫才は何時ものことだが、さすが甘木君は正直者。「余分な皮〜」てところまでは、否定しなかった。だが、傘の無いマツタケって一体どんなんだ?
アキちゃんが「やだぁ〜」って言いいながら甘木君の背中を叩く。それで、正直な発言を後悔したのか甘木君。ちょっと気恥ずかしい沈黙の後、「修さんなんか、どう言い繕っても見たまんまだけど、見かけと中身が違うってのは、よくあるケースですよね」と、周りを見渡して話を逸らす。
根が単純なリューズバーのマスター。甘木君のキノコ問題を蒸し返すことなく、それを聞いて何時も通りに我が身を嘆く。
「いやぁ、見ただけじゃ分かりませしぇんとも、イッチョン分かりましぇん…。馬と女っしょ?甘木さん」
「そう、よぉ仰いました。マスター。馬と女性にゃ、沿うて乗ってみんことには分かりまへん」
お互いに心情を吐露する。そんな時には、お故郷訛りがつい出てしまうらしい。麗しい…キズの舐め合いだ。
こんなとき、冷静に話を正しい道に戻すのが「又八郎」における私の役目である。
「今度のエリザベス女王杯は、まさにそのぉ、女のお馬の頂点のレース。予想も難しいねぇ」
すると蕎麦屋の久が「3歳の小娘達をどうするかですね。案外、秋華賞組だけでいいよな気もしますが」などと、皆に水をむけてくれる。この辺は阿吽の呼吸。
リューズバーのマスタは「前走一杯になっちゃって人気を落すヤマカツスズランですね。馬っぷりがいい。うまくハナ行けるようなら今度は粘れるかも」
すると甘木君。「今度はって言えばローズバドでしょ。不利も何もなければ、爆発力が違う。小股が切れ上がっている。しかも若い」と、早くもマスターを裏切って違う見解を出す。
私は思わず笑いながら、「ホントのとこ、修さんは?」と訊ねた。
「逃げがきまるならショウナンハピネス。豪脚爆発ならば…タフネススターだな」
このひと、相変わらず馬と女の好みはマニアックである。
私は、エリザベス女王杯が牝馬の最強戦だとするならば、脚質もローテも関係ない。世代の代表同士の争いが見たい。すなわち、3歳は勝負付けが済んだとみてテイエムオーシャン。4歳は…うーん、ティコティコタックかな。5歳も迷うところだが、マルカキャンディよりは、トゥザヴィクトリーだろう。強い馬がキチンと調整してくるのであれば休み明けも関係ない、と見る。この3頭のボックス。
そしたら甘木君が、「先輩はやっぱり、『ニヒルの皮を被ったミーハー』なんですね」とバカにする。
修さんもニヤリとして言った。
「『女なら何でもこい』。見境がない奴。こういうのが一番危ないんだ。自分も相手もケガしちゃうんだよ」
っと、その時、駒木さんから携帯が入った。駒木さんは『タケノベルベット ⇒ メジロカンムリ』の7万馬券、翌年は、あのベガはベガでも『ホクトベガ ⇒ ノースフライト』の2万5000円馬券を1点で的中、それでいながら、翌年は『ヒシアマゾン ⇒ チョウカイキャロル』の本命馬券をしっかりと、これまた1点で的中させたエリザベス女王杯の申し子だ。
「今年は『トゥザヴィクトリー ⇔ ローズバド』の1点で・・・」
bU1 アルゼンチン共和国杯 (2001.11.4) トウカイオーザが蛯名で55キロなら狙いたい・・・
最近、陽が落ちるのが早い。いま黄昏たかと思うと、すぐに辺りは暗くなり、肌寒さで、あわてて上着を羽織る。新宿・中井の妙正寺川沿いの桜の葉も落ちて、カサカサ音をたてている。
さて、熱燗でも一杯と、すし哲の暖簾をくぐったら、壁紙屋の博也君がテーブルで盛り切りの一人前をモグモグやっていた。珍しくひとりだ。給料が出たんで、晩飯はお鮨でも奢ろうってとこか。それとも天皇賞を当てたかな。
「おや、月給が出たのかい?ま、ハングリーなボクサーのタマゴでも、たまにゃ贅沢しなきゃな」
博也君はそれには答えず、黙って鮨を食っている。どうも元気がない。
「なんだか知らないが、勘定は持つからトロでもウニでも注文していいぞ。減量はまだ大丈夫なんだろ?」
それでも「いや、いいです」と言う。「ふぅ」と溜息なんかつく。
こんな時はそっとして置く。そのくらいのデリカシーは私にもある。親方に、浦霞の燗とつまみを頼んでからカウンターの角、いつもの椅子に腰掛けた。
しばらく黙って呑んでたのだが…
「テラさん!いくつで結婚したんですか?そん時、給料幾らでした?」
博也君が唐突に声をかけてきた。
「んブッ、うんっ」、私は思わず、浦霞を親方の顔にぶちまけそうになった。
「何言い出すかと思えば、俺ぁ独りもんだぜ」
「でも、一度は結婚したんですよね」
そう、博也君の言う通り。だが、なにせ昔のことだ。
「ありゃあ確か、二十六の歳かな。月給は忘れたが、呑み屋のツケやなんかですぐに前借だったっからね。それでも、一緒になったのは勢いって奴だな。『ひとり口より二人口』ってのかな? 銭カネはどうにでもなるもんだ。ただし、所帯持つってのはそれだけでもないから難しいがね」
博也君だからか、案外と素直な気持ちで思い出した。あっ、そうか。ははーん、さては博也君、一緒になろうって女が出来たな。
「出来たのかい?」。小指を立てて見せた。
「ジムの後援会のひとに連れてってもらったスナックで知り合った上海の娘なんですけど。日本に来たばっかりで可哀想なんです、借金もあって…でもボクじゃ…」
相手がどこまで本気なのか知らないが、よくある陳腐な話だ。とは言え、体はでかいが何かと経験不足の今の博也君には荷が重かろう。それで、鮨のヤケ食いしてるのだから、可愛いといえば可愛らしい。
「一緒になるってのは、そのひとの分の荷物も背負い込むってことだから。人生、それで歩いていけるか、よーく考えるんだね」と応じたが、ふと気付いて付け足した。
「男が荷物を背負い込ましちゃって、捨てられるってのもあるけれど…」
博也君はどうするか。このまま放っておけば、いいと思う。無責任な言い方だが、博也君の勉強にもなるだろうし、その娘もこの国の水に慣れれば、博也君じゃしょうがないことくらい分かってくるに違いない。これからは陽気も景気もますます冷え込んでくるから。
アルゼンチン共和国杯。ハンデの長丁場。背負う荷物が重いか軽いかは、比べて判断するものではなく、その馬自身の器量と乗り手で決まる。そう考えると前走きれいに前を差しきったトウカイオーザが蛯名で55キロなら狙いたいところ。ここから、今週復帰の後藤が乗る56キロのアドマイヤボスと、岡部で52キロなら若いが根性のある世代のハッピールックに。そして、ライアンの子で52キロ、吉田のメジロロンザンの変わり身に期待したい。
実は先週の天皇賞。駒木さんに、また忠告された。
「オペラオーで行くと決めたなら、軸にすべきではなかったでしょうか」
そうである。私はかねて優柔不断なのに、切羽詰ったら勢いで人生を決めてしまって、いつも失敗するのだ。博也君にはその轍を踏ませたくはないが…
bU0 天皇賞 (2001.10.28) アグネスデジタルもくさいですよ。
「敗けて覚える馬券かな…それにつけても金の欲しさよ」
火曜日の手打ち蕎麦「又八郎」のカウンター。甘木君がまたバカなことを言っている。
ボヤくのは何時ものことだが、甘木君は菊花賞で「正義は勝つ」とかなんとか言いながらマンハンタンカフェから流したがマイネルデスポットは抜け目だったのだ。
「あーあ、やっぱ単勝だったな。17倍ついたのになぁ」
何度、同じ言葉を聞いたことか(自分でもいつも似たような言い訳してるようナ気がするけれど)。居合わせた税理士の森さんも同じ気持ちなのだろう、「だけど、2着だったら『馬連だったな』って思うんですよね」とポツリ。
週刊ホースシュートの修さんも「『あれこれと迷った挙句のパラパラ買い…それにつけても金の欲しさよ』『ホラ来たと叫ぶ自分が買ってない…それにつけても金の欲しさよ』なんていうのもあるぜ。な、テラよ」と私をからかう。
リューズバーのマスターなんか、「わたしなんか、この頃カスリもしないから、『…とにもかくにも金の惜しさよ』って感じで、死んだ子の歳数えるようにハズレ馬券の金勘定してますよ」などと、馬券買いにあるまじきことを言う始末。
あまりに湿気った雰囲気なので、私はマスターに絡んでやった。
「マスターは『1・2倍の単勝よりも…わたしゃ、も少し背が欲しい』だろ」
これを聞いて、落ち込んでた筈の甘木君が妙に調子づく。
「俳句だと、決め文句に『床上手(とこじょうず)』なんてのがありますね。『鳴かぬなら 鳴くまで待とう 床上手』なんてぇの…」
「秀吉の『鳴かせてみしょう〜』はまだいいけど、信長の『殺してしまえ〜』ってのは。ちょっと怖いな」
森さんが、受けてくれたのでますます甘木君は図に乗ってくる。
「芭蕉がイイんですよ。『一つ家に遊女も寝たり…床上手』『五月雨を集めてはやし…床上手』でな具合。『荒海やサドに横たう…床上手』なんざ絶品です。最後は『行き行きて倒れ伏すとも…床上手』ですからねぇ」
この男は、話が落ちてくると急にイキイキとしてくる。
私はやさしいから、「芭蕉なら、やっぱ『床上手、ああ床上手、床上手』だろ?あまりの良さに絶句するわけさ」と、一応乗ってやった。
甘木君は「あっ、それイイですね。もらいました」と大笑い。さっきまで「このぶんじゃ、もうすぐ産まれる子供の産着代もない」などと、泣きを入れてた奴と同一人物であるのが嘘のようだ。まったく、立ち直りが早い。ま、そうじゃなきゃ、馬券を毎週毎週買うなんてこたぁ出来ないか。
又八郎の常連同様、立ち直りの早い私は、天皇賞はオペラオーから行く。前走、京都大賞典からの単勝転がしはもちろんだが、馬連も武豊のステイゴールドとの一点。秋の天皇賞だ。府中の二千だ。武ならヨレて失格ってこたぁ、意地でもないだろう。オペラオーもズブくなったと言われるが、もともとそんな馬だ。鞍上が邪魔しなきゃ負けない…と思う。メイショウドトウ?宝塚勝ったんだから、もういいだろ。
と、懲りずに私が言う。すぐさま修さんが水を差す。
「菊と同様、穴馬が匂うね。スローだろ?引っかかるだろ?牽制しあって仕掛けが難しいだろ?まして、名だたる府中の二千だから枠で有利不利もある。匂うね。河内のイブキガバメントなんかの人気薄が、一気に足下すくっちゃうんじゃないかぁ」
G1だろうがなんだろうが、全く入れ込みのない森さんは呑気なことを言う。
「アグネスデジタルもくさいですよ。メイショウドトウとマル外でワンツーなんて面白い」
そしたら、蕎麦屋の久がカウンターに飾った花を顎でしゃくってみせて、ぼそり。
「この花。フランス菊ってんです。菊は天皇家の御紋章。フランス帰りの武が乗って、この白い花の色の枠に入れば…ステイゴールドでいいような気もしますね」
さぁて、オペラオーは白菊の花弁の真中に鮮やかな黄色の枠に入るかどうか。
秋らしく感傷に浸る私に甘木のバカが言った。
「ここで一句。『天皇賞…それにつけても金の欲しさよ』」
bT9 菊花賞 (2001.10.21) 蛯名で勝負がかりのマンハッタンカフェ…
「堅き本命を取り、不確かなる本命を避け、たしかなる穴を取る。これ名人の域なれども、容易に達し難し」
馬道の大先達、菊池寛先生のお言葉である。私の師匠筋である御存知、駒木さんの座右の銘(?)でもある。
私は、先の日曜日、まず阪神の渡月橋Sで7番人気のコンタクトの単勝勝負。それで浮いた分を、秋華賞の本線「テイエムオーシャン⇒ローズバド」にそのまま突っ込んで、転がっちゃったのだ。そのウワサを音さんからでも聞いたのか、週明け早々に駒木さんからメールが届いた。
この箴言は、「よかったですね…」の後に続いて書かれていた。そして、メールには「来週からは、『確かなる穴』を取らんことを―」と結ばれてあった。耳が痛い。
反省した私は、「たしか、JRAのホームページに菊地先生の『我が馬券哲学』が載っていたな」と思い出して、開いてみた。プリントアウトして、新橋のカウンターバー「ニッカクラブ」で一杯呑みながら、しみじみ読んでみた。
これが、ね。どうも難しい。反省した。御免なさい。私が悪う御座いました。どうか勘弁して下さいまし…なんだか、遠山金四郎に諭されるヤクザ者状態に陥ってしまう。
と、まぁ、これまでの馬券買いを振り返り、独り泣いていたんだが、その時、悪い奴につかまった。
「おやっ、寺川さん。お久しぶりです」
こんなに丁寧な挨拶される知り合い居たたかな、と見れば、昔(といっても5年ほど前だが)、うちの事務所でバイトしていた渡会君だ。
彼は、某国立大学に通っていて、その当時から育ちの良さもあって爽やかな好青年であった。馬もやればテニスもある。趣味も広い。眼から鼻に抜けるタイプであって厭味は感じさせない。しかも馬の話をすれば、血統から過去のデータからやたらに明るい(シンザンの話くらいは平気で持ち出す)。3年前のダービーの記憶すら怪しい私など「そ、そうだっけかな」と及び腰になる。いやぁ、博覧強記の20代の競馬ファンってのは困る。屈託が無いだけに始末に困る。
「菊花賞どうです?今度はスローになりそうですね」
渡会君が当然のように話をそっちへ持っていく。私は反省中なんですけど…
「エアエミネムどうでしょう?この面子で、展開は断然有利だ。それほどの穴馬もいないから勝てると踏んでるんですが」
(そんな訊くなってば、反省中なんだから…でも、ありそうだな)
菊地先生のお言葉が頭をよぎる。
『「何々がよい」と、一人これを言えば、十人これを口にする。ほんとうは、一人の人気である。しかも、それが十となり百となっている。これが競馬場の人気である』
いかん。うっかり肯いちゃイカン。『人に聞いて取りたる二百円は、自分の鑑定で取りたる五十円にも劣るべし』なのだった。
「いや、エミネムは三千持つかな?」。かろうじて言い返す私。
「でも、デインヒルで無理だと言えば、ジャングルポケットのトニービン、ダンツフレームのブライアンズタイムだって一緒でしょう?」
(だから、俺に血統論を持ち出すなってばよ)。だけど、こんな言葉も頭をかすめる。
『サラブレッドとは、いかなるものかも知らずに馬券をやる人あり。悲しむべし。馬の血統、記録などを、ちっとも研究せずに馬券をやるのはバクチ打ちである』
(そうだった。そうであった。私はバクチ打ちなのだ。すみません)
眼頭に涙を溜めて、懺悔する。(菊地先生。苦節二十余年。分かりません。分かったような気はしたことあったけど、まったく分かりません)
渡会君は、涙ぐむ私を不思議そうな顔で見ているだけだ。
さて私の菊花賞。ジャングルポケットとダンツフレームを『堅き本命』としたいところだが、どうも『不確かなる本命』である。それならば『たしかなる穴』を求めて、蛯名で勝負がかりのマンハッタンカフェ…。あと一頭いいでしょうか?四位君のテンザンセイザ。
根拠?…菊花賞だからである。
『自己の研究を基礎とし人の言を聞かず、独力を持って勝ち馬を鑑定し、迷わずこれを買い自信を以ってレースを見る。追い込み腺に入りて断然他馬を圧倒し、鼻頭を以って、一着す。人生の快味何物かこれに如かんや』
理解してくれる人は理解してくれるだろう。
この予想を明日、新宿・中井の又八郎で、音さんや修さん、森さん、博也君、リューズバーのマスターや甘木君にも披露することにしよう。
だが、あとひとつ菊地先生の有名な言葉があったな。
『情報信ずべし、然もまた信ずべからず』
bT8 秋華賞 (2001.10.14) 本線はテイエムオーシャンとローズバド。
「先輩!よかったですね。幾ら突っ込んだんです?」
「まぁ、よかったんだかどうだか。なんだか…ねぇ」
「いや、運も実力のうちですよ。いやあ、勝負強いな」
めずらしく甘木君が私を持ち上げるのにはワケがある。こいつは馬券的に妙味のない京都のレースは“見”して、府中の毎日王冠で私が切ったロサードから入り、きっちりと取ったのである。
甘木君の厭味は別としても、京都大賞典の結果だが、どうも面白くない。私はオペラオーの単勝を3万、ステイゴールドとの枠連5−6を5千円持っていた。ステイゴールドの失格で2−5が外れたのはともかく、オペラオーが繰り上がりで優勝ってのがすっきりしない。失格って、7頭立てだぜ。これじゃあ、オペラオー単勝を転がそうと決めたのに「よーっし!」って気持ちにならない。それどころか、天皇賞で武豊が屋根なら「確実にステイゴールドに負けるんじゃないか」って暗澹たる気持ちになった。フランスでも武君は大活躍だ。
競馬ってのは馬が走るのか、人が走らせるのか。いろいろと説はあるけれど、ホントのところはどっちが重いのだろう?少なくとも馬の走る能力を殺がないのが騎手の仕事だとすると、馬の能力比較だけでもいいのだが…
そしたら、週刊ホースシュートの修さんが言った。
「そりゃ、馬券はリスクとリターンのバランスよ。その馬の勝つ可能性が6割だと見たとする。それでもって、乗り役が不安でオッズも単勝2倍を切るんじゃ買えない。ほかに屋根人気の馬がいて、6割方勝つとと踏んだ馬のオッズが相対的に上がるんなら買いだろ。乗り役と馬の相性もある。人気薄でもこの馬にこの騎手ならひょっとして連に持ってこれると見切れば、そっから流して面白い」
「わかっちゃいますがね。血統、実績、時計、コースとの相性、脚質、展開その他もろもろ、買い目を決めるファクターはいろいろある。だけど、考えて買った馬が騎手の乗り方でどうのこうの、ってのだけはなんだか腹が立つんですよ」
そう言うと、「そうそう。先輩は他人に厳しく、自分に甘い」と甘木君がまぜっかえす。
悔しいから、「馬鹿野郎!毎度まいど、俺の落ち穂拾いで儲けやがって」と怒鳴ってはみた。が、それはそれで一つの情報の取捨選択、見識ってものかもしれない。
勝負に関わるいろんなファクターを集めて、捨てて、組み合わせて、自分なりのストーリーを作る。それが必然として結果に現れたのだと信じれば、それは偶然ではない…から。ただ、考えてもいなかったファクターでの結果オーライ(枠連の代用品とは違う)では戸惑ってしまう。今回の場合は運というファクターだと考えてもいいのだろうが、競馬の真実が偶然にだけあるのなら宝くじ買うのとそれほど差はない。
そこで秋華賞。本線はテイエムオーシャンとローズバド。これとは別にローズバドからムーンライトタンゴ、ノブレスオブリッジ、ドリームカムカムへ。
甘木君がクビをひねって「オーシャンからじゃなくて?」と訊く。
自分でも本来ならオーシャンから流すのが私の馬券だと思う。そうしないのは、本田がイヤだというのでもないし、オークス以来を嫌ったのでもない。強いて言えば、ちょっと気持ちが「屈折モード」に入ったとでもいうことかな。
すると、悪気はないのだろうが蕎麦屋の久がグサっと来ることを言った。
「それでもオーシャン、一応買うんですね」
いいじゃないか、レディパステルは買わないんだから…
今度はすっきりと、私のストーリーが真実として歴史に残って欲しいと思っている。
bT7 毎日王冠 (2001.10.7) 横典ならロサードかな・・・
外れるように外れるように馬券を買う者がいるかと思えば、レースが終わり掲示板の数字をそのまま並べたかの如き馬券を手にしている者もいる。
前者については言わずともお判りだろう。後者は、さる進学校の歴史の教師をやっている赤川さんである。このところバカに馬券が好調なのだ。
「ハタと気付いたわけです。『この条件、この馬場、このメンバー構成のレースは、かつてこのように決まった筈だ』とね。ま、全てのレースというわけじゃありませんが、例えば、テネシーガールが逃げ切ったセントウルSなんか読めましたね。でも、スプリンターズSでテネシーガールは買っちゃいけないんです」
赤川さんは、好調の秘密をこう語ったが、私には納得できない。
「だけど、条件が同じでも全く同じ馬が走っているわけじゃないでしょう?だから面白いんじゃないんですかね。ま、大前提となるレースに関しての記憶力がボクは皆無に等しいから文句言えた義理ではありませんが…」
「経験則ですよ。とは言っても、私の場合かちっとしたデータに基づいた法則ってわけではないんです。勘とかデジャヴュてのとも違う。なんとなく思い出す。そう、なんとなくレース自体の雰囲気があの時と似ているってね」
「そんなものですか。ボクはいつもレースは新しい歴史であるような気がするけれど…」
話が噛みあわないのを見かねて、出張帰りで「又八郎」に顔を見せていた駒木さんが言った。
「ありますね。そういうことも」
赤川さんと駒木さんはともに、「大学の専攻は?」と訊かれて、「麻雀と競馬」と答えるクチだ。しかもアタマの切れるタイプだから、積み重ねた経験を今に生かせない人間が理解できないらしい。
そうなのだ。私は競馬だけでなく、人生そのもので学習効果を発揮できないのである。つまり、苦労が身に着かない。火中の栗をとろうと手を突っ込んで何回もヤケドしたことがあるクセに、今度こそは大丈夫かも―なんて考えてしまうのだ。しかも、火バサミを使おうとか、火を消してからなんて考えつかない。ワンパターン。遊びもそう、結婚もそう、仕事もそう。
最近、とかくクスぶってることもあって私は自嘲気味にこんなことを喋った。
すると駒木さんが「でも、自分だけが気付いた事実に拘って、結果的に失敗することもありますから」となぐさめる。そして、自分の銚子の〆張鶴を注いでくれた。
あぁ、秋は酒が旨いな。でも、ちょっぴり寂しーい。
そこにタイミングよく蕎麦屋の久が、「新蕎麦です」といって茹であがったセイロを三枚、持ってくる。
セイロを置きながら、久がボソっと呟く。
「私は、競馬を楽しむように蕎麦を打ってるんですよ」
私たちが「ふん?」て顔をしてると、
「いい蕎麦が打ててもツユが不味けりゃダメ。蕎麦とツユが揃っても、薬味やタネが良くなけりゃ楽しみがない。競馬はレースが蕎麦、ツユが馬券、薬味は新聞やデータなんかの情報です。三つ揃うとホントに美味しい」
久にしては気の利いたことを言う。私は反省した。いい蕎麦は毎週ある。今度こそ、自分の好みにあうツユをつくっておいしく競馬を頂くことにしよう。
で、薬味はどんなの用意しようか。駒木さん、赤川さんに訊こう。
「京都はともかく、毎日王冠はなんです?」
赤川さんは「マグナーテン」と即答。ちらっと久を見ると、深く肯いて「いいですねマグナーテン。センハチならいけそう」だと応じる。
駒木さんは答えず、「テラさんは今度、何切るの?」と逆に訊ねる。私が「小牧太なら買ったけど、横典ならロサードかな」って言うと、「そうだと思った」とますます大きな声で笑うから、私も頭を掻くしかないじゃないか。
その豪快な笑いに誘われたように音さんが又八郎の暖簾をくぐってやってきた。
「なになに、ロサードだって」
そう、音さんは薬味だけでソバを食べるタイプである。たまに効きすぎて「クーッ」なんて眼頭を押さえて涙なんか流している。
さて、私の毎日王冠のツユの配合だが、今回はこれまでのような天皇賞前哨戦って感じがない。赤川さんは「マグナーテン」って言ったが、かつてこんな馬がこのパターンで勝ったことがあったかな。思い出せない。私好みのツユは、春に大阪杯でテイエムオペラーを負かしたトーホウドリームを軸に、この距離ならジョウテンブレーブとエイシンプレストン、アメリカンボスに流す。ちょいとワサビを効かせてマグナーテンまでか。
京都大賞典は言うまでもないけれどオペラオーの単勝。有馬まで負けて欲しくない。これからオペラオーのレース、全て単勝をコロがしていくつもりである。まず、幾らから勝負するかはまだ決めていない。
bT6 スプリンターズS (2001.9.30) ここは、2連勝のメジロダーリングにもう一丁。
「逃げるってのもなかなか難しいもんでね。商売柄、借金取りや警察に追っかけられた常連も何人かいましたが、みーんなとっ捕まってる。まぁうまく逃げたつもりでも、二度目にゃ捕まるもんです。私自身もガキの頃からお袋から逃げ、近所の雷親父から逃げ、学校のセンセイから逃げ―と、逃げてばっかりの人生ですが、とくに女関係はダメ。逃げ出そうにも女房にはしっかりと首根っこを押さえつけられ、お袋からは逃げ切ったつもりだったが、この歳になって背負い込みました」
リューズバーのカウンターの奥でグラスを磨きながらマスターが言う。このところ店も景気が悪いからか、自嘲気味の投げやりな口調だ。
それに甘木君が「そうそう、悪者に追われる夢なんかでも、あそこまで逃げ切れればってトコで捕まっちゃいますよね」なんて、相槌を打つもんだからマスターのボヤキが続く。
「逆に、追っかけたいようなイイ女には何時も逃げられる」
「捕まったこたぁあるが、つかまえたことない。でしょ?」
「ん、そうです。女も運も“良い”ヤツは逃がし、“悪”が付くヤツにゃ捕まっちまうんですよ」
ふたりの会話を聞いてると、まるでボヤキ漫才のようだ。それでも面白けりゃいいが、つまらないから気が滅入るだけである。
居合わせた修さんも同じ気持ちのようだ。「だけどよ、この中山は逃げが決まりそうじゃねえか?」と、私に話し掛けてくる。
「長いトコの逃げ、短距離は追い込みってのが穴狙いのセオリーですけど…確かに今回は前行く馬を狙いたいですね。穴っぽいところで」
「とは言え、前走、ダイタクヤマトに置いてけぼりを食らわしたテネシーガールが今回も逃げ切れるかどうか難しいな。先行馬は揃っているし、楽には逃がしてくれないだろ。女は逃げる素振りを見せたって、ホントはイイ男に捕まりたいものさ」
「イイ男って?上がりの切れ勝負ならトロットスター軸ですが、休み明けで中間の外傷もあって不発でも可笑しくない。ブレイクタイムもボクは嫌いますよ。むしろダイタクヤマトの方が叩き2戦目だし、馬体も絞れたようで変わり身がありそうです。テネシーガールも『良く見りゃ、いい男ね』って、今度は逃げ脚を緩めるかもしれない」
だんだん、私たちふたりの話も掛け合い漫才になってきた。
それが聞こえたのか、マスターと身の不幸を嘆きあってた甘木君が振り向いて、口を出す。
「ははーん、今回はトロットスターがアタマでヒモがブレイクタイムかぁ」
私には、もはや反論する言葉も無いから、「そうかもな」とだけ言って、空のグラスをマスターに見せておかわりを催促した。中身は焼酎のロック(芋焼酎なんてものがこのバーには置いてあるのだ)。甘木君は、私が相手にしないから拍子抜けの様子。修さんは笑っている。
秋のG1初戦がスプリンターズステークスってのは、どうもピンと来ないが、G1はG1である。そろそろ勝ちたい。でも、実績馬のトロットスターとダイタクヤマトで決まるのでは私の出番はない。ここは、2連勝のメジロダーリングにもう一丁。相手も同じ2連勝の上がり馬ゼンノエルシドとまだまだ男盛りのダイタクヤマト。そして、テネシーガールにも、もう一度逃げて貰いたい。四頭ボックス六点買いはどうだろう。
秋空が広がるであろう中山のメーン。晴れるか崩れるかわからないが、女を信じてみるのもイイだろう。牝馬二頭の行った行ったで決まったならば高配当。ひとつ、女に騙されっぱなしのマスターと甘木君をいいトコロにご招待してあげようか。
bT5 神戸新聞杯・産経賞オールカマー (2001.9.23) 「決まりました。エアエミネムです。そっから流しぃ」
「先輩、ありがとうございましたぁ」
「テラさん、どうもごっつぁんでした」
甘木君とリュ−ズバーのマスターが声をかける。
又八郎の暖簾くぐっていきなりだから「なんだ、なんだ」と驚く私。わけを訊けば、ふたりとも先週のセントライト記念、本命にしたマンハッタンカフェが転んだクセに馬券はしっかりとったんだと。気になったシンコウカリドを軸にした馬券を抑えていたからだという。
「いやぁ、金曜の晩、うちの店にひょっこり駒木さんが見えましてね。セントライトの話になったんですよ…」とマスター。
駒木さんは、カウンターの隅でクダ巻いてた甘木君を見つけて、私がどんな買い目を予想していたかを尋ねたそうである。甘木君は、水曜に又八郎で私が話したとおりに語ったのだそうだ。
すると、駒木さん。肯いてから「寺川さん、名前挙げときながら結局切っちゃった馬が居なかった?」と、念を押したそうである。甘木君は「そういえば、シンコウカリドはお客様かもしれない―なんて言ってましたっけ」と、答えたらしい。
駒木さんは、「それだ、シンコウカリド。アタマに来るかもしれない」とだけ言い残し、ドライマティーニを一杯飲んでから、すぐに腰を上げたという。
結果はご承知の通り。駒木さんのご意見はいつもながら切れ味がある。もっとも、「来るかも」と言ったのは、シンコウカリドの追い切りで何かを感じてのだろうけれど…。
その話を聞いて、蕎麦屋の久までが「そのうち調教師が列をなして『テラさん、切ってくれ』なんて頼みにくるかもしれませんね」と、軽口を叩く。もはや、性質(タチ)の悪いストーカーか厄病神あつかいである。
調子乗った甘木君は、私に「神戸新聞杯は何切ります?」なんて訊く。居合わせた競馬バカの連中が私の答を固唾を飲んで待っているのがわかる。
…イヤなプレッシャーを感じるが、よろしい。お答えしましょう。
菊花賞を展望するとき、トライアルレースをどう見るかだが、先週のセントライトと比べてここは出揃った感がある。今年の3歳は強いとの評判だが、前走、ダービー馬ジャングルポケットを負かしたエアエミネムが焦点となるだろう。しかし、シンコウカリドを甘くみて失敗したからというわけではない。だが今回は、ダービー組を重視したい。クロフネは菊にはいかず天皇賞らしいが、出走を確実にするためにもここは勝ちにいくだろう。ダンツフレームも皐月賞、ダービー2着馬から一皮剥けるにはエアエミネムに勝って菊に行きたい筈。それと、ひと夏越して実が入ったらしいテンザンセイザ。これは、四位君が乗るトニービン産駒で、多分に思い入れもある。それとダービーレグノまで狙いたいが、出てくればアグネスゴールドに替える。
こんなふうに買い目をご披露した。間髪をいれずに甘木君が言う。
「先輩!その4頭のボックスでいいんですか?エミネムは?」
「本線はダンツとテンザン。エアは今、いらない。落ちると困る」
それを聞くと甘木君は、「よっしゃあ!」と、競輪のCMのオネエチャンみたいな声を上げてから、大声で叫ぶ。
「決まりました。エアエミネムです。そっから流しぃ」
まったく、根っからのお調子者である。また、皆が嬉しそうに騒ぐのが余計に面白くない。黙ってビールを飲む。
と、蕎麦屋の久が真顔で「中山は?」と尋ねるから、「ゲイリートマホークの逃げ。あと、関屋記念、新潟記念と外して三度目の正直ダイワテキサス。出走すればアメリカンボス」とブスっと言った。
すると、久はイヤイヤをするように右手をひらひらさせた。
「アメリカンボスは折り合いつかずイクに行かれない。トマホークは目標見えず失速。ボスのお膝元テキサスはダメージ少ないが話題に上らず」
余談だが、リューズバーのドライマティーニはジンストとほとんど変わりはない。ベルモットの香りすらしない。オリーブが楊枝にささっているかどうかだけの違いである。私と駒木さんの勝ち馬に関する見解ほどの些細な違いだが、払う勘定が大きく違うのは何故なのか。今度、マスターに訊ねてみよう。
bT4 セントライト記念 (2001.9.16) 私が選んだ筋書きは、岡部騎乗の良血トレジャーとダービー以来のシンコウカリド。
「結局んトコ、根っこは縄張り争いでしょ」
リューズバーのマスターが寿司哲でテレビのニュース特番を見ながら甘木君に話し掛けている。
「アメリカも世界の大親分なんだったら、『今度の件は、さすがのこの俺もちょっいとばかり腹に据えかねる。が、まぁアラブの親分衆が、多利蛮組の客分の羅電と伊羅苦組の布施院組長を破門して差し出すってんだったら、俺も振り上げた拳を収めねぇこともない。ことと次第によっちゃ、ユダヤ組のことは俺が引き受けてもいい』なんつって、懐の深いところを見せればいいのに。つまり、アラブのハネッ返りに今度の件で落とし前キチっとつけさせるかわりに、アメリカん中にイスラエルをつくっちゃうってことで手打ちさせればイイんすよ。あそこは土地余ってるんだから」
今度のアメリカのテロのことを言ってるのだが、マスターはどんな話題でも自分の次元まで引きずり降ろして喋るんでかなわない。甘木君も調子いいから、すぐに話を合わす。
「そう。オーストラリアなんかも『米国のオヤジに迷惑かけるくらいなら、この豪州組が面倒みようじゃねえか。中国の叔父貴んとこはシマは広いが子分も多いから、何かとモメるかもしれねえし…』なんて、侠気を見せるかも」
それを聞いてた音さんは、さすがにジャーナリスト。「そんな簡単なことじゃないぞ。あの場所が問題なんだ。血を流しあってるわけだし、宗教が絡んで、生活水準や文化、価値観も違うから…」と、マジメに説教をはじめた。
甘木君は、「世界も狭くなってますから、年に1回墓参りみたいにエルサレムに帰るんじゃダメですかね」なんて、情けないレベルで反論している。
音さんは一喝した。
「黙って聞きなさい。これまでの対立で、怒りや憎しみは相当なもんだ。目的と手段の区別がつかなくなってる。トレードセンタービルに突っ込めば、アメリカのハナをあかしてやれるってくらいで、得るところはない。ちょっと考えれば、ビルが倒れて人間がどれだけ死んでもアメリカ合衆国は倒れやしないことなんて自明の理なんだが…」
音さんは、ちょっと間を置いてから続ける。「結局、自分達の行動に想像力が欠けてるんだ。アメリカも同じで、面子や復讐心が先立って、コレやればこうなる。そしたら、こうなるって思いが働かない。まぁ、私もテレビでビルが崩壊してるのリアルタイムで見てたって、その下で何千人も死んでるってこと実感できないから言えた義理じゃないけれど、マクロとミクロ、世界の全事象と個人は境目無しでつながっていることがわからない…最近の日本の事件もそうだ。単純な欲望で簡単に人を傷つけたり、殺したり…」
おやおや、話がヤヤこしくなってきた。マスターと甘木君は神妙な顔をして聞いていたが、私と目が合って(助けてくださいよ)というふうに目配せする。
しかたない。私は音さんの杯に浦霞の冷やを注いで、「とにもかくにも、アラブはサラブレッドの父祖の地でもあるし、アメリカはヨーロッパと別の意味で競馬大国だ。仲良くしてもらわなきゃいけませんね」と声をかけ、ふたりに助け舟を出す。これで寿司哲での話題は平和な競馬のことに戻った。
だが哀しいかな、テレビではブッシュが「これは戦争である。正義と悪の闘いだ」なんて深刻な表情で喋っている。
音さんのいうように、想像力こそが人の資質を測るメジャーかもしれない。想像力の働く幅や深さは知識や経験や性格などで違う。しかし、想像力から引き出される答としてのアクションを決定するのは往々にして感情、そして欲である。
例えば、競馬の予想だ。セントライト記念は菊花賞へ向けたトライアルRだが、京都新聞杯と比べてシミュレーションが難しい。いや、乏しい私の想像力の範囲では血統だとか、時計だとかのデータはもちろん加味していないのだけれど、決めかねる。
すると、甘木君とマスターが同じことを同時に言った。
「そりゃ、マンハッタンカフェでしょ」
まぁ、これくらいがこの二人の想像力の限界である。
結局、私が選んだ筋書きは、岡部騎乗の良血トレジャーとダービー以来のシンコウカリド。
根拠?…トレジャーの先残りとシンコウカリドの差し脚で決まるのが私の最良のイメージだったのである。しかし、シンコウカリドは人気になればお客様かもしれない…。
bT3 京成杯オータムH (2001.9.9) 人気でもマジックシンガーと同じノーザンテースト、クリスザブレイヴの逃げ残り。
独り者である蕎麦屋の久の下半身は、落合のラーメン屋「幸好」のラーメンと餃子、オムライスにポテトサラダで、上半身は早稲田通りの「一柳食堂」のショーガ焼、鯖味噌、筑前煮なんかで出来ている。あと、大部分を占める水分はビールと酒であることは言うまでもない。
ラーメン屋にオムライスやサラダはちょっとおかしいが、幸好の煤けた店の壁の半分くらいを占領しているメニューの最後の方に「洋食の部」というのがあり、ちゃーんと出ている。むろん、カツ丼も洋食の部に書いてはあるが、久は必ずカツ丼は一柳食堂で食す。一柳食堂もラーメンとギョーザを出すのだが決して注文しない。こだわりがあるのだ。これをグルメと呼ぶかどうかには問題があるけれど…
さて、食に男の美学を通す男、蕎麦屋の久が「うーん」と頭を抱えている。話を聞けば、一柳食堂のオヤジが体を壊して店を閉めることになったという。
「これじゃ、晩メシが喰えません」
「いいじゃないか。『すし哲』の握りとか、カツ丼なら『とんかつ新橋』もあるじゃないか。そうそう、『権八』にゃ居酒屋のくせにカレーライスなんて品書きに載ってるぜ」
「それが、ダメなんです。私は同じ外食でも呑みにいくのと晩酌とを分けてんです。晩酌は、中華か洋食の気分なら幸好。和食なら一柳なんですよぉ」
久の泣きを聞いてもよく分からない。定食屋で呑んでメシ喰うんなら、居酒屋で刺盛りかなんか一杯やって、お茶漬かっこめば同じだと思うのだが。久は納得しない。こんなとき、妙にムキになる性格なのだ。
「ダメです。違います。テラさんは何でも一緒でしょうけど…和風の気分の晩酌は、一柳で刺身定食か焼き魚定食なんか頼んで、キンピラか冷奴を一品で付けるんです。それでビール1本と銚子1本空けてから、お新香と味噌汁でゴハンを食べるんですから…」
「そういうもんかね」と返事した。家庭を持たない(持てない)久にとって、幸好と一柳食堂での晩酌の一刻が大事だってことだけはなんとなく分かった。
どうも、思い込みとか好みってのは、行動の重要なファクターで、傍から見ていると何が良いのかドコが違うのか理解に苦しむことは少なくない。例えば、週刊ホースシュートの修さんが入れあげてたサクラホクトオーなんて、サクラで葦毛というだけで私は気に食わない。だけど、修さんに言わせれば、「テイエムオペラオーは実績の割に強さを感じない。つまり魅力がない」のだそうだ。あれで、結構、可愛いトコあるんだが…ブッチギリや後方一気なんてコトしないのが渋いのだけれど、あのひとには理解できまい…
そんなこと言いながら、私はカウンターに置かれたサンスポを取り上げ、馬柱に目をおとした。秋の中山開幕週メーンは京成杯オータムハンデ。おやおや、マジックシンガーが連闘で登録している。蕎麦屋の久のお手馬の一頭である。
私はサンスポの競馬面を手で叩きながら「ご贔屓は連闘かい。BSNはあれだけ間があいての鉄砲。掲示板までよく来たな」と、久に声をかけた。
「そうなんですよ」とさっきまで泣きを入れてた顔をほころばせて、「脚の不安もないんでしょう。障害で鍛えましたし、長いトコがもっといいと思いますよ。このメンツで51`なら、もうひと花咲かせたって可笑しかありません。大体、馬も上手く調整すれば歳上の方が走る。私だって、不惑は過ぎましたが・・・・」とイレ込み気味にまくしたてる。私も、去年は久の口車に乗って障害戦で勝たせてもらったコトがあるだけに反論できない。黙って、お説ごもっともと拝聴して、又八郎を引き上げた。
これまでが火曜日のこと。
木曜の午前中、追い切りをチェックしていたら、修さんから「マジックシンガーが屈腱炎で回避、引退も」というニュースが入ってきた。早速、久に電話を入れたが店は休み。自宅にも居ない。もちろん、奴が携帯なんて持っている筈もない。
マジックシンガーは、中央から地方の交流レース。芝からダート、障害、距離だってなんでも来いの栗毛の好漢であった。屋根だって何人替わっているか。どんな条件だって、魔法のように自分の唄を歌った。ここまで走ったのだから、サラブレッドとして幸せなことだと思う。レース中の故障、予後不良ってわけじゃない。久の昔のお手馬、ツーワエースは土曜メーンで人気になった馬だったが、土佐の高知まで行ったとは聞いた。その後、どうなったか…
明日、私は久にこう言ってやろう。
「時の流れは幾つもある。そのひとつをマジックシンガーと最後まで過ごせたのならば幸運じゃないか」
そして、肩を叩こう。
「新しいお気に入りをみつけようぜ」
さて、オータムハンデは、人気でもマジックシンガーと同じノーザンテースト、社台のクリスザブレイヴの逃げ残り。相手は開幕で馬場の良い中山での末脚に期待してザカリヤとイーグルカフェ。
久は、一柳食堂が店仕舞いしてから、和食の晩酌はアパートで独りコンビニの惣菜を広げているらしい。このレース当てたら、中井近辺で居心地のいい定食屋を一緒に探しにいくか、それとも、久に手料理つくって晩酌を付き合ってくれる女を捜しに行くとするか。
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bX1プロキオンS(2002.6.16)〜bP18有馬記念(2002.12.22)
bU9中山金杯(2002.1.5)〜bX0エプソムC(2002.6.9)
bR7産経大阪杯(2001.4.1)〜bT2札幌記念(2001.8.19)