競馬・乗馬・馬文化 しげさんの馬三昧

私の馬は夜疾駆る

寺川俊司Weekly競馬Essay

バックナンバー(2003春競馬 bP19〜bP40)

bP40 2003.6.1 東京優駿(日本ダービー) (東京) ネオユニヴァース ゼンノロブロイ

「じゃ、テラさんの今年のダービーの本命は、ネオユニヴァース・・・・・・」

bP39 2003.5.25 優駿牝馬(オークス) (東京) スティルインラブ チューニー

人気の全くないSS産駒のチューニーは馬券的にまさに狙い頃。

bP38 2003.5.18 京王杯スプリングカップ (東京) テレグノシスー キスミーテンダー

続・GT馬に敬意を表さずに申し訳ないことをした。

bP37 2003.5.11 NHKマイルカップ (東京) ウインクリューガー エイシンツルギサン

現役時代お世話になったサクラバクシンオーの横典エイシンツルギサンが対抗。

bP36 2003.5.4 天皇賞・春 (京都) ヒシミラクル サンライズジェガー

菊花賞馬に敬意を表さずに申し訳ないことをした。

bP35 2003.4.27 フローラS (東京) シンコールビー タイムウィルテル

府中の馬場が合いそうなタイムウィルテルが直線ハマってくれるのを期待している。

bP34 2003.4.20 皐月賞 (中山) ネオユニヴァース サクラプレジデント

オレはスプリングS勝ちのネオユニヴァースでいいと思うよ。

bP33 2003.4.13 桜花賞 (阪神) スティルインラブ シーイズトウショウ

ボクはスティルインラブに賭けてみましょう。

bP32 2003.4.6 産経大阪杯 (阪神) タガノマイバッハ マグナーテン

相手だが、やはり本線は実績、格、順調な様子から見てマグナーテンだろう。

bP31 2003.3.30 高松宮記念 (中京) ビリーヴ サニングデール

前走で期待を裏切ったG1スプリンターズS馬ビリーヴの巻き返し。

bP30 2003.3.23 スプリングS (中山) ネオユニヴァース サクラプレジデント

そりゃ、ネオユニヴァースでしょ。プレジデントの後に、新しい世界が広がるんです。

bP29 2003.3.16 フィリーズレビュー (阪神) ヤマカツリリー モンパルナス

安勝のヤマカツリリーが注目を集めている。これで圧勝するならホンモノだ。

bP28 2003.3.9 弥生賞 (中山) エイシンチャンプ スズノマーチ

狙いたいのは横山典のスズノマーチ。エイシンチャンプも勝って不思議はない。

bP27 2003.3.2 中山記念 (中山) ローエングリン バランスオブゲーム

懲りずにローエングリンの逃げ切りを狙う。

bP26 2003.2.23 フェブラリーS (中山) ゴールドアリュール ビワシンセイキ

「ハナっから最後まで、巨人=ゴールドアリュールで決まりっ」

bP25 2003.2.16 ダイヤモンドS (中山) イングランディーレ ハッピールック

人気薄だがアルゼンチン共和国杯2着のある藤沢和厩舎ハッピールックまで。

bP24 2003.2.9 共同通信杯(中山) ラントゥザフリーズ タカラシャーディー

相手は道営出身で柴田善臣に乗り替わりのタカラシャーディー。

bP23 2003.2.2 東京新聞杯(中山) ボールドブライアン ローエングリン

迷うことは無い。ローエングリンだ。連闘のボールドブライアンとの馬単ボックス。

bP22 2003.1.26 AJC杯(中山) マグナーテン グラスエイコウオー

ここはペリエを鞍上に据えたマグナーテンの先行押し切り勝ちと見た。

bP21 2003.1.19 京成杯(中山) スズカドリーム テイエムリキサン

私が買いたいのはタイキシャトル産駒のテイエムリキサン。

bP20 2003.1.12 ガーネットS(中山) ニホンピロサート シャドウスケイプ

シャドウスケイプがハマれば差してくると期待したい。

bP19 2003.1.5 中山金杯(中山) トーホウシデン トーアメイウン

頭は、ここを狙って虎視眈々の無冠の実力馬トーホウシデン。

バックナンバー

bX1プロキオンS(2002.6.16)〜bP18有馬記念(2002.12.22)

bU9中山金杯(2002.1.5)〜bX0エプソムC(2002.6.9)

bT3京王杯AH(2001.9.9)〜bU8有馬記念(2001.12.23)

bR7産経大阪杯(2001.4.1)〜bT2札幌記念(2001.8.19)

 

bP40 東京優駿(日本ダービー)(2003.6.1) 「じゃ、テラさんの今年のダービーの本命は、ネオユニヴァース・・・・・・」

 

 今年もダービーウィークがやって来た。月並みな感想で申し訳ないが、ホントに1年は速いと感じる。そして加速度を増している。おそらく、これまで見てきた幾多のダービーの数より、これから眼にできるダービーの数の方が少ないに違いない。そう考えると、自分の残りの人生が愛しく思えてくる。

 昔、まだ高校に入学したばかりだったか、鹿児島駅前の谷村楽器店でたまたま見かけたドーナツ盤が気になって買ったことがある。「Life is short−人生は短い」というタイトルで、確か“白い鳥”というバッタもんみたいな名前のフォークグループの曲だったか。その一節に(かごの中にも季節は、移り春が来る。見つめていられる暇も無く、時は流れ去り行く)というのがあって、妙に心に残った。だが、その頃は大人になるのが焦れったかったから、「そうだ、早く籠を抜け出して何かをやらねば」と言う風に聞いていた。歌は(心は淋し、心は哀し、何をやるのか)と結んでいた・・・

 いつもの新宿・中井の手打ち蕎麦「又八郎」。主人の蕎麦屋の久を相手に、こんな話をした。

 「そんなグループのそんな唄ありましたっけね?」

 蕎麦屋の久はクビをかしげる。知らないのも当然で、完全無欠の無名グループである。すぐに泡みたいに消えた筈だ。谷村楽器店はマニアックな感じだったから、自主制作盤かなんかを置いてあったのかもしれない。

 「ま、とにかくそんな歌があってね。その後も、無為徒食で生きてきた今、また妙に気になるんだよ。何かしなきゃ。ってさ」

 私がそう言うと、久は肯いた。カウンターの隅で呑んでいた音さんも、珍しく時間がとれたのか「又八郎」に久し振りに顔を出していた駒木師匠も「わかるような気がするねぇ」と言ってくれた。

 だが、これまたお馴染みの甘木君は、「いまさら先輩、もう何も出来ませんよ。せめて競馬当ててくださいよ。今年もダービーでサラブレッドが走ってくれるんですから」と、話の腰を折りにかかる。

 「バカ」と、何時ものように甘木君の頭を小突いてやりたかった。が、私は我慢して話を続けることにした。今、言わなきゃ言い出せないことだからだ。

 「そりゃ当てたいが・・・実はね、甘木君さ。これからの人生、競馬のほかに考えていることがあるんだよ」

 平常ならぬ私の口調に、さすがの甘木君も神妙な顔をして「なんです」とあらたまる。蕎麦屋の久も音さんも、駒木さんも訝しげである。それにアキちゃんまでが洗い物の手を止めて、私を見る。覚悟を決めて、「〆張鶴」で湿らせてから口を開いた。

 「実はね。東京を離れようかと思ってるんだ。ちょっとやりたいことあってさ・・・」

 すると、久が「仕事止めてですか?」と訊く。

 私が黙って頷くと、甘木君が「借金苦で夜逃げですか?それとも何かヤバイことやって追われてるんですか。ボーナス入ったら20万くらいならなんとかしますが・・・まさか、ひょっとしてぇ・・・あり得ないとは思いますが女がらみじゃないでしょうねぇ?」とたたみかける。冗談言ってるのかと思ったら、真剣な表情だ。こいつは、本気で言っているらしい。ありがたいと思えばいいのか、怒るべきか。悩むぞ・・・甘木君。

 「そんなややこしい話じゃないのさ。今の仕事もこの歳になってやれる限界が見えてきたしね。別れた女房も元気で暮らしているようだし、娘もどうにか一人前になった。だから、これを潮に故郷に帰って焼き物をやろうかと思ってるんだよ・・・少しだけれど市内からちょっと外れた蒲生というところに祖父さんが残した土地があるんだ・・・」

 「なんでまた・・・焼き物なんです?それに鹿児島には、牧場はあっても競馬場ないでしょ???」と甘木君。皆も、唐突な話であっけにとられている。

 だが、思いつきではなく、ものづくりになりたいというのは、かねがね思い描いていたことなのだ。昔、薩摩焼の窯元であった友人の父親に少し手ほどきを受けていたことがある。もちろん遊び半分だが、土をいじっている時のあの感じ、集中し時間を忘れて無心になれる感覚が忘れられない。

 「馬券はPATで買えるし、グリ−ンチャンネルもある。それにレース見たくなったら、今、飛行機代も安いからね、ひとっ飛びだ。焼き物がどうにか形になったら、

芋焼酎や日本酒やウイスキー、ワインなんかに合う酒器を作って、小さい酒場も開こうかと思ってるのさ。鹿児島には競馬ファン相手の酒場はないだろうしね・・・さ、この話は終わりにして呑みましょう」

 私は説明したが、皆は納得してないらしい。「ホントですかぁ・・多分、先輩は陶芸のセンスもないから止したほうがいいっすよ」とか、「なあに、呑み助のテラさんに飲み屋なんかできっこない。それにすぐに東京に戻りたくなりますよ」とか、話を蒸し返す。だが、アキちゃんが「淋しくなるわねぇ」とポツリ言い、それに蕎麦屋の久が「フン」とハナを鳴らして答えた時はさすがにジンと来た。

 さて、話が堂々巡りになってきた頃、その空気を察した駒木さんが明るい声を出した。

 「じゃ、テラさんの今年のダービーの本命は、ネオユニヴァース、それともクラフトワーク?」

 さすがに大師匠駒木さんは、私の競馬の行動パターンを読んでいる。ネオユニヴァースの力は認めるものの、私の最後の予想の本命は後藤に乗り替わりのクラフトワーク。青葉賞はあれだけの不利があっての3着だ、本番はバシっと走って欲しい。何かある馬は嫌うのがスジかもしれないけれど、今回のダービーは相手も、何かある馬にする。すなわち、手術明けだが潜在能力の高そうな柴田善臣リンカーン、同厩ネオユニヴァースの陰に隠れる福永祐一エイシンチャンプ、どうにも勝ちきれない田中勝春サクラプレジデント。ええぃ、ご祝儀だ。鞍上ごちゃごちゃあった四位マイネルソロモンまで買うかぁ。ボックスもいくぞぉ。

 継続は力なりというが、私は酒と競馬だけは欠かさずにここまで来たけれど、ともに何の力にもなっていないようで、生きる力になっていたのだろう。これから何を始めるにしても、繰り返しの毎日である。それでも日が落ちれば必ず、私の馬は夜疾駆る。

 

bP39 優駿牝馬(オークス)(2003.5.18) 人気の全くないSS産駒のチューニーは馬券的にまさに狙い頃。

 

 まだ、出馬表確定どころか追い切りも終わらない火曜。お馴染み甘木君のほかに、若松君、森永君ら若手連中と一緒の仕事先からの帰り、青山一丁目の路上で車軸を流すような土砂降りに見舞われ、地下鉄の駅に飛び込んだ。おそらく奴らは私が居なければ銀座線で赤坂、新橋、銀座方面に出撃したろう。しかし、一緒に大江戸線で新宿方向面に向かうことにしたのは私に勘定を持たせようという腹らしい。ならば中井しかあるまい。地上に出ると良い具合に雨は小降りになっていた。おかげでそれほど濡れることもなく「すし哲」に駆け込んだ。

 まず一杯とキリンビールをひと口飲む暇もあればこそ、奴らは競い合うようにネタを注文する。それぞれの腹が少し落ち着くまではしょうがない。私は傘替わりに頭にかざしてきた東スポの競馬面を開いた。

 すると若松君が、私の手元を覗き込んで、「オークスは9−1、4−3で勝負ですね」と素っ頓狂なことを言った。

 「おいおい。まだ枠順は決まってないぞ」

 それを聞いてた甘木君が口を挟む。

 「なあに、どうせ惚れた女の誕生日かなんかでしょ。なぁに、“勝たせたい馬から買う”っていう先輩の根拠の無い当てずっぽう予想と同じですよ。イヤ、それより当たるかもしれません」

 甘木君は、ほたる烏賊を摘み上げて口に放り込みながら澄ました顔だ。

 私は、すぐに怒鳴りつけようかと思ったが、止めた。だって、よく考えてみると、甘木君の言う通りだからだ。忸怩たる思いで、握り締めた拳を開き、ビールのグラスをつかんだ。

 皆 「そうだね。オレ、センスないもんなぁ、ウチワもないもんなぁ。当たってもマグレだもんなぁ・・・すまんなぁ」

 小さい声で言うのだが、誰も聞いちゃあいない。当然、私の深い哀しみになぞまったく気づかないようで、ワイワイ飲って、好き勝手なことをホザク。

 「そうそう。解かったんなら許してあげましょう。これから偉そうなこと言わないでくださいよ」と、甘木君。「なんだ、テラさんの競馬は眉ツバでしたか。信じて玉砕してるヒトが多いとは聞いてましたけどね」と、若松君。「そういえば、ボクも去年のダービーかなんかで信じて、ヒドイ目に会いましたっけ」と、森永君。

 私は口々に罵られるが、言い返す気力もない。確かに、私の予想は誕生日馬券と何も違いはない。だって、“勝ち馬予想”というよりも“勝たせたい馬予想”になってしまうのが常だもんなぁ。決まった結果を引き出すために都合よく展開をでっち上げるようなもんだからなぁ・・・私はふかーく反省した。競馬を始めてから360回目くらいの反省(反省回数=月イチで計算)ではあるが、今度ばかりは恥ずかしい限りである。甘木君など、私が競馬をイチから手取り足取り教えたんだぜ。こんな奴らから、こんなコト言われちゃあ、お終いだ。

 だけど、ひと言だけ言わしてもらおう。

 「言いたいことはよーくわかった。でも、おまえらな、オレの酒ぇ呑んでて文句いうなよな」

 はぁ、今週は優駿牝馬、東京新コースのオークスである。気合い入れたい。だけど、3歳のクラッシックレースについては、新馬からこっち見てきた経緯があるだけに、勝たせたい馬買いたい。こいつらの前では決して口には出せないが、心の中で叫んだ私の予想は、本命が間に合った福永のピースオブワールド。対抗は安勝のヤマカツリリー。狙いたいのは後藤のチューニー。単穴はオリヴァーのポップコーンジャズである。

 一応、説明する。ピースは出てくる以上は1番強いとこ見せてもらいたいし、ヤマカツリリーは桜花賞本命にしたからここは勝ち負けして欲しい。人気の全くないSS産駒のチューニーは馬券的にまさに狙い頃。ポップコーンジャズは、叩き2走目のここで潜在能力が一気に爆発―SS亡き後のダンスインザダークの今後の繁栄につなげるなんて・・・いいでしょう。アドマイヤグルーヴは出遅れ癖が解消されている訳でないのでバッサリ切る。

 かーぁっ!やっぱし、全部、結局は希望的観測だなぁ。しかも、今回は“勝たせたい馬予想”であるのに加えて、“勝たせたい騎手予想”にもなってしまった・・・ここはひとつ、大反省せねばならぬ。ダービー終わったら、修行しなおして競馬観をたたきなおすことにしよう。

 

bP38 京王杯スプリングカップ(2003.5.18) 続・GT馬に敬意を表さずに申し訳ないことをした。

 

 連休谷間の5月2日、仕事で信州に行ったついでに、旧い友人の見舞いに出かけた。病院は鄙びた温泉場の外れにあり、周りの風景に似合わぬ近代的で立派な建物で、脳溢血で倒れリハビリ中の彼も案外と元気そうであった。安心したついでということもないが、奥さんの進めに従って近くの温泉宿に一泊することにした。明日帰り際にもう一度顔を出すと言って病院を出たけれど、名所見物という場所でもないし、ぶらぶらと田舎道を散歩がてら歩いて宿に向かうことにした。

 爽やかな五月晴れ。青い稲の臭いがする田んぼの中の大きな農家の庭にはでは大きな鯉のぼりが泳いでいる。清々する思いで暢気に歩いていると、向こうから小学生が5,6人連れ立って下校してくる。おそらく同じ集落なのだろう、微笑ましく思いながら近づいてくるのを眺めでいると、列の先頭を行く最上級生らしい男の子と眼が合った。黄色いカバーをかけたランドセルを背負った一年生の手を引いてやっている。

 私は思わずニコリとした。すると彼は、被っていた運動帽を脱いでイガグリ頭を見せたかと思うと、「ただいま帰りました」と大きな声で挨拶をくれた。下級生たちも一斉に声を出す。まだ赤ちゃんみたいな顔をした一年生も「ただいまかえりまちた」と、可愛い声で兄さん姉さんたちの挨拶を真似るんだ。

 神田司町の老舗居酒屋「みますや」で、私は甘木君にこんな話を聞かせた。芋焼酎の魔王をお湯割で飲みながらである。

 「ふーん、それで?」。甘木君はこんないい話に何も感じないらしい。

 「それでって、おまえ。感動しないかい?オレなんか、もうダメだったね。『おかえり』といいながら眼がウルウルしちゃってさ・・・だって、こっちは見ず知らずの余所者のオジサンだぜ。それに『こんにちは』じゃなくて、『ただいま帰りました』なんて言われれば参っちゃうよ」

 「へぇ、まぁ、それはもう歳だってことですね。だいいち、その小学生だって、『見知らぬオジサンには声をかけて、警戒しなさい』って言われてんですよ」

 そうかもしれない。が、それでもいいのだ。とにかく、田んぼがあって小学生が歩いているだけでも、最近、私はなんだか泣けてくるのである。

 「そうだな、歳かな。例えば、この『みますや』みたいな旧い真っ当な居酒屋でさ、酒呑んでるだけでもしみじみしちゃうんだ」

 「なんだか知りませんが、先輩さ、競馬で毎週毎週泣いてるだけじゃ、泣き足りないんですかぁ、NHKマイルも2着3着で泣いてたじゃありませんか」

 「そう、箸が転んでも涙が出ちゃう年頃なんだよ。テレビや映画のお定まりのお涙頂戴なんかでも、すぐに涙腺が緩む。」

 私は冗談を言ったが、なにも哀しくって、淋しくって泣いてるわけじゃない。自分がこうあるべきと信じているもの、自分の美学が具現化された光景に出会うと、ついこみ上げてくるのである。胸を突いて湧き上がってくるのである。ストレスが溜まってるのかもしれない。

 「へぇ、なもんですか。じゃ、レースの結果見て泣いてるのは、“微妙に的外れ”っていうのが先輩の自分の勝ち馬予想の美学っていうワケなんですか」

 そう言われればグウの音もでやしない。G1谷間の今週は京王杯SC。なんとかオークス、ダービーに向けて抑えたいものだ。私なりの美学に従えば、ここで勝つべき馬は安勝のビリーヴである。相手は善臣ボールドブライアン。鬼脚期待で秋山テイエムサンデーまで。

 甘木君は、「上がり馬、横典のミッドダウンがハナっから行ったっきりでしょ」と、みますやの名物である“さくらさし”を頬張って、にやにやする。江戸の下町の居酒屋で“さくら”は善なるものかもしれないが、甘木君が喰うのを見ていると腹がたつ。涙が滲む。へんなもので、涙脆くなると喜怒哀楽の全ての感情に何だがついてまわるようだ。うーむ、今週は意地でも決めたいなぁ。

 

bP37 NHKマイルカップ(2003.5.11) 現役時代お世話になったサクラバクシンオーの横典エイシンツルギサンが対抗。

 

 連休中の府中。ミルキーブルーというのか高い空にうす雲がかかった上天気。日差しは強く、暑いくらいだが、木陰に入れば初夏の爽やかな風が抜ける。天皇賞はまったくかすりもしなかったけれど、負け惜しみではなく気分よく一日を過ごした。それほど大負けしたわけでもないし、連れの甘木君と久し振りに「モランボン」にでも寄って「焼肉にビールで反省会やるか」ってことになった。

 私は胃をやられてからこっちコテコテ・ギトギト系の食い物はダメなのだが、少しならやはり焼肉は美味い。もちろん府中の地物であるサントリーのビールにもぴたり合う。

 「くはー美味いね。すっかり忘れてた。焼肉にビールていう黄金律をさ」

 私が久し振りのスタミナ気分に盛り上がって気持ちよくなって言う。しかし、甘木君は、どうもまださっきの天皇賞の結果が引っかかっているらしい浮かぬ顔である。

 「忘れてたて言えば、完全に忘れてましたねヒシミラクル。なんで買わなかったんだろ。菊花賞馬ですよ、菊花賞馬ぁ。馬単で3万馬券ですよぉ」

 甘木君は、泣きを入れる。サンライズジェガーの馬単ヒモ流しで、ヒシミラクルがヌケだから、そりゃ悔しいだろうけどね・・・

 「“ねん・ぼう・かい”って知っているかい?」

 私はふと、この間、あるメーカーの技術者と呑んだときに聞いた話を思い出して言った。

 「なんですか? “ぼう・ねん・かい”なら毎年暮にかかさずやってますけどね」と、甘木君は興味がなさそうだ。

 “ねん・ぼう・かい”は漢字で書くと“念・忘・解”。研究開発の要諦だという。あるテーマについて懸命に念ずるように考えて、どれでも行き詰まったときに、そのことからちょっと離れるというか忘れて、ぼんやりとしてみるんだそうだ。すると、ふとしたことから絡みあった糸が解れるようにしてその問題の答えが解るということらしい・・・

 「だからね」と、甘木君にいい聞かせる。「だからお前は、今回、ねん・ぼう・かいが出来なかったわけさ。まず、馬柱を見ながら、調教欄を見ながら、念じてたろうが、それが足りない。新聞から目を離して一度ぼんやりしたときに、ヒシミラクルが浮かんでこないようでは念じ方が足りない証拠だね」

 私はそう言ってジョッキに残ったビールを空けた。甘木君をからかうのも美味いビールを飲む秘訣である。

 「そういう先輩こそ、完全に無印だったでしょ。ひとのこと言えませんよ。念じ方が足りません」

 甘木君は、「ボクと同じじゃないですか」と言いたいのだろう。

 だから私は言い返した。「オレは、ヒシミラクルも考えたよ。流し馬券ならば買ってただろう。そこが違うんだなぁ・・・そこが」

 甘木君は、何か反論しかけたが、思い直したふうで開いた口に程よく焼けたタン塩を放りこんでビールをあおった。下らないケンカするより、美味しく焼肉を頂くことに徹することにしたようだ。その判断は正解である

 もっとも私が言ったのは、負け惜しみだと自分でもわかっている。私も念じ方が足りなかった。良く観察する、予測する、考えるといったプロセスは新技術の研究開発と似ているとは思う。ただ、サイエンスと違って競馬には方程式はないと思っているのも事実だ。毎週のように、念じて、忘れてを繰り返しても永遠に解ることはないだろう・・・そこが面白い。

 さて、また今週はNHKマイルC。レース体系における位置付けがあいまいになったし、メンバーを見ても実に難解なテーマである。3歳のマイルチャンプを決めるということを重くみて、ひとつじっくりと念じてみようか。その意味では、どうも足りない馬が多く、クロフネ級になりそうなマル外もいない。それならいっそ遊ぼうか。一応のテーマは、現役時代お世話になったサクラバクシンオーということにする。つまり蛯名のサクラタイリンを本命に、横典エイシンツルギサンが対抗。穴は好調柴田善臣のマイネルモルゲン。

 すると、甘木君は「安勝のユートピア、豊のゴールデンキャストは買わないんですか。新聞から目話してぼんやりしても、くっきりはっきりと浮かんできますけどねぇ」と、絡んでくる。

 私はニヤニヤ笑って見せた。なあに、サクラの「モランボン」で気分よく焼肉食ったから決めただけのことさ。久し振りにこんな買い目に走ってみたっていいだろう。

 

bP36 天皇賞・春(2003.5.4) 菊花賞馬に敬意を表さずに申し訳ないことをした。

 

 いまどき流行らないのかもしれないが、レースの距離の長短を問われれば、断然、長丁場が好きだ。“電撃の6ハロン”よりも、“ここはゆっくりゆっくり行かなければなりません”の方が良い。新潟の直線1,000bも面白くないことはないけれど・・・でもね、少しでも長くレースを見ていたいじゃないか。障害レースのように襷がけで走ったりしないまでも、せめてコースを1周以上回る距離がいい。

 「大逃げの馬がいたりなんかしてね・・・どこで捉まるか、前の馬から後ろの馬まで手応えを見て、仕掛けどころを見極めたりするのも楽しい・・・」

 まさに五月晴れとなった一日(ついたち)の木曜、いつもの中井は「又八郎」。出たばかりの天皇賞の馬柱を見ながら私は言った。まだ西の空に明るさの残っている6時前だから、私のほかに客が居ない。蕎麦屋の久は、夜の仕込みのために手を忙しく動かしながら、「そーっスね」とひと言返事した。

 商売の邪魔をするつもりはないが、酒しか頼まぬ私も一応は客である。だから、「春の天皇賞ってなんかいいよなぁ。春天勝ちの馬って“押しも押されぬ最強古馬”って感じがするしなぁ」と、久が話に乗ってくるように問い掛けた。

 だが、久はネギを刻んだ手を洗って拭いながら、「でも、今年はどーも、一線級の古馬が雌雄を決するって面子じゃありませんね」と、いつもの乗りではない。

 ど本命サイド、だれもが強いという馬が勝つのが競馬の本筋と考えている久には、今回のどっから入ってもよさそうな天皇賞では、乗りが悪いのも致し方ないか。

 「しかし、久々のフルゲートだぜ。それに久さんの好きそうな固い馬もいるじゃないか。長丁場使い始めて、ひと皮もふた皮も剥けたダイタクバートラムさ。距離実績と近走見るとこのまま最強ステーヤーへのステップを駆け上がりそうだよ」

 「ま、買うならそこからでしょうね。相手は・・・いや、単勝でしょう」

 久がダイタクバートラムの単勝1点をいくら買うのかしらないが、私も天皇賞は1点勝負で行こうと思う。描いた筋書きは、先行して直線しっかり抜け出す馬の後ろから、切れる追い込み馬がやってくるというもの。先行抜け出しは安勝のタガノマイバッハ、追い込むのは豊のダイタクバートラムである。ダイタクと同じ橋口厩舎で、これもダンスインザダーク産駒であるツルマルボーイも応援してきただけに気になるが、上がり勝負になるとしても距離的にどうかと思う。タガノマイバッハも距離が懸念材料だが、こっちはこなせそうな気がする。あと面白そうな馬がほかにもいるが、いつものように言い出せばきりが無いから言わない。久の単勝1点買いと私の馬連1点。リクスはどっちが大きいか意見が分かれるところだろうが、少なくともリターンは私の方が大きい筈だ。

 すると久は「いや、リスクは私が少ないし、リターンも大きいですよ。タガノマイバッハは、G1勝つにはまだ足りません」ときっぱりとした口調で反論する。久さんは、やっぱり好きなんだな。それとも仕込みを終えたからなのか。さっきと打って変わって言葉に気合いが入っている。

 

bP35 フローラS(2003.4.27) 府中の馬場が合いそうなタイムウィルテルが直線ハマってくれるのを期待している。

 

「やっとだね。ホント楽しみだよなぁ新装開店!!」

 私はグビグビっと中ナマのジョッキを空けた勢いで、歳も考えずに威勢良く大声を出した。今週の水曜日、場所は秋葉原の「万世」本店地下のラーメンコーナー(?)である。連れはお馴染み甘木君。神田明神下での仕事の帰り、甘木君は腹減ったというが、この時間なら私は呑みたい。だから、スペース的に落ち着けてちょっとしたビールのツマミもある万世ラーメンということになったワケである。だから、甘木君はビールにちょっと口をつけただけで、例の「排骨(パーコー)ラーメン」を啜っている。

 「なんスか?どこぞの居酒屋の話ですかぁ?」

 口もモゴモゴさせたまま、甘木君は見当違いの返事をする。

 「違うよ。カンの悪い奴だな。府中だよ、府中。今週からだろ?」

 「なーんだ。先輩が“新装開店”なんて言うからてっきり飲み屋かって思うじゃないですか。それに“府中の新装開店”なんて言うと、サクラのパチンコ屋と間違えられますよ。東京競馬場のことなら“リニューアルオープン”って言わなきゃ」

 「そうか。リニューアルオープンね。ま、なんでもいいけど、府中で競馬がやっと戻ってくるのは嬉しいねぇ」

 毎度毎度の甘木君のへらず口も、それほど気にならない。だって、やっぱり私のホームグラウンドは府中だから、入れ込みも激しいのだ。

 「新しいスタンドはともかくさ、コース変更でどんなレースになるか楽しみだね。直線も長くなるし、新しい芝2,000コースのお披露目だしな」

 甘木君は「ふーん」と言ったっきり、パーコーを齧るのに忙しい様子だ。私のテンションの高さとうらはらに、新府中の話題にもあまり反応を示さない。「先輩ね。“新装開店”だからってパチンコ屋みたいに“釘甘めの大開放”ってもんじゃないんですから。とりあえず、当ててから喜んでくださいよ」と、いつもながら冷ややかだ。

 しかし、正しい意見ではある。なににはともあれ新コースが好きになるかキライになるかは、初の重賞レースとなるフローラステークスの結果に左右されるかもしれない。駒木さんなどは、旧府中の芝2,000は内枠しか買わない主義だったが、新コースの枠の有利不利はどんな傾向になるのやら・・また、直線がさらに長くなって差し、追い込み馬が有利だと言われているが、どうだろう・・・興味は尽きない。

 その辺りの思惑もあってか、今回のオークストライアルは、桜花賞組よりもフラワーCで負けたセイレーンズソングが人気である。切れる脚ということでフジキセキの全妹のミルフィオリなども期待度が高い。別にそんな意見に反抗するわけじゃないが、私はフラワーCで逃げ粘ったトーセンリリーの粘り込みにかけてみようと思う。前走でかわされたマイネヌーヴェルは回避してオークス直行らしいし・・・直線勝負にかける待機組がどのくらいの脚で迫ってくるのか、仕掛けのタイミングはどうかなどもまだ未知数だしね。相手は、やはりセイレーンズソング、そして府中の馬場が合いそうなタイムウィルテルが直線ハマってくれるのを期待している。

 パーコーラーメンを食べ終わった甘木君は、「コースもだけど、新しい食べ物屋さんも楽しみですね」と、まだくい足りないのか御気楽なことを言っている。私は、いずれにしても府中の新装開店はお天気になってくれればいいがと思っている。

 

bP34 皐月賞(2003.4.20) オレはスプリングS勝ちのネオユニヴァースでいいと思うよ。

 

 この間、ヤンキースタジアムまで息子の活躍を見に行ったゴジラ松井の父君。試合が始まるまでは期待と不安がないませになっていた筈である。試合は御存知の通りグランドスラムを打つ大活躍だったから、胸をなでおろしたろうし、それ以上に欣喜雀躍したことは想像に難くない。そこまではいかないが、2歳から贔屓にしてきた馬が無事にクラシックに出てくると、過剰の期待とともにさっぱり走らなかった時の不安もまた大きいものだ。まぁ、ちょっと運動神経の良い息子の運動会とか、少年野球の試合に臨む父親の心境ってところか。いや、3歳3冠をひとつでも取れば競走馬としては大したものだから、野球ならば甲子園レベルの全国大会かな?

私は、「皐月賞はサクラプレジデントでいきます」と言う蕎麦屋の久を相手に冷酒を傾けながら、こんなことを話した。

 久も肯いて言う。「私は子供もサラブレッドも持っていませんが、勝手に応援している松井やサクラプレジデントが大舞台に出るだけでこれほど興奮するんですから、期待の息子や持ち馬がいればドキドキもんでしょうね。きっと」

 「そうね。馬主だけじゃなくて,調教師、厩務員、牧場主・・・それに周りの諸々の人たちの気持ちはどんなだろうね。もしもサンデーサイレンスが人間ならば、毎週毎週、胸が破裂する思いかな。いや、これだけ子供達が活躍してると、もう興奮も感動もないかもしれないな」

 いずれにしてもケガや熱発などのアクシデントなく、ここまで駒を進めてきた馬たちだ。どういう結果にせよ、良いレースを見たいものである。

 「オレはスプリングS勝ちのネオユニヴァースと着実に同期トップの座を守ってきたエイシンチャンプの瀬戸口厩舎2頭でいいと思うよ。ただ、何が勝ってもおかしかないね。競馬はすべからくそうだけどさ」

 私がちょっと感慨を込めて言うと、久が「またまたぁ」と、疑わしそうな眼で見る。

 「テラさん。ここはテイエムリキサンが本命でしょ」

 そんなことはない。テイエムリキサンには馬場が不向きだろうし、どうももう少し足りない感じがする。でも、馬券は買う。一生懸命頑張って晴れの舞台に出てくる息子に声援を送らない父親がいるだろうか?力足らずと内心思ってはいても、ひょっとしてと一縷の願いを込め、奇跡を願ってあらん限りの応援をする筈である。好きな馬のG1レースも一緒だろ?

 因みに甘木君の本線は蛯名騎乗のブラックカフェだそうだ。その理由は、JRAの皐月賞のPRポスターが「さんまがブラックデビルの扮装で馬に乗っている」絵柄だから−なんだと悦に入っている。相変わらずの単細胞、脳天気振りにはまともに返事する気にもなれない。

 

bP33 桜花賞(2003.4.13) ボクはスティルインラブに賭けてみましょう。

 

 出先からの帰り、ふと思い出して昔馴染みが夫婦でやっている蒲田の小料理屋「幸」に寄ってみた。思いがけず込んでいたので、二階の座敷に上がりこんだ。連れの遠藤君はタバコを吸わないし、男同士が小部屋で向かい合わせも窮屈だから、もう寒くはないだろうと年期の入った木枠の窓を開けることにした。この家の裏は名前があるのかどうか知らないが小さな運河に面しており、少しは見晴らしも利く。その水面には桜の花びらが模様を散らしたかの如く浮かんでいた。幅2メートルほどのドブ川だけれど、薄桃を散らした様子には往く春を惜しむかのような風情があり、その向こうにはスミレ色に暮れなずむ空が町工場の屋根の上に広がっている。

私はなんだかセンチな気分になって、胸ポケットからチェリーを一本取り出して火を点けた。

「サクラチル・・・か」

私が煙草を口にくわえたまま呟くと、遠藤君は「どれどれ?」と言って、私の背後から川面を覗き込んだ。

「早いモンですね。この間、サクラサク・・・だった気がしますが、もうお終いですか」

「そこが桜のいいところさ。ところで、君が学生の頃も地方からの受験生相手の合否電報のバイトなんてあったのかい?」

「いや、僕らの頃はもう電話で連絡してくれるのが主流でした。電報は記念用って感じで。今どきのようにネットで合格発表なんてのはありませんでしたけど」

電報がほぼ慶弔専用となり、緊急連絡手段ではなくなって久しい。電話でも一家に1台どころか個人に1台の世の中だ。かつては、「カネタノム」と故郷に電報を打っては電報為替を送ってもらったり、麻雀の最中に「チチキトクスグカエレ」の電報を受け取って友達からかき集めた金でキップを買い、それを握り締め夜汽車に飛び乗ったりしたものだったが・・・

さすがにそんな昔話は、まだ30そこそこの遠藤君には通じないだろうから口には出さなかった。その代わり、私は窓に持たれたままチェリーの紫煙を窓の外にゆっくりとはき出してから言った。

「今年はこれが最初で最後の花見になりそうだな。こんな花見も悪かない」。向こう岸の町工場のわずかな空き地に植わっている桜の樹は葉桜になりかけてはいるが、まだ夕闇にボーっとピンク色に浮かんで見えている。

遠藤君は、「何言ってるんですか。寺川さんは、今度の日曜に楽しい花見が待ってるんでしょ」と笑って、ビールのコップを持ったまま立ち上がり、私と同じように窓から身を乗り出す。

「仁川の花見のことか?今度の日曜まで、おそらくギリギリで花は持つだろ。馬券の方もサクラサクといきたいもんだがね」

私は最後に桜花賞を取ったのは何時だったかなと考えながら言った。だが、思い出せななかった。サクラチルの思い出はいくらでも浮かんでくるけれど。ここらで桜花賞、ひと花咲かせたい。

今年はアドマイヤグルーヴが注目度ナンバーワン。牡馬相手に負け無しできた実力は、さすがに折り紙付きの良血である。しかし、この良家の才媛の第1志望は桜よりも樫の方だろう。多分に期待を込めて言うけれど、流れ展開次第では武豊も無理して勝ちにこだわることはないのでは?ならば、3戦連勝のマイネヌーヴェルだが、この馬もマイルの経験がないのが気になる。速い流れがどうでるか?ほかにはチューリップ賞で前が壁になって2着どまりだったスティルインラブが人気を上げている。しかし、負けてなお強しということは運が無いってことにはなりゃしないだろうか?

私が有力馬に次々と「???」のマークをつけるので、遠藤君も焦れたらしい。「じゃあリンデンリリーですか?」と私の答えを先取りする。

そう私の本命はリンデンリリー。屋根は安勝で、ノリにノって乗れている。前走で馬の強さもホンモノのようである。相手もチューリップ賞を同じ安勝で勝ち上がったオースミハルカ。乗り替わりも藤田ならば。あとは、剛腕デムーロを屋根に据えたクイーンC勝ち馬チューニーの2頭に絞る。

「乗り役で決めるってことですね。なら、ボクはスティルインラブに賭けてみましょう。この店でサクラを見ながら呑むのもなにかの縁ですし…縁起もよさそうだ」

遠藤君が言ったので、私は馬柱を見直した。ふーん。スティルインラブは幸くんのお手馬だったか。 “勝ちたい”という気持ちがサクラサクにつながるかな?気負いにならなきゃいいと思う。入学試験だろうが競馬だろうが、一発勝負はその辺りが明暗の別れ道である。

 

bP32 産経大阪杯(2003.4.6) 相手だが、やはり本線は実績、格、順調な様子から見てマグナーテンだろう。

 

 御存知、新宿・中井の手打ち蕎麦 「又八郎」。主人である蕎麦屋の久は、根っからの本命党の競馬ファンである。しかし、馬券の買い方はあくまで地道だ。いや地味と言ってもいいかもしれない。なんせ、あれこれ考えた末に、単勝1.3倍を3千円。その1点を握ってメーンレースを見ることもしばしばだ。私なんぞには、そんな芸当は出来ない。久と見解が一致し、その馬が来ると確信していても、ヒモ穴狙いで馬単5百円6点流し−というような買い方に走る。そして、軸馬がキチンときても、ヒモがヌケちゃう。3千円がパァ。結果として久と私には、3千9百円のプラスマイナスが生じることになる・・・嗚呼。

 そんな久だが、年に何回かは鉄板と見たレースにバーンと張り込むことがある。最近では先々週のスプリングSがそうだった。前の日の土曜に、私にこう宣言していた。

 「どう考えてみても、明日のスプリングステークスはサクラプレジデント−ネオユニヴァースで決まりです。西の阪神大賞典はダイタクバートラム−コイントスで勝ち負け。アクシデントがあったにしても、どちらか一方のレースはこれで決まるでしょう。もう迷いません、10万勝負します。後は、東西への配分を考えるだけです」

 普段は、どっちかといえば控えめな久が豪語する通り、東西ともにこの1,2番人気で決着した。それぞれ馬連で2.5倍と3.8倍ついたが、配分は知らないが30万からにはなった筈だ。こういう馬券を当てるのはしびれるだろうと思う。上手く行けばいいが、そう人気馬ばかりが勝つわけじゃないからね。

 だから、一週間振りに「又八郎」に顔を出した今週の月曜、私はからかってみた。「久さん、こないだの東西大勝負の儲けは、昨日の高松宮記念にまたドカンと行ったのかい?残念だったな、大本命ショウナンカンプが沈んでさ・・・」

 私の指摘が図星だったか、久は心ここにあらずというふうで、かぶりを振る。

 「それがねテラさん。買ってないんスよ」

 「買ってないんならいいじゃないか。どうせ、軸はショウナンカンプだったろ?」

 「イヤ、こないだのスプリングSと阪神大賞典も買えなかったんスよ」

 うなだれて久が話したのは、聞くも涙、語るも涙の物語であった。ま、ありがちな話ではあるんだけれど。結論から言えば、金をなくしたのである。銀行から後楽園場外の穴場の前に立つまでの間に、落としたか掏られたかしたらしい。

 「中山が4万、阪神が6万。それぞれ記入ミスのないようしっかりと確認して、ポケットに手を突っ込んだんです。が、ついさっき下ろしたばかりの、ある筈の10万円が無い。あれって思って、私は財布なんて持ち歩きませんから、ポケットというポケットを探って、手に持った新聞も全て開いてみたけれど・・・やっぱりない。呆然としました」

 「そりゃ呆然とするよな。んで、ぜーんぶ探したの?」

 「恥ずかしいから列を外れて、いま歩いてきたトコロを眼ぇ皿のようにして辿ってみて、最後はトイレに駆け込んで、ベルト外してスボンの中まで改めたけど、ありませんでした。そのうち締め切りのベルが鳴って・・・さすがにあの日の2つのレースばかりは、『荒れてくれぇー』って心の中で叫びましたよ」

 「でも、来ちゃった・・・東西ともに・・・」

 「ハイ」

 「結局、無くしたのは10万じゃなくって、えーっと、東が10万のぉ、西がサブロク18、ロクハ48で・・・22万8千だから32万8千円が水の泡かい」

 「そーなんです。で、昨日、一昨日も何年振りかでケンしました・・・ははは、ハぁ」

 久は力なく笑う。

 こういうときは変に慰めるのはよくない、というのが私の持論である。

 「久さん、『人生さ、谷あり谷あり』だよ。しばらくは辛抱だね。だから、教えてくれよ。で、今度の大阪杯はなんで勝負したいの?ヘコんでる奴や、クスぶってる奴、運の悪い奴ぁ、避けて通んなきゃなんない。教えてくれたら、しっかり、その馬蹴っ飛ばすからさ」

 久は、「まだ傷が癒えてなんですけど・・・」と言いながらも、サンスポに手を伸ばして競馬面を眺めはじめた。「マグナーテンじゃ天皇賞につながらないし・・・そうですね、手始めにツルマルボーイの単でも2千円ばかし買いましょうかね」

 久もちょっとは元気がでてきたようだ。だからトドメを刺してやる。

 「ツルマルボーイ?武豊で人気先行じゃないの?うまみは薄いぜ。マグナーテンにドカンと30万ばかし勝負したほうがいいんじゃないか?でも、今度は、駄菓子屋にアメ買いにいく子供みたいに、ポケットん中でギュっとしっかりカネを握り締めときなよぉ」

 今週の大阪杯。天皇賞の前哨戦というよりは、安田記念前哨戦って感じである。もっとも本番の天皇賞で予想されるメンバーもちょいと淋しいが。私の本命は、マイソールサウンドにしたい。4歳だが、まだまだ成長する器ではないか、ここらでメーンベンターとして父タマモクロスに少しでも近づいてもらいたい。相手だが、やはり本線は実績、格、順調な様子から見てマグナーテンだろう。切るといったもののツルマルボーイは鉄砲がきくし、勝負がかりで調子もよいから抑える。あと、同じ橋口厩舎のロサードには、しっかりいいところ見せて、天皇賞へ駒を進めてもらいたい。

 久は「うーん、ビッグゴールド軸の馬単という手もありますね。大金が転がり込むかも・・・」と、甘木君のようなことを言っている。うむ、思いがけない不幸は人間を変えるのかね。穴っぽいトコに走るにしてもツルマルボーイの単勝2千円なんてくらいの馬券が久らしいと思うんだけど。

 

bP31 高松宮記念 (2003.3.30) 前走で期待を裏切ったG1スプリンターズS馬ビリーヴの巻き返し。

 

 酒の呑み様は、「犬がひなたぼっこしている」ようにありたい。

 と、吉田健一がなにかの随筆に書いていたのを憶えている。また、「酒に依りかかるのではなくて、酒に身を委ねる」、というような一節もあったように記憶する。春のうららかな陽射しの中で、あるいは晩秋の陽だまりの中で、犬が眠そうにだらりと体を弛緩仕切っているような姿がよいのだそうである。酒はゆったりと構えて呑んで、心地よい酔いを楽しまねばならぬ、ということだろうか。今度、心当たりのある著作を本棚から引っ張り出してきて読み返してみるけれど・・・

 私は、秋葉原の居酒屋「村役場」で、椅子に腰を下ろしてまだ5分もたたないのに、生ビールのジョッキを干してしまった甘木君に、こういう話をした。

 暖簾をくぐるなり、「ナマね、ナマ中!あと、酎ハイもチョーダイね。焼酎濃いめでね。濃いメで」と、怒鳴る甘木をたしなめたのだ。あんまりにがっついてるんで、「酒は焦って呑むものではない」と、説明したかったのである。

 「えっ、でも、犬だって今日みたいな陽気でヒナタボッコしてたら、冷えたナマビールを一気飲みしたいと思いますよ」

 甘木君に私の意図は通じていないらしい。挙句に「ところで先輩。誰です、ヨシダケンイチって??」と、言う始末。

 私は「知らんか。吉田茂の息子で・・・」と、説明しかけたが、アホらしいのでやめた。だって、甘木君は「誰です」と質問しておきながら、今度は酎ハイのジョッキを片手に眼はツマミのメニューを追っている。

 「エダマメと奴。串焼盛り合わせ、ゲソ揚げ、ししゃも。海鮮サラダも貰おうかな。それからね・・・」。甘木君はまだ品書きを眺め回している。

 「そんだけ注文すれば、十分だろ」と、私は呆れて言った。甘木君は、何かに急かされるように息せき切って飲み且つ喰らおうとしている。私の忠告なぞ耳に入るはずもない。

  「そうはいうけど、早メシ早なんとかは芸のうちですから、早呑みで一気に酔うのもこれはこれで・・・ねぇ?」

 確かに、この店はツマミの数が異常に多く、いろいろと気になるから、がっつきたくなるのもしょうがない。ただ、甘木君の場合は、これから後もいけない。「村役場」では小一時間も居れば切り上げる客も少なくない。が、こいつは勢い込んで頼んだツマミを並べて、ダラダラといつまでも呑んでいる。ハシゴ酒も困るが、居酒屋の長っ尻も見苦しい。

 「悠然と酒を楽しんでだな、満足したら酔眼をハタと見開いて立ち上がるのがいいのさ。さっきまで気持ちよさそうに日向ぼっこしてたかと思うと、気づいたら何時の間にか立ち去っている犬のようにね」

 「それじゃ、まるで昔よく町内にひとりは居たような酔っ払いじいさん、じゃないですか。やることなくてヒマ潰しに酒を呑んじゃあ、ふらふら歩いていたさ」

 そ、そう言われればそうなんだが。ま、吉田健一が言っているのは、姿かたちではなく酒呑みとしての気持ちの持ち様を表現しているのだろうけどね。この陽気だから、来週はもう花見酒になる。

 さて、花見の前に今週は高松宮記念。中京1,200b。外国勢2頭も含めて面白いメンバーが揃った、予想も楽しい。だが、難しい。スピード決着が予想され、去年も逃げ切った快速馬ショウナンカンプを筆頭に、前走で期待を裏切ったG1スプリンターズS馬ビリーヴの巻き返し、短距離左利きのサニングデール、外国馬ではイラク戦争の余波で体の空いた武豊を屋根に持ってきたディスタービングザピース・・・どれが勝つのか見るだけで楽しみである。

 そこで、馬券の方の楽しみは、後方一気の鬼脚が爆発するのを期待してテイエムサンデー。遅咲きのこの7歳馬が、斤量重くなって相手強化となる今回、どこまで突っ込んでこれるかな。人気薄でもあるし、テイエムサンデーを軸に、先に挙げた4頭へ流す。軸にした3連複も買いたい。そうして、レースを悠然と見ていようかな。競馬に身を委ねてさ、すっかりいい気分となるわけだ。もちろん、馬券が当たろうが当たるまいが、満足しきって結果を受け入れよう。

 すると甘木君が、「馬鹿なことを・・・」と、吐き棄てるように言った。そして、「ほかのことはともかく、競馬に限って先輩がそんなにキレイキレイな境地になるわけないじゃないスか。先輩は競馬場に着くなり、穴場に直行して毎度毎度の飛び込み自殺。そんで各レース各レースぜーんぶ勝負した挙句、12レースで最後はズブズブで、泣き入れながらの絡み酒。ってのが、お決まりのパターンでしょ?ボクの酒の呑み方笑う資格なんかありゃしません」

 うーむ。傍から見ると、私の競馬はそんなにみっともないのかぁ・・・ 

 

bP30 スプリングS (2003.3.23) そりゃ、ネオユニヴァースでしょ。プレジデントの後に、新しい世界が広がるんです。

 

 「くーっ。あと一カ月、いやあと2週間待ってくれたっていいじゃないかぁ・・・」

 水曜日の夜、中井の「寿司てつ」。甘木君が、カウンターに突っ伏して泣きを入れている。ブッシュ大統領がフセインに残り48時間の最後通牒を突きつけたとのニュースを聞いて泣いているのである。だが、あと2週間で戦争回避できると世界情勢を見ているワケではない。来週のメジャーリーグ開幕戦中止を歎いているのだ。

 甘木君は、高校時代に一応は甲子園を目指したかつての野球少年。どうしても生イチローが見たいと、26日のマリナーズ−アスレチックス戦A席ペア券定価2万円を入手した。それも新橋のチケット屋を回って2万9千円也を支払ってようやく手に入れたという。しかし、これでマリナーズの来日は取り止め、試合中止。金券ショップは返品交換を一切受け付けないから、主催者からの額面分の払い戻しがあってもプレミア分の九千円はパァとなる計算となる。

  「あんなに見せびらかすからだよ。買うのちょっと待てって言ったじゃないか」

 私はこう言ったものの、ちょっと可哀想になった。それに、日本でのMLB開幕戦がチャラになったのは、私としても残念だし。

 「記念にコピーでも残しとけばいいじゃないですか。九千円の値はつかないかもしれませんがね。手帳にでも挟んで見せてまわれば、万馬券のコピーよりは皆に感心してもらえるかもしれませんよ」

 と、蕎麦屋の久も慰める。

 だけど、甘木君はまだ諦められないらしく、「ここでフセインが亡命して、『やっぱり試合はやることにしました』ってことになりませんかね」と、未練たらしい。

 「いまさら、無理だね。ところでさ、メジャーリーグはともかくとして、これでドバイワールドカップの開催も危ないぜ。馬には罪は無いのになぁ・・・まさかと思うが、長引いて日本ダービーが中止なんてことないだろうな」

 私はこう返事したが、本気で心配しているのである。イラク攻撃開始でテロ頻発の心配も出てきた。ディズニーランドが手荷物検査を始めたというニュースを見たが、ひょっとしたら競馬場でも手荷物検査くらいは始まるかもしれない。一カ所に人が集まる数で言えば、G1開催日の競馬場は野球やサッカー、ディズニーランドの比ではないから・・・

 戦争っていう話題は勇ましいようでいて、そうではない。想像力を逞しくしていけばいくほど、双方の戦時下の様子や影響を考えてしまい、つい面白からぬ方向に話が流れることになる。

 甘木君がその空気を察したか、「よーし、スプリングステークスは、大統領にきっちりと九千円分面倒みてもらおうっと」と、大きな声を出した。

 どうやら、サクラプレジデントで勝負するということだろう。私も話に乗っかることにした。

 「サクラプレジデントは断然の1番人気になるだろうから相手が難しいよ。何にするんだい?」

 「そりゃ、ネオユニヴァースでしょ。プレジデントが行く後に、新しい世界、新しい宇宙が広がるんです。1点だから、ボクの軍資金でもチケット代くらいは取り返せるでしょ」

 安直な考えだが、案外とそんなものかもしれない。サクラプレジデントは岡部、田中勝春の不在で鞍上が武幸四郎に替わるが、ここは能力差で乗りきれるだろう。小島太先生にそんな乗り方を教わるだろうし。ネオユニヴァースの方もデムーロでまだまだ眠っている潜在能力が引き出されそうだ・・・私は馬柱を見ながら考えていたが、ふと1頭の馬の名前が眼にとまった。

 「うーん。ここに登録のあるテンカタイヘイ。この馬に来てもらいたいが、まだしばらくは無理だろうね」

 私のつまんないブラックジョークに皆笑ってくれた。世界中で平和に競馬が開けるようイラクの戦戦争が早く収まって欲しいものだが・・・

 

bP29 フィリーズレビュー (2003.3.16) 安勝のヤマカツリリーが注目を集めている。これで圧勝するならホンモノだ。

 

 今週はデパ地下にオジサン達が群がっていたそうである。会社の女の子からの義理チョコのお返しに、ちょっと気の利いた洋菓子を買いに行ったのだろう。いや、いまどきのOLのことだ、オジサマ達に何が良いか訊ねられて「どこそこのナニナニがいいなっ」などとご指定したのかもしれない。ハンカチ売り場やなんかも賑わっていたことだろう。私も一応はお義理のチョコを事務所の女の子たちに頂いから、お返しせねばならない。だが、私に若い娘(ま、中にはそうでもないのもいたが)の喜びそうなものを選べる筈もなく、そーいうのが得意な甘木君に下請けに出した。

 「えーっと、このパッケージは制作のミキちゃんと佐智子さん、モロに義理チョコでしたから、ハンカチとキャンディのセットです。これでいいでしょう。それから総務の山本女史の分、ご主人とふたりですから『たねや』の和菓子にしました。季節限定ものです。先輩らしいでしょ?悦っちゃんのは、『ゴディバ』のチョコにしました。あの娘好きなんですよ、その他大勢にまとめてもらった分は代表で買ってきましたから心配しないでいいです」

 甘木君は、三越の大きな紙袋から取り出して私に渡す。・・・でも私は困る。

 「ついでにさ、甘木くん。渡してきてもらえないかな」

 「えー、何恥ずかしがってるんですか。そのあたりが先輩の自意識過剰なところなんですよねぇ」

 そう言われても、照れくさいものは、照れくさい。私は、「ま、いいじゃないか。今、ちょっと手が離せないんだ。頼むよ。それからお釣りは駄賃にとっといていいぞ」と、退散する。

 紙袋にはまだたくさん包みが残っていたけれど、甘木君は一体何人に配ってあるくのだろう。それに、赤坂、六本木のオネーチャンとこも顔出さないとマズいんじゃないだろうか。難儀なものだ。まぁ、バレンタインには女と見れば見境なく自分からおねだりしていたから、多少の出費はしょうがないけれど。

 私はクビを振りながらデスクの椅子に腰掛けたら、甘木君が大きな声を出した。

 「せんぱぁーい。言うの忘れてました。例のモノもちゃんと贈ってもらいように手配しましたから」

 「そんな大声だすなよ。サンキュー、サンキュー」と、私はあわてて言った。実は、離れて暮らす娘の美香へのホワイトディのプレゼントも甘木君に頼んだのである。甘木君がお勧めしたティファニーのなんだかっていうネックレスを贈ってもらったのだ。そうか、贈ってくれたか・・・

 すると、甘木君はこっちへ近づいて来て、「やっぱ手渡しの方がよかったんじゃありませんか。お嬢さん喜びますよ」と笑いながら耳打ちした。私にそんなマネ出来っこないと知っててからかうのである。ほんとに悪い奴だ。

 さて、今週は桜花賞ヘ向けたフィリーズレビューがある。まだまだ力関係がはっきりしないメンバーだ。展開はもちろん、それぞれの馬の状態や気持ちひとつで何が来てもいい。阪神JF2着の安勝のヤマカツリリーが鞍上ともども注目を集めている。これで圧勝するならホンモノだ。私は、JF9着の後、暮の中山フェアリーステークスを勝ち、この間のクイーンCも3着と堅実なホワイトカーニバルを狙いたい。千四くらいのところが向いていそうだし、お父さんのミシルは頑張ってもらいたい種牡馬である。相手はJFの惨敗組から二頭を選ぶ。ワナとトーホウアスカだが、ともに立て直して心身ともに成長していそうで巻き返しは十分に可能だろう。単穴ならば、距離が向いて逃げ粘りを期待してスピード馬モンパルナス。

 「ふーん。なるほどねぇ。芦毛のホワイトカーニバルですか。ホワイトディの散財を少しでも取り戻そうってハラですね」

 甘木君がわかったようなことを言う。けれど、私はひとへの贈り物を惜しいなんて思ったことはない。馬券もそうだ。贈れるひとがいることが幸せなのであって、馬券を買いたい馬がいることこそが幸せなのだから。

 

bP28 弥生賞 (2003.3.9) 狙いたいのは横山典のスズノマーチ。エイシンチャンプも勝って不思議はない。

 

 弥生賞までスケジュールが進むと、何かしら周辺がいろいろと岐路を迎える頃となる。卒業だ入学だ、入社だ、異動だ転勤だ…と悲喜こもごもの転機を迎えるのが日本では年度替わりのいま時分である。もっとも、私自身はそんな人生の岐路みたいなモノ事とは随分とご無沙汰してしまっていたから、「梅は咲いたか桜はまだかいな、チョイナチョイナ」と、極楽トンボを決め込んでいたのだが…

 「と、いうことなんです。いろいろと教えて頂いて、お世話をおかけして…ありがとうございました」

 仕事で付き合いのあった静ちゃんが、嫁に往くと言って挨拶の電話を寄越した。勤めは止して専業主婦になるという。「そうか、おめでとう」と返事したものの、ちょっと意外であった。向こうっ気が強くて粘り強い仕事ぶりには、その文章も含めて期待していたから…

 それが前ぶれだったか、それから立て続けに連絡が入った。転勤、異動の知人からの挨拶は例年のことにしても、昔、世話になった人の訃報も多かった。挙げ句の果ては、学生時代から永らくの競馬友達のサトちゃんを呑みに誘うと、「子どもの教育費が嵩むからと酒とギャンブルは止めたんだ」と断られ、若い友人のケー坊は去年ようやく入った広告代理店を辞めて「フリーターしながらイラストレーターを目指す」と言い出す。湿気た気持ちで、いつもの中井・「又八郎」で呑んでいたら、悠々自適と見えたリューズバーのマスターまで体の調子が思わしくないと店をたたんで、故郷に引っ込むというウワサを聞いた。トドメに、開いた東スポには宮脇俊三の死亡記事。私は、宮脇鉄道紀行文のファンとしての“鉄っちゃん”である。

 それにしても、先月末からの二週間で私は送別会が五回に通夜が二回。酒もなんだか、美味くない。

 私は、浦霞を呑みながら「久さんは大丈夫だろうな?そんなん、ヤだぜ」と、尋ねてみた。

 すると、久は「なにがです?結婚ですか、商売替えですか?体調ですか???それとも競馬止めるかってことですか?」と、笑って言う。

 それを聞いて私は、うーんとクビを捻った。だって、自分もなにが大丈夫なのか、何がイヤなのか判らなかったのだ。

 その時、奥で洗い物をしていたアキちゃんが手を休めて、「おにいちゃん。決まってるじゃない!」と、明るい声を出した。そして、私の顔を見ながら言う。

 「ぜーんぶよ。ぜんぶ。テラさんは、好きなひとが自分から離れていくのがイヤなのよねっ?みーんな、そばに居て楽しくやりたいのよね?」

 我が儘だけれど、そう、アキちゃんの言うとおりなのだ。どんなに私が愛おしく思う人達だって、それぞれ生き方がある、幸せがあるのは解ってはいるのだが…

 もう弥生賞。皐月賞も近い。好きな馬が揃って、競い合って欲しい。そして、古馬になってもみんなを応援していたい。その思いを込めて、あえて狙いたいのは横山典のスズノマーチ。まだ500万勝ったばかりだが、クラッシックへ向けてここは勝って貰いたい。しっかりと馬場の良いところを前々で行ければ…。相手はエイシンチャンプに意地を見せたい武豊のザッツザプレンティ。エイシンチャンプも先行できるし、ケイコも良さそうだったから、勝って不思議はない。この3頭の組合せでいく。テイエムリキサンは、使い過ぎに加え、展開が向かなそうなので、今回は遠慮してもらおう。

 こんにちは、さようなら。思い通りにならず、移ろいゆくのが人生だし、競馬である。だが、私は今年の春も、いつまでも、なけなしの千円札握って愛しいサラブレッドを見てゆくつもりである。

 

bP27 中山記念 (2003.3.2) 懲りずにローエングリンの逃げ切りを狙う。

 

 ひとは見かけに寄らぬ意外な趣味を持っているもんだ。気の短い修さんは、ヒマを見つけてはコツコツとプラモデルで旧日本海軍の連合艦隊の再現を目指している。こわもてのリューズバーのマスターはアイドル写真集の収集家だし、名誉のために特に個人名は伏せるが同僚のM君は格闘技ファンというのは世を偲ぶ仮の姿で、実は女装が趣味らしい。ま、他人に迷惑をかけなきゃ問題は無い。

 そんで蕎麦屋の久は、手堅い本命党の競馬ファンのクセして、懸賞応募で景品を貰うのを趣味としている。当然、JRAの「サプライズ」、マイホースクラブとやらに入会、プレゼントをゲットしようとしている。「テラさんも入ったんでしょ?」と聞くから、私はクビを振った。だって、サンマは嫌いなのだ。五月蝿いし、どーも最近のJRAのPR方針には納得がいかない。去年のGOOD LUCKはマシだったが。で、私はボヤいた。

 「JRAもさ、どうせキャンペーンやるんだったら、真っ赤なポルシェとか、乗れるチョロQなんてのじゃなくて、サラブレッドをばーんと1頭プレゼントして欲しいね」

 すると、「ウマ貰ってどうするんですか。厩舎に預けるたって預託料がかかるし、そこまでJRAも面倒見切れないっしょ。飼うにしても、先輩のアパートじゃ入りきれませんよ」と、甘木君が言う。

 私は「ふふん。甘いなアマちゃんの甘木君。チッ、そこはそこ、こういうのはどうだ?」と、「又八郎」の常連の皆様方に素晴らしい考えを披露した。

 ひとことで言えば、“JRA公式認定ペーパーオーナー”として現役サラブレッドを所有するのである。当選者は自分の好きな馬を選んで、公式ペーパーオーナーとなる。JRAも馬主会の全面協力があるから、当然、馬柱の馬主欄には名前が載る(もちろん記者クラブも公式認定している)し、勝てば賞金はホントのオーナーのものだが、口取りは堂々とできるのである。もちろん、馬主のパスもバッジももらえるから、当然、レースもパドックも馬主席で見られる・・・

 「いいだろ?」私が話し終えて皆を見渡すと、競馬バカの集まりだけにすぐに話に乗ってきた。

 「当たったら、どの馬にします・・・やっぱシンボリクリスエス、ファインモーション辺りですかね」と、甘木君。

 「イヤ、クラッシックを考えると、有力な3歳馬だな。ピースオブワールドは故障したし、そうねシルクブラボー、アドマイヤグルーブ、エイシンチャンプ・・・オーナーとなる以上は3冠を狙いたい」と、音さん。

 「思い入れからすれば、ファストタテヤマ、ユウキャラット、ビリーヴなんかですけどね・・・」と、久。

 すっかり皆、その気になっている。私は、連中に言ってやった。

 「ペーパーとは言え、オフィシャルなオーナーなんだから、当たっても審査がある。むろん収入は問題としないが、それなりの品格、風格ってモノが最低条件だ」

 「そうだね。まず、甘木君は失格。だってスーツ持ってないから、カメラマンジャケットじゃ、ウイナーズサークルに出ていっても警備員に『もっと下がって』なんて怒られるのがオチ」

 甘木君は「スーツくらい持ってますよ」と口を尖らす。私が、「アオキやコナカのヤツはダメ。銀座の英国屋くらいで仕立ててもらいたい。・・・無理だろ?」と切り返すと、またプーっと膨れた。

 「久さんと音さんは人品骨柄は合格だし、パリっとしたスーツも似合いそうだけど・・・公式にしろペーパーオーナーなんてイヤだろ?」

 「そうですね。見世物になるみたいで、かえって競馬楽しめないかもしれませんね」。久が肯く、音さんも「それもそうだ」と同意する。

 「それじゃ、先輩がフロックコートにシルクハットでもかぶってオフィシャルペーパー馬主として愛嬌振りまいてくださいよ。JRAのいい広告塔になるでしょうね」

 甘木君が悔しそうな口調で言うが、私もそんな役回りはイヤだ。やはり、分相応に密かにココロに定めたマイホースを応援するのがいいね。

 さて、春の足音が聞こえ始めて、今週は中山記念。体調、ケイコがイマイチのようでビミョーに心が揺れるが、懲りずにローエングリンの逃げ切りを狙う。私が入れ込んでもしょうがないが、今度こそっていう感じである。同世代のタイガーカフェはもうここまで、バランスオブゲームは叩いてからか、さすれば、NHKマイル勝ちのテレグノシスとの社台ドンブリ。トウカイポイントはあえて無視する。遊ぶなら1年振りのラスカルスズカ。

 「結局。なんだかんだ言っても自分の好みの馬を買うんですね。ご贔屓馬の重賞勝ち鞍ビデオを繰り返し見ながら深夜に独り酒を飲むのが、先輩のいじましい趣味ですもんね。やっぱペーパーにしろオーナーなんて晴れがましい立場は似合いませんよ」と、甘木君。そうなんだよな、ローエングリンの重賞ビデオ、そろそろコレクションに加えたいんだけれど・・・

 

bP26 フェブラリーS (2003.2.23) 「ハナっから最後まで、巨人=ゴールドアリュールで決まりっ」

 

 火曜の夜は、久し振りに中井の「権八」で一杯ということに相成った。今年のG1戦線突入を控えての出征祝と称して、いつもの面子が揃っている。雪になるという予報だったが、雨。とはいえ冷たい氷雨である。白く湯気を上げる鍋が煮えるのを待つ間、この店自慢の銚子港直送のキトキトなんかを賞味しつつ生ビールをングング。これがニコニコせずにいらりょうか。

 皆、気分よく呑んでいたのだが、甘木君が野球の話を持ち出したのがいけなかった。大部分は巨人ファンだが、蕎麦屋の久は熱狂的な横浜ファン(私がつい“大洋”と言うと怒る)、リューズバーのマスターは筋金入りの虎キチである。シーズン中ならば進行形の順位であーだこーだと言い争う程度ですむが、シーズン前だけに入れ込みもキツイ。どっちのチームも優勝したのは日本昔話の世界だからなぁ。

 「じゃあ、テラさん。トラと横浜、今年はどっちが強いと思いまっか?」

 マスターが久との言い争いが平行線のままで進むのに業を煮やしたか、私に話を振ってくる。博多出身のクセして、野球の話になると関西弁になるのはどういうワケなのか?

 私は国鉄時代からのツバメ野郎である。こう答えざるを得ない。

 「そりゃあ、スワローズさ。今年の秋は、もう一度若松さんから『ファンの皆さん、おめでとうございます』って言って欲しいなぁ。そーね阪神と横浜にはAクラス入りくらいのトコで争ってもらいましょう」。

 ふたりは「話にならん」という顔でクビを振った。

 「ま、久さん。生きてるうちに優勝見れるといいね」

 「ええ、マスターこそ、道頓堀の水を腹一杯飲めるといいですね」

 お互いムキになってもしょうがないと思ったらしいが、和解の言葉にもトゲがあるのは致し方ないところか。そんな様子を見て、場を不穏な空気にした張本人の甘木君が責任上、話を引き受けることにしたようだ。

 「今度のフェブラリーSで例えれば、阪神はさしづめアドマイヤドンですかね。なんか強いんだか弱いんだかわからないけど人気がある・・・」

 トラキチのマスターはそれを聞いて、「アドマイヤドンね。騎手=選手も決して超一流じゃないけど渋いしねぇ」と、マスターも関西弁を止めてまんざらでもない様子だ。

 当然、久も「なら、横浜ベイスターズはどうでしょう?」って言い出す。

 甘木君はギャロップの馬柱を見ながら少し考えて、「そうですね。エイキューガッツかなぁ」

 「ええぇ???そのココロはなんです?」。久は不満そうである。

 「『永年頑張ってるが、最近勝ったレースの記憶がない』ってか、へへへっ」。甘木君が答えるまえに修さんが大声を出した。

 不貞腐れる久をとりなすように甘木君が、「いや、そーじゃなくて、もうそろそろ爆発してもいいかなぁって・・・」と言う。しかし、それって、単に言い回しが違うだけじゃないか。

 マスターが「それ見ろ」って顔をする。久は、「なら、せめてリージェントブラフって言ってくださいよ」と、ますますブスっとする。私は可笑しくなって、からかうことにした。

 「阪神だってそんないいもんかぁ。突っ走るだけ突っ走ってバテちゃう。そうね、スマートボーイかレギュラーメンバーって感じだな」

 それを聞いてマスターが「最後まで行くかもしれないじゃないですか」と私に反論したのをきっかけに、皆が勝手なコト言い出して収拾がつかなくなった。

 「ハナっから最後まで、巨人=ゴールドアリュールで決まりっ」、「いや、巨人はエイシンプレストンでしょ。ただ、G1と入っても、野球で言えば土の地面の地方球場でのオープン戦みたいなものだから、力が入らないかもね。あっ、G1ってもともとオープン戦かぁ」。「今年はパリーグの馬は出ないの?」、「地方馬=パリーグは失礼じゃないっスか?」、「どっちに対してだぁ?」・・・

 私が「ほら、鍋が煮えたぞぉ」っと言うけど,誰の耳にも入ってないらしい。もう、知らん。

 フェブラリーSねぇ。監督=調教師、騎手=選手、チーム=馬、という図式で言うとスワローズはノボトゥルーだと思う。キャンプ(調教)も良かったし、競り合いになれば・・・相手はこの条件の前回G1覇者のイーグルカフェ(巨人)が本線。戦力アップを見込んでアドマイヤドン(阪神)、選手が渋いプリエミネンス(横浜)へ、馬単で。

 「先輩、頼れる助っ人外人ペリエを選ぶわけですね。でも、確か、ペタジーニは巨人に取られたんじゃありませんでした?」。甘木君が、目ざとく大ぶりの蟹の脚を鍋からつかみ上げながら意地悪を言った。やっぱ、野球と競馬をこじつけるのはちょっと無理だったかな。でも、やってみなけりゃ順位がわからないのは同じか。だって巨人―ヤクルト3連戦でも1戦くらいはヤクルトが勝ってる。競馬も本命馬が必ず勝つわけじゃない。

 

bP25 ダイヤモンドS (2003.2.16) 人気薄だがアルゼンチン共和国杯2着のある藤沢和厩舎ハッピールックまで。

 

 例によって面倒くさいのであらためて調べることはしないが、「人生は重き荷を背負って、遠い道を往くようなもの」とかなんとか言ったのは徳川家康だったかな?

 「だから軽い方がいいんですよ。楽チンだもの、一気に人生の頂点に到達ってもんですよ」と、甘木君が生ビールならぬ生発泡酒のジョッキをクイっと空けて言う。

 「荷物が軽い人生はつまらないよ。重いからこそ、途中で息を入れたりしながら一歩一歩着実に進んでいけるのさ。そして得るものも大きい」と、私は焼酎の蕎麦湯割りをゴクリと呑みながら答える。

 「又八郎」の蕎麦屋の久には悪いが、今夜は蕎麦屋は蕎麦屋でも事務所近くの「しなの」で呑んでいる。酒の軽い重いを論じていたわけではないが、軽薄な甘木君は、また発泡酒の生を頼んだ。なんせ、ここは蕎麦屋とは名ばかりで実態は安居酒屋だから、“マグナムドライ生”なんていうメニューがある。

 「外で呑む時くらいホンモノのビールにしろよ」と、私は言った。

 「ホンモノねぇ。これはホンモノの発泡酒ですよ、いけませんか。重厚長大がホンモノってセンスは旧いですよ。食べ物でも、イクラ味とかキャビア風味なんてのが、あっさりして美味しかったり健康に良かったりするんですよ。発泡酒なんかカロリーオフでプリン体カットなんて健康的なのも出てるでしょ。素材でも重くて腐る天然木よりも木目調、重くて錆びる金属よりもメタル調みたいなモンが、軽いし見栄えも性能も良くて、地球環境にも優しいってのが今の常識です」とほざいている。

 そうかもしれない。発泡酒って行っても、昔、私が府中のバラック作りの一杯飲み屋で愛飲していたホッピーよりは美味いだろうし、今、私が飲んでいる蕎麦湯割りのベースもおそらくアルコールくさい甲類焼酎だろうから、重みが違うとか格がどうのなどと、あまり強くも言えない。

 「うーん。『しょうがないから安く酔えるホッピーで』ってのと、『カロリー低いしプリン体カットの発泡酒にしよう』いぇのは、違うかもしれんな。意識改革が必要かも知れんね」

 「そうそう。さっきの荷物の話じゃないですが、人によっても実際の負担は違いますよ。傍から見ると『あんなにお荷物、苦労を背負い込んで、さぞ大変だろう』と思っても、案外と本人は苦にしてないことも多い。かと思えば、先輩みたいに何のかんのとやたらに背負い込んではひいこら言ってるひともいる」

 「そうさな、2,3時間の残業なんてたいした負担じゃないのにブーブー文句垂れて、しかもノロノロとやる奴もいるしな」

 私の逆襲に甘木君はブスっとした顔を見せたから、話を本来のところにもどすことにした。

 「そーゆーわけだから、ハンデは、その馬にとっての軽重を判断しなければ意味がないってことだね」

 「あったりまえの結論ですね!!」。こんなにイイコト教えてあげたのに甘木君は不機嫌そうに言った。

 今週のダイヤモンドステークス。長丁場のハンデ戦。馬場の良し悪し、流れのほかに、位置取りや追い出し方など騎手の腕も気になるところ。総合的に判断すれば、人気が読み難いがバルジューのスーパージーンが面白いと思う。相手は先週は冴えなかったが柴田善臣を信じてトップハンデでもホットシークレット、後藤浩輝のロードフォレスター。あとは人気薄だがアルゼンチン共和国杯2着のある藤沢和厩舎ハッピールックまで。ハンデキャッパーの腕を信頼しないわけじゃないが、ハンデほど差はないのでは。

 甘木君が「スーパージーンねぇ・・・ま、大気晩成風ではありますがね。いきなりG3勝ちは荷が重すぎやしませんか」

 そんなことは気にしない。蕎麦屋の久には内緒だが、ここ「しなの」の手打ち風蕎麦もなかなかいけるのだ。締めに喰って帰ることにしよう。

 

bP24 共同通信杯 (2003.2.9) 相手は道営出身で柴田善臣に乗り替わりのタカラシャーディー。

 

 「昨夜はちょっと失敗しちゃったな。つまんない酒だったんですけど、一期一会だと思って、ついついお愛想言っちゃったんですよねぇ。これで、また連絡来りなんかしたら嫌だなぁ」

 西新宿のスタンドバー「ペロ」で甘木君がコボす。何があったかと問えば、こうだ。甘木君は昨日の夕方、新橋の駅前を歩いていたら、むかし仕事で付き合いのあった奴とばったり出会った。別に何か問題があったというわけではないが、どうも苦手なタイプの人物だった。そこで、もう仕事のことでは完全に縁が切れているし、ふた言三言で通りすぎようとしたのだが、相手の軽く一杯っていう誘いを断りきれなかったという。その挙句、上っ面の調子合わせが得意な甘木君、もう二度と会うつもりも無いクセに、「また、今度どっかで飲りましょう」なんて言ったわけだ。だが、相手は「何曜日がいいの?」なんて乗り気になったからさあ大変、話を誤魔化すのが大変だった、とコボしているのである。

 酒席で調子に乗ってしまったことを翌日後悔するってのはよくあることだ。しかし、甘木君。“一期一会”ってのをまるっきり理解していないらしい。

 「一期一会って言うが、おまえさぁ。これっきり会わない、ゆきずりだなんて意味じゃないんだぜ」

 私が言うと、甘木君は「ほーら、また絡む。だから先輩とウイスキー呑むのヤなんだよなぁ」とブツブツ呟く。

 「バカ、これっきしで酔うもんか。まぁ黙って聞け。“一期一会”ってのは、そういう気持ちで大切にもてなせっていう茶のココロなんだぜ。もう二度と会わないから適当にってのとは正反対だ」

 私は甘木君のためを思って説いているのに、ご当人は「はー、そーですか」と上の空である。いつもの見飽きた聞き飽きた私の顔と言葉は、まったく耳に入らない様子だ。“一期一会”の精神を説いているのにである。だから言ってやった。

 「なぁ、甘木君。オレたちはさ、毎日のように一緒に呑んでるがね。明日も明後日もそうだと思ってちゃイカんよ。オレとお前は、親子兄弟でも無し、ひょんなことで一生会わなくなるかもしれないんだぜ」

 「なーに言ってんですか。先輩はさ、ボクが見限ったら友達だーれもいなくなっちゃうでしょ。・・・例え先輩が会社辞めても、電話あったら三度に一度は付き合いますよ。しょーがないっすよ」

 甘木君のお言葉は大変にありがたいが、人間の縁というものは不思議なもので、あれだけ濃かった付き合いが、いつかしら薄れてゆくのである。明日は今日の延長上にあるわけではないのだ。

 「うーん、そうだな。よし、大学の頃の友達でもいいや、毎日、雀荘や定食屋で一緒に連んでた友達で三番目くらいに仲の良かった奴の顔思い浮かべてみな」

 私が言うと、甘木君がちょっと考えてから「ハイ」と肯いた。

 「よし、そいつと最後に会った日を憶えているか?」

 「うーん。誰かの結婚式ですかね。そう言われれば、三十過ぎてから会ったっけかな。年賀状じゃ、『今度、飲ろうぜ』なんて毎年書いてますけどね」

 「そんなもんさ。しばらくご無沙汰してるうちに、相手の今の状況がわからなくなる。すると誘うに誘えない。そうして縁が薄れていくのさ。・・・そうさな、 『じゃ、また明日な』と手を振って別れたけれど、それっきり会っていないって友達いるだろ。拉致されたりシャトルで宇宙に行ったわけでもないのにさ・・・」

 私が訊ねると、甘木君は、何かを思い出したのか何時もに似合わぬ声で返事した。「いますね。それに、すっごく好きだった彼女と初めてデートにこぎつけて、新宿駅で『また、来週』って別れてたのにそれっきり、てのもね。それにしてもあのデートは悔いが残るなぁ・・・アレで人生変わったなぁ」

 まぁ、甘木君の人生はどうでもよいが、説教を垂れている私自身、ダラダラとルーティンワークを捌き、変わらぬ日常に埋没するうちに瞬間を大事にする気持ちを失っている気がする。“一期一会”はレースや馬との関係も同じである。お気に入りだったのに最後のレースの記憶が無い馬は多いし、惰性で馬券勝っちゃって後悔するレースは数知れない。

 実は共同通信杯。「今年はクラッシックで期待できる馬ぁ、見当たらないなぁ」と思って気合いが入ってなかったのである。買わないならともかく、私はおそらく馬券を買うであろう。ならば気を引き締めていこう。軸はしぶとい走りだがどうにもアタマをとれないマコトエンペラーでいく。稽古の様子では実が入ってきたようだし、マイネルモルゲンが引っ張る展開ならば、最後まで使える脚が生きそうな感じがする。タマモクロスのマル父芦毛、クラシックに出てほしいものだ。相手は道営出身で柴田善臣に乗り替わりのタカラシャーディー、後藤が上手く逃げを打つと見てマイネルモルゲン。展開は速そうだけれど、後ろから凄い脚って馬は見えて来ない。

 甘木君は、苦い記憶がよみがえったのか元気がない。今週の“一期一会”のレースがはまったならば、月曜の夜は大事におもてなししてあげよう。

 

bP23 東京新聞杯 (2003.2.2) 迷うことは無い。ローエングリンだ。連闘のボールドブライアンとの馬単ボックス。

 

 私の記憶の中にある母はいつも深いみどり色の着物を着ている。

 その色合いは“緑”と書くのがいいのか、“翠”もしくは“碧”と表記するのが適当なのか。新芽や若葉のそれではなく、競馬場のターフの色とも違う。もっと濃い、彩度とか明度とかも低い色である。目立たないが落ち着いたみどり色で、“鶯色”でも“抹茶色”でもない。色の表現には細かい日本語のことだから、きっとピタリと当てはまる名があるのだろうが調べたことはない。

 私は不忍池越しの上野のお山を見ながら、昔のことを思い出していた。火曜の夜、池之端の「伊豆榮」で、従兄弟の保馬と鰻で呑んだ。従兄弟は母の一番下の叔父の長男で、九州の小京都、大分は天領日田で生まれ育った。顔を合わせるのは叔父が亡くなった時以来だから、どのくらい振りになるか。「上京する機会があれば・・・」などと言いながら、もう十年は経つだろう。お互い歳はとっても、歳月で気持ちが隔たる間柄ではない。しかし、ひとつだけ失敗したことがある。鰻は水郷、日田の名物のだってことをすっかり忘れていた。

 「すまんな。やっぱり鰻は日田の三隈川のが美味いだろう?」

 いいかげん呑んで、もうご飯になっていたのだが、私は照れ隠しに残っていた燗酒の銚子を取り上げながら言った。

 「いや、不忍池のウナギも結構美味いよ」と、保馬は箸を口に運びながら、冗談で答える。見ると、鰻を箸で細かく裂いて飯と混ぜ、まるで名古屋の“ひつまぶし”のように食べている。

 保馬は私の視線に気づいて、「こん食べ方が、ウナギの美味か食べ方よ」と笑った。日田流の食し方なのかどうかは知らない。でも彼は昔から、そうして鰻を食べていたことを思い出した。そしたら、次々とあの頃の光景が目に浮かんできた。

 「そう言えば、さっき話したお袋の着ていた着物の色のことだけどね。あれは、日田杉の葉の色だよ。朝早い時間の靄の合間から覗く杉木立の色さ」

 私は勢い込んで言った。そう、あの色である。日本の自然にいつの季節も存在する杉や桧など常緑樹の古葉の深いみどり色だ。春の桜、初夏の新緑、秋の紅葉や柿の実、冬の雪・・・山河の四季を彩る美しさは、その背景に常にあるあの色があってこそなんだ。私にとってはまさに安心できる、落ち着ける色なのである。

 それを聞いて、保馬は、昔々を思い出すためか、ちょっと遠い目をして言った。

 「そういえば、叔母さんは、そんなひとだったね。オヤジも『鹿児島のおばさんが何かにつけて一番よく出来た姉だった。兄弟はじめ皆、世話になっとる。そうホントの才媛ちゅうんか?』と、よく言ってた」

 身内に母を誉められるのもなんだかくすぐったいが、放蕩の父のことなどでも何があってもそつなく万事収めた。肝の据わった母だったように思う。

 保馬は、名前とはうらはらに競馬をやらない。だから、その晩は久闊を叙して定番の昔話で飲み明かした。

 さて、次の日。水曜の夜はいつもの中井の「又八郎」で呑んだ。珍しく常連の顔がひとりもなかったから、つい、じみじみとした気分になって蕎麦屋の久を相手に昨夜の話をしたのである。

 「ほう、そうでしたか。そんなお母さんでしたか」と、久は言ってくれた。

 「そうね。も少し長生きしてくれていたら、オレもさ、もちょっとマシな生き方をしていたかもな。不肖のムスコさ」

 「でしょうね」、久は笑った。そして、「んで、不肖の息子は反省して、東京新聞杯は見(ケン)ですか?」と、しんみりしている私をからかった。

 んなわけはない。私の動物好きの優しいところは母譲りなんだ。

 さぁ東京新聞杯、芝のマイル。今年はこのレースも中山である。それに日曜は雪の予想が出ている。今週も前いける馬がら入るべきだろう。迷うことは無い。ローエングリンだ。社台の同世代でダービー馬最有力と目されたこの馬は、3歳時にとうとうクラッシックも重賞も取れなかった。しかし、直近2戦のオープン特別ではきっちりと勝ち切っている。手薄となった今年の古馬戦線で実力を見せ付けてくれるだろうと考える。そのスタートがこのGV。相手も同世代から、連闘のボールドブライアンとNHKマイル以来だが鬼脚楽しみなアグネスソニックの2頭。馬単ボックスでいこう。

 すると、久が溜息をついた。「その予想、まさかとは思いますがローエングリン=老媛緑っていう出来の悪いシャレじゃないでしょうね。4歳の牡馬ですよ」

 そんな洒落考えつきもしなかった。ただ、ローエングリンには、母の好きだったあの色のように、グレードレースには必ず出てくる馬となって、素晴らしいレース風景に欠かせない存在になって欲しいのである。

 

bP22 AJC杯 (2003.1.26) ここはペリエを鞍上に据えたマグナーテンの先行押し切り勝ちと見た。

 

 世の中で何が起ころうが、ひとが何を話していようが、お構いなしに強引に馬の話に引きずり込んでしまうのが私の悪いクセだそうだ。久々に「寿司てつ」で一杯やった木曜の晩、甘木君から指摘された。

 「そうかな」。私は首を傾げた。自分ではそんなつもりは全くない。もっとも、夜毎の酒席だ。旨酒を頂くには馬の話が一番だとは思っている。政治や宗教の話、他人のウワサ話などは論外だが、時事ニュースや野球なんかのスポーツ、猥談なんかでも、ちょっと油断するとメンバーや成り行き次第で面白くない状況に陥ることがある。そしたら、折角の酒肴が不味くなるじゃないか。

 「だからね。オレは、会話の流れが怪しいなぁと見たら、話をややこしい方から穏やかな方面に持っていくわけよ。それにはウマの話が一番いいだろ?お前も嫌いじゃないだろ馬の話題はさ」と、私は返事をした。

 「そりゃ、そうですけど。もっと建設的な話が出来ないもんかと思いましてね。だって先輩の馬の話はさ、実戦で役にたちませんからねぇ。仕事でもそうですけど、先輩ってさ、こだわりとか執着心とか、何がなんでも結果を出すってトコロが見えませんよ・・・」

 ほーら、さっそく甘木君の話がつまんない方に流れていく。こりゃ、まずい。何か話題がなかったっけかな。私は夕方、ネットで見たニュースを思い出した。

 「ときに甘木君。『何がなんでも』って言えば、クローン人間のことだけどもさ。気持ちはわかるが、亡くした子供のクローンってのはちょっとなんだかなぁ。そう思わないかい?」

 甘木君もそのニュースを知ってたらしく「日本で産まれたらしいですね。ホントですかね」と、話に乗ってきた。よしっ、ここでたたみかけよう。

 「本人だって、大きくなってクローンってこと知ったら悩むと思うぜ。同じじゃないことが個性なんだからさ」

 「そうですね。でも、サラブレッドだったらどうです?大昔のトキノミノルだってシンザンだって、多分ツメやタテガミだったら残っているでしょう。それに、種牡馬として成功してない名馬でも、クローンだったら走るかもしれませんよ。オグリキャップとかさ。そんなのからクローン馬が出来るんだったら、面白いじゃないですか。顕彰馬勢ぞろいでドリームレースがやれる」

 さっきの話は忘れたか、甘木君は自分の方からウマの話に入っていった。しめしめ。

 「技術的にはどうなんだろ?寡聞にしてそんな話聞いたことないなぁ。よくわからんが、そういうのって許されるのかな?競馬はブラッドスポーツだ。考えてる奴は絶対いるに違いない」

 「名馬同士だけじゃなくて、例えばミスターシービのクローン1号、2号、3号の追い比べなんていうレースも可能なわけですね。そうなると、まるでPCゲームだな。見てみたいけど、そんなレースやったら、もともとの名馬を辱めるだけのような気もします」。甘木君。たまにはイイコトを言う。

 「そう。ヒトも馬も、それぞれの天賦を輝かせることが生きるってことだと思うぜ」

 私がつい口を滑らせたら、甘木君はさっきの話を思い出したらしい。

 「そうですよ。先輩なんか、なけなしの天賦の才を輝かそうと一生懸命になるところが全くありませんよね。大体ですね。いつもボクに仕事押し付けてさ・・・」

 いかん。また戻ってしまった。タイミングを見て今週のメーンレースの話に引きずり込むことにしよう。

 今週の中山はAJC杯。日経新春杯との兼ね合いでメンバーは手薄、しかも人気の一角とされたバランスオブゲームも顔面強打で回避らしい。でも、4歳の渋い(?)ところが出て来て面白そうではある。だが、ここはペリエを鞍上に据えたマグナーテンの先行押し切り勝ちと見た。相手はホットシークレット。ともに、種牡馬になれないセン馬だし、年齢的にも落ち着きある走りで存分に持ち味を発揮してくれるだろうと期待する。よもや、先週のブルーイレヴンのようなことはあるまい。あと、4歳でちょっと気になるのがチアズシュタルクである。春のクラシックでは全くだったが、ダービー以来の出走で、去年の共同通信杯、毎日杯の走りをひょっとすると取り戻しているかもしれない。2頭への馬単に3連複も。

 そしたら甘木君が「マグナーテンとホットシークレットみたいなセン馬は、クローン許可ってのはどうでしょう」と、言い出した。

 「気性が同じなら、またクローンも去勢されるんだぜ。お前だって、息子がお前と同じ轍を踏む人生だったら哀しいだろう?全て同じままは、進化しないじゃないか。もっとも最近の世界情勢を見ていると、人間は進化してるとは思えないけれどね」

 あっ、いけない、いけない。話がややこしくなりそうだ。また、お馬さんの話に戻すとするか。

 

bP21 京成杯 (2003.1.19) 私が買いたいのはタイキシャトル産駒のテイエムリキサン。

 

 新宿、京王百貨店の名物企画に「有名駅弁大会と全国うまいもの大会」というのがある。駅弁大会はよく見かけるが、ここが元祖だそうで、実際に「駅弁甲子園」との呼び声も高く、数も質も群を抜いている。京王関係者に知り合いが居るわけではないが、私は毎回楽しみにしていて、必ず顔を出す。普段からホカ弁やコンビニ弁当に世話になっているが、やっぱり駅弁は違う。例え都会の片隅で独り食べようが旅情が感じられ、その分だけ美味しい。掛けてあるヒモを外して、割り箸と一緒に付いている“御手富貴”で手をキチンと拭いてからフタを取り、郷土色あふれた包み紙を眺めつつオカズをとっかえひっかえ少しづつ味見してさ、ワクワクするじゃないか。

 火曜日の夕方、覗いてみたが、相変わらずの盛況である。あまたの駅弁から気に入った一品を探すのは容易ではない。だが、保存して置けるものではなし、頑張って食べてもせいぜい二つが限度である。うーん悔しい・・・その時、駅弁のカミさまの啓示だろうか、ハタと閃くものがあった。幹事を負かされている競馬仲間の新年会、駅弁大会にすればいいじゃないか。何種類も買い込んで、銘々が小皿で取り分ければイロイロと楽しめるではないか。うん、そうしよう、そうしよう。会場は店を閉めた後の「又八郎」でよい。後は、奴らを口説くだけである。私は、手ぶらで京王デパートを後にして、中井の「又八郎」へ向った。

 「キューぅちゃん。駅弁ってすき?」

 まず、会場を押えるために蕎麦屋の久を落とさねばならない。私は精一杯のネコなで声を出した。

 それを聞いて、久はおぞましいっといったように身震いして「な、なんです藪から棒に。駅弁ですかぁ?ま、好きって言えばスキですかねぇ。テラさん、どっか出かけるんスか?」と、来た。

 「そう。駅弁好きに悪い奴はいないよね。ま、少なくとも、『話せば分る』ってトコあるよねぇ。じみじみするよねぇ、え・き・べ・ん」

 久はますます怪訝な顔をする。すると、修さんが「テラっ!なんかたくらんでるだろ」と、睨む。ここで引いてはならない。「おっ、修さん。これ見て」と、会場から持ってきた広告チラシを広げて見せた。

 修さんは「なんだ、なんだ」と言いながら、色とりどりの駅弁の写真に目を奪わる。「どれどれ」と、音さんもチラシを覗き込む。

 修さんは、「やっぱ、ナマものはいけないね。駅弁はやっぱり幕の内パターンがいいね。この新登場っていう“おおみや弁当”なんていいんじゃないか。東京に近いところが、意外とアナかもしれんよ」と渋い。

 音さんは、「いや、名物の一点豪華主義もいいよ。宮古駅の“あわびまるごと弁当”なんて潔い。盛岡の“海鮮フカヒレ弁当”ってのも、ミスマッチでそそられるね」と、東北海鮮方面に突っ走っていく。

 怪訝な顔をしていた久もつられて、「やっぱ横川の”峠の釜めし”か、富山の“ますの寿司”、豊橋の“うなぎ飯”でしょ」と、ここでも本命党振りを発揮する。その後は、「“松坂牛モー太郎弁当”は容器の牛の顔がイケてる」とか、「千葉駅の“菜の花弁当”は515円。安いねぇ」とか、「新潟駅の“雪だるま弁当”は、男の独り旅では買いにくいだろうねぇ」とか、喧々諤々始まった。こうなればしめたもの。私はタイミングを計って言った。

 「んでさ、今度の新年会は、駅弁大会にしませんか?」

 久が「えー、ウチでやるんですかぁ」とごねたが、「なに、酒代儲かるし、いいじゃないか。後片付けも弁当ガラ出るくらいだから早く終わるよ」と説き伏せた。これで、なし崩しに決まった。だが、買ってくる弁当を選ぶので、まだまだ時間がかかりそうである。

 さあ、新年会の前に京成杯。駅弁は意外と高いし、稼がねばならない。京王デパートの駅弁大会の目玉のひとつは、「対決貝三昧」ということで、“帆立めし”“ホッキめし”“牡蠣めし”の3強対決らしい。京成の方は、武豊のブルーイレヴン、池添のテイエムリキサン、田中勝春のブラックカフェの三強ムードである。駅弁選び同様に悩むが、私が買いたいのはタイキシャトル産駒のテイエムリキサン。朝日杯FSでは3着までだったが、末脚勝負ならば一番じゃないかな。千八の萩ステークスでエンシンチャンプに勝ってるし、今回の二千の距離も心配ない。クラッシック前哨戦なのだし、相手はサッカーボーイ―シンボリルドルフの片目ブリンカーの憎い奴、ブルーイレヴン。馬単厚めに馬連も。

 すると、久々に顔を出した甘木君が「京都の日経新春杯は、エアエミネムから入りましょうよ。そして新年会は黄桜とシーバス飲みましょう」と、言う。有馬以来、へんなゴロあわせに凝っているらしい。でも、エミネムの母はキサグラムだから、キザクラとキリンシーグラムってのは、ちょっと無理遣りじゃないかぁ?

 

bP20 ガーネットS (2003.1.12) シャドウスケイプがハマれば差してくると期待したい。

 

 「まだ片目も開いてません」と蕎麦屋の久。

 正月早々、前の晩に遅くまで次の日の仕込みをやって、5日、6日は後楽園場外で前売り買ってから店に出たらしいが、1レースも取れず不首尾に終わったという。だが、その目は笑っている。余裕がある。なぜなら、有馬記念で甘木君のノーベル賞馬券に乗っかって、馬単2万なにがしかをゲットしているからだ。

 「金杯?テレビで高みの見物でした。寒かったし・・・」と赤川先生。

 地元、中山開催は皆勤賞のはずだし、新年早々は入れ込んでると思っていたのだけれど・・・これまた余裕を見せている。何故かって? 暮れのグランプリは(レースをしっかり見たい)と、とりあえず前日に気合いを入れて本線馬券を五千円購入しておいたそうだ。買ったのは9−12、ジャンポケ―ファインモーション。しかし、この先生、基本的なミスを犯した。前日発売をチェックし忘れた。で、結果は承知のとおり。だが(2頭ともコケたから良かったねぇ・・・)だけで話は終わらない。間違って買った前日9Rクリスマスローズステークスは、5番人気4番人気のトーセンオリオン―マチカネホマレの9−12で決まっちゃったのである。馬連配当3910円なり。それを五千円だ、あーもう計算したくない。

 「でもね、」と、私はふたりの笑顔をしみじみ眺めて言った。

 「でもね、そんな馬券とって嬉しいの??」

 「はい」、「ええ」。ふたり揃って即座に肯く。

 「競馬には人智を超えた要素がありますね。やっぱり」。日頃、実績・時計・調教と馬柱を穴があくほど睨んだ挙句にグリグリの本命サイドを買っている久がのたまう。

 「そうですねぇ、やっぱ当ててナンボでしょ。プロセスはともかく」と、記憶力の権化、正統派競馬ファンであるはずの赤川さんがホザク。

 あー情けない。そんな馬券さ、私だったらフロの焚き付けにする・・・と言いたいところだが、私のアパートはユニットバスだからできない。払い戻し受けて、どこかの高級なお風呂屋さんで泡とともに流すってところかな。

 私がブツブツ言っていると、「ナントでも、お好きなように言って下さい」というように、蕎麦屋の久が笑ってヱビスビールと天抜きをカウンターに置いた。

 「召し上がって下さい。オゴリです、赤川さんの。天麩羅は私から」

 へん、そんなつもりで絡んだんじゃないのだが・・・ま、有り難く頂戴しましょうか。久にビールを注いでもらったら、ビンのレッテルの中で恵比寿さまがニコニコと笑っている。普通のラベルでなく、恵比寿さまが背中に背負ったカゴの中から鯛の尾っぽが飛び出している絵柄だ。いわゆるラッキーヱビス、何十本かに1本しかないっていう奴だ。久が気を利かしたらしい。

 「テラさん、今年は春から縁起がいいねぇ」

 赤川さんが、ニコニコとした、それこそヱビス顔でグラスを掲げて見せる。私もつられてヱビス顔になっている筈。

 兎に角、競馬の面白みはいろいろなところにあるってことだね。野球やサッカー、大相撲観戦、パチンコやゲーム、宝クジまで束になってやってきても敵わないと思う。他人の馬券(しかも的中馬券)に文句をつけるなど言語道断。もちろん、私とて本気でふたりをからかったわけではない。実は私も有馬のノーベル賞馬券、500円だけ持っているのだ。屈託ないふたりの様子を見ていて、つい言いそびれた。まったく、まだまだ青いなぁってところかな。

 さぁ、関東、今年2週目はガーネットステークス。ダート千二のハンデ戦。テンからスピード勝負になりそうで、牝馬のタガノチャーリィーズが人気になっている。軽ハンデで同型のディバインシルバー、エンドレスデザートなんかも居て、展開は厳しそうだがどうだろうか。私はそのタガノチャーリーズから、蛯名のニチドウマジックへの馬券が本線。人気薄だが、勢いを買ってみる。後は、ハンデに恵まれた感のオーシャンアクロス、シャドウスケイプがハマれば差してくると期待したい。この4頭で馬単ボックスまで押えるか。

 「ふんふん、テラさん、エビで鯛を釣る気ですね」と赤川さんが言う。

 「ニチドウはセン馬だし、負けん気の強い韋駄天娘のタガノチャーリーズも気を許すかもしれませんしね」と、久も言う。

 心遣いがうれしいねぇ。この馬券が当たらなくとも、有馬のヘソくりで、おふたりには何か御馳走してあげねばなるまい。

 

bP19 中山金杯 (2003.1.5) 頭は、ここを狙って虎視眈々の無冠の実力馬トーホウシデン。

 

 うかつであった。気を許していると時計の針のスピードは加速度を増していくことを忘れていた。“時間の経過だけは万民に平等である”というのはウソっぱちであって、私の時計はきっと真っ当な社会人の2,3倍、小学生なんかと比べたら10倍は速いに違いない。久しぶりに熱を出して伏せっていたのだが、気がつくと正月であった。何の心構えもない。年賀状も書けてない。時間の速さを有り難く思うのは、競馬のない週末が瞬く間に過ぎてしまったことくらいだ。

 ぼーっとした頭を抱えて独り過ごす正月二日、暖まって酒でも呑んでいたら調子を取り戻せるだろうと、トニックウォーターを多めに入れたジンにレモンを絞り込んで、コタツに入った。テレビは箱根駅伝をやっている。タラタラと酒を呑みながら眺めていたが、二区のタスキリレーが過ぎた辺りで、ついうとうととしてしまった。すると、もう選手達は五区の箱根の山登りではないか。順位は相当に入れ替わっている。うーむ。いかにリレー方式とはいえど、私にしてはほんの一睡のうたたねで、奴らは箱根まで行ったか…しかもその間、勝負を続けていたのである。うーむ。

 酒とか怠惰とかが、私の時計をスピードアップさせているのは間違いない。しかし、限られた人生の時間は愉快に過ごすという観点では好きなことを好きなように愉しみたい。今年は酒も競馬も、自分のペースを守って、時間の経過や結果は気にしすぎず…ってところかな。

 さてと、早速の中山金杯。頭は、ここを狙って虎視眈々の無冠の実力馬トーホウシデン。相手は、ハンデ戦だけに、この距離で実績のある50`トーアメイウン、52`コスモレジスタ、初日の出賞を除外になって金杯へ出てきた52`カンファーベストの軽ハンデ馬3頭。イブキガバメントは58.5`のハンデが如何にも気になり、ここは切る。

 付け加えると、コタツでのうたた寝で今年の初夢を見た。初夢で競馬のシーンを見たのは初めてのことなので…言っておく。それは中山競馬場のオーロラビジョンに映しだされた京都金杯であった。ゴール板前を駆け抜けたのは、同じ帽子の色、ただし、その色は白であったか赤であったか、はたまた青か黄色かは全く覚えていない。