競馬・乗馬・馬文化 しげさんの馬三昧

国際『馬』交流展

韓国   (2006年11月)

韓国には、現在、ソウル競馬場(ソウル近郊・果川市)、チェジュ競馬(済州島)、2005年に開場したプサンキョンナム競馬場(釜山)の3つの競馬場がある。全てダートコースであり、サラブレッド競走は、ソウルとプサンの2ヶ所、チェジュ競馬は済州産馬が中心のポニー競馬となっている。馬券の売上げ金額はJRAの1/4程度とのことだが、規模から言えば、相当な過熱かもしれない。 

そういったなか、04年春の天皇賞馬イングランディーレ(牡7)が韓国へ種牡馬として輸出されることになった。これまで韓国に渡った種牡馬としては、ダービー馬では74年のコーネルランサー、77年のラッキールーラ、81年のカツトップエースがおり、他のGT馬としては、トロットスター、そして、地方競馬所属馬として初めてJRA・GTを制した種牡馬メイセイオペラもいる。

過去、日本は「名馬の墓場」と揶揄されたことがある。英国民にとってはヒーローであり、チャーチルが「一国の宰相になるより、ダービー馬のオーナーになる方が困難である」と言わせる英ダービー馬、そのヒーローを何頭をも(06年現在18頭)高額で買い漁り、そのほとんどが期待された成績を残せなかったばかりか、ひとたび日本に出してしまえば、産駒は戻って来ないし、情報すら伝わらない。こうしたことから、「日本は名馬の墓場」というフレーズが英国人競馬評論家から発せられたのである。勿論、売ったのは英オーナーサイドが高額の申し出に喜び、かつ(既に高齢などで)不必要と判断したからではあるが、英国民感情としては極東の日本は墓場かもしれない。では、韓国は日本馬にとって、「名馬の墓場」となるのであろうか?。少なくとも現時点においては答えは「NO」である。それは、両国において、それぞれメリットが見込めるからである。

韓国でサラブレッドの本格的な生産が始まったのが80年代初頭。84年には韓国馬事会のスタリオンが完成。それに合わせる様に、三石で繋養されていたコーネルランサーがオーナーサイドの申し出により寄贈された。コーネルランサーは「栄光の日本ダービー馬」であったが、テスコボーイ、パーソロン全盛時代にあっては、種牡馬としての活躍の舞台は極めて限られていた。

ダート王メイセイオペラの場合はどうであろうか?。静内で種牡馬入りし、初年度の01年には84頭の種付けを行ったものの、06年は僅か3頭にとどまっていた。一方、ダート専門の韓国競馬では、既に日本から輸入された産駒が好成績をあげており、種牡馬としての評価が高まっていた。韓国で種牡馬としての価値を高めて日本に凱旋してきて欲しい。そんな願いもあり、3年契約を条件に韓国に移籍した。

今回の、イングランディーレは国内で種牡馬になることも検討されたが、長距離戦に良績が集中し、また父ホワイトマズル、母の父リアルシャダイという、いかにも重厚なステイヤー血統で晩成型の産駒が多いと見込まれる同馬が日本で注目される可能性は低く、韓国で種牡馬生活を送ることになったもの。

一方、地方競馬の衰退で、生産馬の供給に危惧を抱いている日本の生産界にとって、新しい市場が創生されることは、大きなメリットである。既に、千葉や九州のトレーニングセールには韓国購買団が参加している。日本の生産界の取り組みが、韓国の競馬産業の発展を促し、再び日本の競馬産業の発展に戻ってくることを期待したい。

 

 

【工芸品】

韓国傳伝統婚禮行進図

 

【馬切手】

  

 

済州馬