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   菩薩立像  中国 北斉 河清2年(563年) 全高14.0cm 
    Standing Bodhisattva China Northern Qi dynasty Heqing2 (563)

本像と初回にご紹介した如来立像(太和6年)との比較

本像と第1回でご紹介した如来立像が、共に四脚台に立つ様式ということで、本体部分を並べて比較してみました。 全高は異なりますが、像高は両者ともに5.0cmです。  
菩薩立像 北斉 河清2年(563年)
全高14,0cm  像高5.0cm
如来立像 北魏 太和6年(482年)
全高11.6cm  像高5.0cm



両者の年代差は、81年あります。 菩薩と如来の違いはあるとしても、仏教信仰の形と言ったらいいのでしょうか、ともかくこの間に、人間の頭の構造が、まったく変化してしまったと感じられるほど、造形に関する基本的な発想が異なります。 一言で言ってしまうと、河清2年銘像は優雅を目指し、太和6年銘像は威厳を目指したということになります。

まったく発想の異なる両者ですが、よい彫刻には必ずと言っていいほどみられる特徴として、共に手の表現が卓越しています。 本像の、宝珠形の持物をとる少々弓なりの右手と、瞑想的な表情の組み合わせに、清冽な優雅を目指す北斉の造形意図うかがえます。 また、太和6年銘像の小さな右手とグローブのような左手は、その豪快な体躯とともに、溌剌とした表情と相まって、北魏興隆期の皇帝と並び立つ、如来の威厳を表現しています。 

基本的な発想、優雅、威厳などいろいろややこしいことを言いましたが、そんなことは差し置いて、ともかく、両像共に 「かわいい」 ということを強調したいと思います。  小金銅仏の究極の褒め言葉は、「かわいい」 ではないでしょうか。



北朝 439   北魏    494
華北統一
      洛陽遷都
534東魏 550北斉 578
北周
581隋


589隋
618唐
535西魏 557北周
南朝 420宋 479斉 502梁 557陳


本像に最も近似の菩薩像との比較

当サイトで把握している本像に最も近似の菩薩像は、上海博物館所蔵の
天保4年銘像です。 両者の年代差は10年です。
 
菩薩立像 北斉 河清2年(563年)
全高14,0cm  像高5.0cm
  
菩薩立像 北斉 天保4年(553年)
全高18.9cm 像高6.9cm
上海博物館

両者の共通点は、多数あります。 冠の形、胸・肩の衣のひだ、簡略化した手の表現、膝のあたりでX字状に交差する天衣、足の表現などがほぼ同じです。 

違いとしては、天保4年銘像が10年早い分、天衣の裾に、鰭(ひれ)状の左右の広がりが、痕跡のように3段に表現されています。 本像の裾は、凹凸が消えて、一筋の流れとして表現されています。 また天保4年銘像のお顔の角ばった凛々しさは、東魏風といえます。 本像の四脚台はかなり高めで、隋にむかって高くなってゆく四脚台の先取の様相がみえます。 

天保4年銘像には、東魏の残像があり、10年後の本像にいたって北斉様式が完成し、次代に向かうということになります。

魏斉様として、北魏から北斉までを一連の様式の流れとして捉えることがありますが、本像の優雅・流麗な表現は、北斉様式といっていいのではないでしょうか。

このような小金銅仏では、古い様式のまま、長年、造像し続けられることも往往にしてあり、わずか10年の様式の変遷が、流れのとおり並んだことは、少々できすぎの感もあります。


実寸比の映像








太和6年(482年)
全高11.6cm
像高5.0cm
 
 
天保4年(553年)
全高18.9cm
像高6.9cm
上海博物館
河清2年(563年)
全高14.0cm
像高5.0cm 
 
上海博物館 中国・美の名宝5 文人たちの桃源郷 日本放送協会・上海人民美術出版社 1992


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